茜と蒼
一
―――神が鳴る。
劈くような轟音が落ちると同時に、ピカっと周囲が発光した。
天が落ちたのではないかと思うほどの衝撃が、今や古色蒼然と化した屋敷に轟く。
神が怒って、雷を落としているというのなら。
今ここに、己と蒼のもとに落ちて来れば良いのに。
蒼も茜も本来帯刀すら許されぬ身分である。
しかし、幼い頃から遊離を冷やかす
今はこうして、藤間当主の残した太刀を握って二人で向かい合っている。無論、いつかのような竹光ではなく、振るえば肉が裂ける
茜は飛び込んだ紫依那の部屋を見渡した。そこに主の姿はなく、血の滲んだ座敷には、蒼だけが一人立っていた。
「........紫依那さまは
これほど剣呑な声を、茜は未だかつて兄に向けたことはない。
「さあ。
瞬間、茜の頭が沸騰した。
(抜かった――――‼)
自らの足で歩けるほどに、紫依那が回復しているとは思わなかった。あやめはもう、自力で目覚めることはできない。それを考慮して、見張りはあの
まさか、紫依那が自らあやめを捕りに行っているとは......!
茜は踵を返して、あやめの元へ向かおうとした。しかし、背中を向けようとした刹那、蒼の投げた
「はァッ!」
「っつ........!」
すぐさま踊りかかってきた蒼の一撃を、茜は寸でのところで太刀で受け止め、横にいなす。しかし、勢いに乗った蒼が連撃で茜を責め立てた。
防戦一方。
刃先が幾度も皮を裂き、火傷のような痛みがそのたびに襲ってくる。
「邪魔をするなら、もはやお前も殺すしかないね、茜」
「もうこれ以上、罪のない娘たちを見殺しにするのは俺には出来ない、蒼」
茜の答えに、蒼は苛立たし気に唇を噛んだ。
「そんなにあの娘が大事か? 紫依那さまよりもか? 何故だ茜!? 何故私たちを裏切る!?」
空を切る音とともに、しなるように降り降ろされる太刀を茜は半身になって躱す。空転した勢いで前によろめいた蒼の背中に向けて、茜は思い切り足を降り降ろした。
「っく」
背骨が軋むような確かな手ごたえとともに、蒼は沈黙した。
昔から、喧嘩は蒼の方が強かった。だが、本当に頭に血が上っている時の蒼、隙も動きの無駄も多くなる。その癖を誰よりもよく知っているのは、茜であった。
茜は伏せた蒼の首に向けて、切っ先を向けた。
一刺しだ。一刺しで殺す。
無防備な首を太刀で貫いて、それで全て仕舞いだ。兄を殺して、さっさとあやめの下に向かわなくては。
「........
蒼の弱弱しい声が響いた。
「私は殺してもいい。だが、紫依那さまだけは........助けてくれ」
今にも途切れそうな声に、茜の心が揺れた。
「........出来ない。あやめの命を犠牲にすることは出来ない」
「
「っつ.........!!」
蒼の悲痛な
迷いを見せたその瞬間、蒼は身体を捩じって太刀を横に薙いだ。
刀を弾かれた茜は、蒼の予期しない行動に狼狽えてたたらを踏む。その隙をついた蒼は、さきほどのお返しとばかりに、茜の顎を思い切り蹴り上げた。
「っがはァ.......!!」
「私はただ、紫依那さまが健やかであってくだされば、それ以上は何も望まないというのに.......!」
その言葉の切実さが、茜には痛いほど分かった。
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