「私のせいだな」


「え」


「そうだな...どこから話せば.....。この辺りの地域は、もともと私の家の土地だったんだ。二十年ほど前までは、あんたの家のあった場所も、周囲も全て更地で、建っている家は私たちの家だけだった」


「あ、はい。それは知ってます」

 

あやめは公民館で見た地図のことを話した。すると、老人は「そこまで知っていたのか」と瞠目した。


「なら、話は早い。あんたの見た古地図の通り、飢饉のあった後、藤間家から西家に全ての土地が託された。記録に残っていた話によると、金銭のやりとりがほとんど無かった代わりに、当時の藤間を仕切っていた人物からある条件が出されたそうだ。その条件というのが『藤間の屋敷があった場所に決して人の住む家を建てないこと』だったらしい。西家はその条件を呑み、土地を貰った。その当時、藤間はほとんど没落寸前だったらしいが、屋敷に残っていた人間は、屋敷ごと捨ててどこか別の場所に移っていたらしいな。西もその後の飢饉の余波により、農地の規模を少しずつ小さくしたり、戦後の農地改革で土地を没収されたりして力を弱めていったが、藤間との約束は律儀に守り、屋敷のあった場所は更地のままで管理を続けた。やがて藤間の土地の管理は西家の本家から分家の家々が代々継いで行くようになった。私もその西家の分家の出だ。私のじい様の代からずっとこの土地の管理を任されていた」


(そういうことか........)


これで、二百年間更地のまま残されていた土地の謎が判明した。てっきり、森山さんは藤間の縁者なのかと思っていたが、西家の縁者だったらしい。


「それで、私も歳になったので息子にその役割を継がせようと、随分前に土地を相続したのだ。勿論、更地のままで維持することを約束させてな。しかしこれが間違いだった」


 森山さんは土地を息子に相続すると同時に、昔から焦がれていた欧米諸国を巡る旅に出たのだという。およそ五年もの間、日本を離れ、戻ってきたときには既に土地はほとんど売られてしまっていたらしい。憤慨した彼は息子を勘当したとか。


「それから私は土地を取り返すことに躍起になった。権利を持っている人間に買い取りを申し出たり、家主に直接交渉しに行ったりしてな......だが、全く上手くいかなかった。そんなことをしているせいで、新しく越してきた住人たちには警戒されていてな。厄介なコブだと思われるようになってしまった。そんな中、あの家で突然、雫さんが亡くなった。私は焦り、あの家のオーナーに交渉したが、激しく揉めたせいで交渉は決裂。それどころか、向こうが私を目の敵にしたので、以来、一切交渉に応じることはなくなってしまったのだ。だから、私はせめて家の住人にその家から出ていくようにと忠告した。しかし、そこでも住人と揉めることになり.....それを繰り返しているうちに、近隣住民は私とあんたの住んでるあの家の住人を遠巻きにするようになった。出来るだけ関わらないように避けているんだ。あんたも、感じなかったか、近所の連中の余所余所しい態度を」


「ええ、はい...感じます」


 よそ者に風当りが強いのかと思っていたが、なるほどそういう理由があったのか。今思えば、母が近所で話し相手を見つけられただけでもかなり奇跡的だったのかもしれない。

 近所でトラブルを起こしやすく、しかも死人が立て続けに出ている家なんて、誰も進んで関わりたくなどないだろう。意図的に避けられていたのだ。だから、あやめは今の今まであの家で死人が出ていた事実を知らなかった。


「でも、不動産屋とかオーナーとかからはそんな話聞いていなかったと思います。うちの両親もいくら能天気でも....事前説明があれば流石に事故物件は選ばなかっただろうに」


 不動産業者には、事故物件を取り扱う場合、顧客に対しての告知義務というものがある。その家に住むと仮定した上で、住人の精神的瑕疵を考慮して、顧客にその「訳アリ」の事情を説明しなければならない。

  しかし、森山さんは首を振った。


「正確には、事故物件には当てはまらない。事故物件は主に、他殺かあるいは自殺。病死であっても死後かなりの時間が経過し、腐った遺体などが見つかった場合が該当する。三人の少女たちは一応、病死ということになっていたし、いずれも自宅ではなく病院で死亡が確認されている」


「それでも、立て続けに住人が三人も死んでるんだから、なんかあるって思うのが普通ですよね......。これ、精神的瑕疵には入らないんですが。十分告知義務があると思うんですが」


「良心的な会社ならそうしたかもしれんがな........告知義務を疎かにする会社は割にある。だが、今回の件は恐らく、茅場かやば....前のオーナーが契約する不動産を次々に変えたせいだろう。何があったか詳しくは知らんが、そこも揉めたみたいだな。お陰で業者の間でうまく引き継ぎがされなかったのかもしれない」


 そうでなくても、今回のケースはグレーゾーンだという。違反をした、という風に認められるかどうかは難しいのだ。


「あの家が建ったのは、いつでしたっけ」


「馬鹿息子があの家の土地を売ったのが、十五年くらい前だったか。どうもあの場所だけ売買に時間がかかったらしい。最初の取引相手とトラブルが起こったとかで、結局別の人間の手に渡ったんだ。そして、今あんたが住んでる場所に最初に家が建ったのが今から十年前。どうやら家主は最初は別荘として建てたようだが、ほとんど住まずに長い間.......ほとんど十年に近い歳月放置を続け、茅場に引き継がれた」

 

 前のオーナーに土地が渡ってからもずっと、森山さんは交渉を続けていたそうだが、やはりうまくいかなかったらしい。

 多分、その以前のオーナーというのが地図に乗っていた『竹原』なる人物だろう。


「そして、ほとんど使われることのなかった家を、茅場がファミリー向けに増築して貸出しを始めたのが二年前。その年の冬に若葉一家が入居してきた」


「前までは賃貸だったんですね。うちは父が『一括なら格安』とか言われて購入したらしいんですが」


「茅場も、流石に三人も死が続いた物件をいつまでも手元に置いておくことを恐れたんだ。私もそれを見越して『言い値で買うから手を引け』と言ったんだが、その頃にはあいつは私にだけは売らない、と意固地になっていてな。再三揉めたのが悪かったんだろう」


そこで、目先の安価に飛びついたのがうちの父親だったというわけだ。得な買い物をしたというよりも、不良品を押し付けられたに等しい。

畢竟ひっきょう、うまいだけの話などこの世には存在しないのである。


あやめはカップに残った紅茶を一気に飲み干してから、一息ついた。

さて、こうなると一番の疑問だけが残る。


「藤間家は、どうして西家に土地を渡す際に『藤間の屋敷があった場所に決して人の住む家を建てないこと』なんて約束をさせたんでしょうか」


 老人は、眉間の皺を寄せた。


「これが、私にも詳しいことは分からんのだ。ただ、じい様や父から聞いた話の限りでは、藤間の屋敷はイミチである、と」


 イミチ。

 古地図にも書いてあった謎の単語である。あやねは首を捻った。


イミチってなんだ? イミチ、イミチ、イミチ..........あ。


 (―――イミチって、『忌地いみち』ってことか)


「呪われた土地、とかそういう意味ってことですか」


 あやめが言うと、男は首肯した。


「左様。とりわけ、女....若い娘にとって良くない土地だという。ただ、私が知っているのはそれだけだ。長い歴史の中で、伝承が薄れてしまったせいか、古い時代になにがあったのか今では分からん。しかし、『人が住んではいけない土地』だと言われてきた。だから我々は、この土地を国にも渡さぬように開発の波もなんとか切り抜けて来たのだ」


「人が住んではいけないといわれている土地に、人が住んでしまっている、というのが現状.........」


「実際、更地にしていた期間が長すぎるせいで、人が住んでしまったら何が起こるのかは分からなかった。それに、息子が売ったこの周辺の土地では特になにも不審なことは起こっていない。しかし、あの家.......今あんたが住んでいる家に、初めて若い娘さんが入居してから、悲劇が立て続けに起こってしまったのだ。よりにもよって、どうして若い娘がいる家族ばかりが越して来るのか」


 (もしかしたら、紫伊那が願ったせいかもしれない)


 紫依那が同性の話相手が欲しいと藤に願ったせいで、あの家には若い娘ばかりが引き寄せられたのかもしれない。

 そういえば、桐麻が村に女が居ないと言っていた。


(女の居ない村......未来から招かれる少女たち)

 

 この繋がりは絶対に偶然ではないはずだ。

 村に女が居ない理由は分からないが、未来人の少女たちが昏睡の末に亡くなったのは、夢の中で何か不測の事態が起こったと考えられる。

 紫依那は、今までの未来人さきびとは引っ越していった、と言っていた。ということは、彼女は未来人たちが既に亡くなっている事実に気が付いていないのだ。

 紫依那や蒼すら気が付いていない、もう一つの夢の規則ルールがあるのかもしれない。あるいは、作為的な悪意によるものなのか。

 

  ―――何の陰謀? 誰の盤上?


 紫依那の純粋な願いが、最悪の事態を引き起こしている。


 いや待って。茜......茜は?


 茜は再三、あやめを屋敷から、ひいては夢から追い出そうとしていた。あれは何故だ? 

 茜だけ、紫依那たちとたがえた行動を起こしている。

 もしかしたら、茜は何か知っているのではないか。

  

 その時、あやめの脳裏によぎったのは、彬文の唸り声だった。



 『女はいかん。女はいかんぞぉ.........』


 そうだ。そんなことを言っていた。頭のいかれた老爺とばかり思っていたが、あの男も何か知っているのではないか。

 

(........でも、これ以上分かることないな)


 先ほどから思考が同じ場所をぐるぐると回るばかりで、全く進めていない。あやめはいよいよ頭を抱えた。結局、あの屋敷でなにが起こったのかは分からず仕舞いである。

 森山さんもこれ以上知っていることは無いようだった。


「あやめさん、と言ったか。今まであの家の少女が自ら私に接近してきたことなど無かった。あんたが初めてだ。あんた、過去の住民や土地の趨向を調べて不審に思ったから、ここに来たのかい。それとも.......あの家で何か見たのか?」


「.........」


「教えてくれ。あの家で何が起こっている? どうして少女たちは目を覚まさなくなったのか」


「夢を、見るんです。あの家で恐らく私は、天保時代の藤間家にいる。豪農として藤間が栄えた、最後の時代です。とても居心地の良い夢で.........。でもきっと、あの夢が原因で雫さんたちは亡くなったんだと思います。あの家で長く寝泊りすると........危険」


 言ってから、ようやくその事実が身に迫ってきた気がした。


(そうだ。これ以上ゆめを見ると、私も危険なんだ)


 死ぬかもしれない。あの家であと何日? あと何日眠れば、私は昏睡してしまうんだろう。今までの少女たちの期間を見るに、あやめの昏睡まではまだ猶予がありそうだ。しかし、いつまでもあの家には居られないことが分かってしまった。


(紫依那に約束しちゃったのにな........)


 もうあの家には居られない、といったらあの可憐な少女はどんな顔をするのだろう。

 形容し難い悲しみが、途端に胸に迫ってきた。


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