四
茜は頭の揺らぎを振り払うようにした立ち上がり、蒼から距離を取った。
両者とも一度距離を取って牽制し合う。切っ先と視線だけは常に相手に据えて、呼吸の音は雨に溶けるほど
「私は、永久に紫依那さまの傍にあると約束したのだ.....!!」
蒼のその言葉に、茜は目を見開いた。
(そうだ、俺も........)
あやめと約束をしたのだ。
必ず生きて、あやめを無事に帰すと。
(ここまで来て、俺が迷ってどうする........!!)
再び雷鳴が鳴り響くと共に、蒼が踏み込んで来た。
初手で茜が切り裂いた片手と、蹴落とした腹のせいで既に動きが鈍い。
蒼の太刀筋は完全に読み切っていた。しかし振り上げられた刀を弾き返そうとした刹那、急に何かに足を取られて世界が反転する。訳も分からぬ内に、
「っつ.......!!」
伏臥した状態で身体を捩じって転がし、なんとか斬撃を躱そうとするも、背中から腰にかけて鋭い痛みが走った。しかし、ここで止まっては敗北が見えている。
茜は背中の傷に構わず肢体を転がし蒼の間合いから外れると、すぐさま立ち上がり跳躍して距離を詰めた。
蒼が構えるよりも早く一気に距離を詰める。
刹那のうちに刃先を返して脇腹から肩先に向かい斬り上げた。
――
「..........!?」
驚いたのは、斬られた蒼よりも、斬った茜のほうだった。肉を裂く感覚にはほど遠い、幾重にも重ねた濡れ
(もうとっくに、人の身体ではなくなっていたのか)
禁忌を重ね、その身に何重にも呪いを受け、異形になり果ててなお、幼い頃の誓いを守るためだけに生きていたのか。
自分ではもう、止まることが出来なかったのだろう。
「もっと早く、こうしてやるべきだったんだ..........」
蒼はうめき声をあげて地に伏せた。背や腹、肩、口からも赤黒い血が零れ落ち、最早戦える力は残っていなかった。
瀕死の蒼の傍に立ち、茜は兄を見下ろした。
酷く醜い最後だと思った。
死者の怨念から生まれた呪詛のせいで、蒼の身体はすでに腐っている。
これが、禁忌を犯した
「........蒼」
「...............」
「俺は、紫依那さまを殺すよ。それが、俺の出来る唯一の償いで、お前たちにしてやれる最後の恩返しだと.........そう思うから」
すると、潰れたような声が、帰って来た。
「最早.........なにも出来まい。私はこのまま地獄に堕ちて、これまで娘たちにしてきた所業の報いを受けるのだろう。........茜、お前にもずっと.......悪かった」
茜は眉を潜めた。
「........紫依那さまも、禁忌に触れた。きっと蒼と同じ
「私が.....私の我儘で勝手に紫依那さまを生き返らせたのだ。あの方の意志ではない。お前も、私の行いを見ていただけで、直接手を下していた訳ではない。地獄へは、私一人で逝く」
もうほとんど生気のない目で、蒼が云った。
「......最後の我儘だ、茜。私が死んだ後、紫依那さまを
「それは.........紫依那さまと交わした約束に反してるだろ」
蒼が地獄へ行けば、紫依那の傍にあるという約束は果たされない。
「私は.....初めから私の願いは、紫依那さまが健やかにあることだけ。......私と共にあることで不幸になるのなら.....紫依那さまとて離れたくなるだろう」
――
ふっと自嘲するように笑い、蒼は目を閉じた。
茜はすぐさま踵を返して部屋を後にする。
一刻も早くあやめのもとへ向かわなければならなかった。
駆け出しながら、蒼の最後の言葉を反芻した。
(本当にそうだろうか....)
紫依那の約束の本懐は、蒼の意志とは違う方向を向いている気がした。
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