七
月光が、霞に反射して宵空に淡く溶けた。
空き巣のように抜き足差し足で濡れ縁から外に飛び出したあやめは、
目はとっくに暗順応しているものの、悪天のせいで今までにない暗い庭園で、頼りになるのは行燈と灯篭の僅かな
松の木の影に隠れて、あやめは正面の
門の前には、木の皮のような顔をした老婆が屹立していて、同様に裏口にも全く同じ姿形の老婆が立っていた。そして、後の一人は先ほどからぐるぐると庭の周辺を動き回っている。皆、それぞれ片手に灯篭を持っていたので、闇の中で良く目立つのが救いだった。
「厄介だな、あの
茜曰く、山路、川路、天路の三人は人間ではないのだという。泥人形に魂が宿った
ここにきて今更、そういう非科学的なものにいちいち突っ込むような野暮はしない。
呪術だの妖だのとオカルトチックなことはよく分からないが、とにかく見つかったらまずいということだけは理解した。
(さてどうしたものか)
入口はあの正面の門と裏門二つしかないが、そこには既に山路と川路.......いや、あれは天路のほうか? まあ、どれかが既に見張っていて、抜け出せそうにない。周囲は二メートル近くある石壁で囲ってあり、なんとか頑張れば登れそうではあるが、多分登っている間に見つかってしまうだろう。中でも厄介なのは
「.......よし」
哨戒している天路が、あやめの視界の端に入った。自身の居場所が、山路、川路からは死角になっていることを確認してから、天路が背を向ける瞬間を狙い、手に取った小石を思い切り反対方向に投げた。投擲した石は、運よく四阿の屋根にぶつかり、音を立てて数回跳ねてから自重で地面に落ちた。
その音に反応した天路が、くるりと振り返って、石が落ちた方へと歩いていく。
(今だ)
石の隙間に手をかけて、思いっきり踏ん張って身体を持ち上げる。クライミングの経験なんてないので、とにかくがむしゃらに目についた石に足を乗せた。
よし、この調子ならなんとか抜け出せそうだ。
そう確信した刹那
何かに足を取られて思いっきり身体が引っ張られた。そのまま背中から地面に強かに叩きつけられる。
「痛った........!!」
一瞬、肺から空気が抜けて呼吸が苦しくなる。何が起こったか分からないままに、自分の足を見ると、泥のようなどす黒い何かが足全体を覆っていた。
「なにこれ........!?」
どろどろとした、見たことのない物質だった。否、物質とは云ったものの、それはなにかの瘴気、概念.........まるで呪いが具象化したもののように見えた。
あやめは一種の確信を持って、正面を見据える。
あやめの前には、藤色の
「紫依那..........」
「酷いわ。あやめ、私との約束を破るのね」
ずっと友達でいるって云ったじゃない。一緒に居るって云ったじゃない。
この
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