白々と空が明け始める中で、あやめは紫依那と蒼の遺灰を土に埋めた。

 二人の亡くなった場所には、遺体も骨も残っておらず、ただ灰だけがそこに落ちていた。

 きっとこれも禁忌の代償だろうと茜が云った。

 あやめはあえかな願いを込めて、遺灰を埋める。

 せめて、あの世では共にあれるように。

 想いあったまま結ばれず、非業の死を遂げた二人に、せめてもの救いをと思わずにはいられなかった。



 どこかで、メジロの鳴き声がする。

 隣に立った茜が、ふっと笑った。


「この土地は穢れてしまった。きちんと禊祓みそぎはらえをして、亡くなった娘たちの魂を供養しなければならない。だから、俺は一度ここを離れるよ。忌地いみちに人が住んではいけない。長い時をかけて、土地を浄化するんだ」


「....離れて、どこにいくの」


「さあ、どうだろうな。まずは紫依那さまの実家に戻って......彬文さまのことや、今までの顛末を話す義務がある。それで、俺も自分の罪と向き合って、これからを生きていくさ」


 でも、と茜は云った。


「そうだな、毎年メジロが鳴く頃には、ここに戻ってこよう。春告げ鳥の鳴くこの季節、藤も咲く。蒼や紫依那さまの魂も、此処に戻って来るんじゃないか」


 二人で地獄に行ったとしても、また紫依那が大好きだった藤を見に、ここに戻ってくるかもしれない。


「そっか」


 あやめは一言そう呟いて、空を仰いだ。

 天は既に蒼穹の色を纏い、春疾風はるはやてが吹いている。

 そういえば、ここは風がよく通る場所だったな、と懐かしい感慨を覚えた。

 

 間もなく、朝を迎える。

 それは、この世界じだいとの別れを意味していた。

 呪いの根源をたった今、あやめの覚醒を妨げるものはない。

 朝、自然に目が覚めるのと同時に、この夢の世界とはお別れである。

 そして恐らく、未来永劫再びここへ来ることは無いだろう。


「茜.........ありがとう」


 ずっと守ってくれていた。助けてくれていた。

 好きだと云ってくれた。勇気をくれた。

 そんな彼とも永遠の別れなのだ。

 あやめと茜では生きている時代が違う。同じ時を過ごすことは叶わない。


「本当に大変で......正直、なんで私がって思ったこともあったけど.....でも、此処に来れて良かったよ。少しの間だったけど.......私にとっては奇跡みたいな時間だった」


 茜は、そっと腕を伸ばしてあやめを抱きしめた。

 柔らかい抱擁だった。

 懐かしいような、泣きたくなるような温かさに触れて、あやめの瞳から涙が零れ落ちた。

 

「で、返事は?」


「え?」


 突然なんのことか分からず、あやめは茜の顔を見上げた。


「俺、告白したよね。返事は?」


「っえ、っえ.........え、今?」


「むしろ今以外ないだろ。もうあやめ帰っちゃうし」


「いや、そうだけどでも.........いや急にそんなこと云われても」


 まさかここでそう来るのは思っていなかったので、あやめは大いに狼狽えた。


「えっと、えーっとですねえ」


 おろおろと言葉を選んでいるうちに、急に意識に靄がかかりだした。

 ――時間切れ。

 あやめの身体は目覚めようとしているのだ。


「じゃあ、返事はまた今度会ったときでいいよ」


 茜の声すら最早遠く聞こえる。


「.....っ、また今度って.........そんなの」


 そんなの、会えるわけないじゃないか。

 薄くなる意識の中、今一度強く茜に抱きしめられる。

 藤の花びらが、視界いっぱいに散っていた。

 耳元で、少年の声がする。


「約束してよ。俺が、どんな姿になっても」


 必ず気が付いて。今度こそ、返事を聞かせて。




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