四
全てが終わった時には、屋敷は無くなっていた。
庭も家も離れもなにもかもが崩れ落ち、かつて豪奢な日本家屋が建っていた場所は、粗末な瓦礫たちの墓場となっていた。
壮麗な景色を作っていた桜や藤の木も澱みによってなぎ倒されてしまい、唯一残ったのは、あやめたちが退避していた千年藤の神木のみである。
いつの間にか雨は止み、東の空には黎明の兆しが見えていた。
茜もあやめもあちこち傷だらけで、服や着物にもべっとりと血がついていたが、致命傷となるものはないようだった。
この藤は燃やす、と茜が云った。
「罰当たりじゃないの? 神様の宿る木なんでしょ」
あやめの
「構うものか。蒼の
「まあ、一理あるけど..........あぁ、でもその必要はないかも」
「は?」
云いながら、あやめは藤の根本に立った。
「この木、根本が腐ってる。そのうち勝手に斃れるんじゃないかな」
わざわざ燃やさなくても、出来るだけ自然な形で尽きるのを待つべきだろう。
(それに、きっと)
最後のあれは、犠牲になった娘たちの願いに応えたんじゃないかと、あやめはそう思っている。
こうなった今、少しは彼女たちの無念は晴れたのだろうか。
傀儡の中に押さえこまれていた少女たちの魂は、開放されただろうか。
「.........なあ、それ」
茜は、あやめが手に持っていたものを指さした。
藤の飾りのついた
最後、あやめが紫依那の胸に突き刺したのはこれだった。
「それ確か........昔蒼が紫依那さまに贈ったやつだ」
「え」
茜の呟きに、あやめは目を見開いた。
以前、紫依那が云っていたのだ。
「紫依那は、素敵な人にもらったって。でもぶっきらぼうな人って。もう居なくなってしまったって」
蒼がぶっきらぼう? 茜ならまだ分かるが、あまりイメージが無い。
「蒼は、今でこそあんなだが、昔は俺よりもやんちゃで、口も悪いし、いろいろ酷かった。でも、紫依那さまに出会って蒼は変わったんだ。あの人の真似をして、人に優しく、自分よりも誰かのことを優先するようになった。そんな時に、蒼は紫依那さまにその簪を贈った。まだ、
では、真実紫依那と蒼は想い合っていたのだ。
あやめは、言葉に出来ないような感情に襲われた。張り裂けそうなほどに胸が痛み、自然の涙が頬をつたった。
「紫依那は.......最後に云ったの。この簪で自分を刺して、『ありがとう、あやめ』って私に笑った。......ねえ、茜。私やっぱり嘘だと思えない。今までのこと、一緒にお喋りして笑ったこと。相談に乗ってくれたこと。蒼のことも.....全てが虚飾だったなんて、思えない」
泣きながらそう云うあやめに、茜の手が乗った。ぽんぽんと優しく頭を撫でられる。茜はなにも云わなかったが、肯定されている気がした。
紫依那の最後の言葉は、聡明で可憐な記憶の中の彼女の声だった。柔らかく微笑み、あやめに心からの礼を云っているように見えた。
『ずっと友達でいてね』
あの言葉だってきっと。
きっと。
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