二
あやめは、申し訳ないけど少し一人になりたい、と言って棗に帰ってもらった。棗はもともとこの話をしに来ただけだったようで、文句も何も言わずに頷いて帰っていった。
帰り際、棗はなにか思い詰めたような様子のあやめに声をかけた。
「しいちゃんは昏睡する前日までは私と普通に勉強してたの。特に変な様子も無かった。でも、もしかしたら何か抱えてたんじゃないかって、今なら思う。あやめちゃんも一人で抱えないでね。困ったことあったら、私でも恵茉でも誰でもいいから言うんだよ」
そう言ってくれた棗の優しさに泣きそうになった。あやめは頷いて「ごめん」と謝った。
あやめは暫し玄関先で迷った後、なにかを決意したように「よし」と言って立ち上がる。庭を出る時、「キューキュッッキュー」と高いメジロの鳴き声が聞こえた。
声のした方を見ると、ヒヨクちゃんと思しきメジロが、連理藤の枝に止まって元気よく囀っていた。
枝の癒着した連理藤は、まるで仲の良い男女のように寄り添い、互いを支え合って今日もそこに立っている。
藤の木の樹齢は、千年を超えることもあるらしい。
この連理藤は、いつからこの庭にあるのだろう。
ピンポンとインターホンの籠った音が家の中から漏れ出たのを聞いて、あやめは緊張に身を固くした。きっと、いつかはこんな日が来るだろうと思いながら、ずっと避けてきた場所だった。
少しして、重そうな扉がガチャリと開いた。ほんの少しだけ億劫そうに中から現れた老人は、あやめの姿を見た途端、驚いたように眉を跳ね上げた。
「お前さん、どうして」
掠れた声で呟いた老人に、あやめは迷いの無い瞳をぶつけた。
「どうしても、あなたにお聞きしたいことがあります」
コーヒー、紅茶、お茶、オレンジジュース、グアバジュース、どれがいい? と問われ、意外にもラインナップに富んだメニューを意外に思いつつ、あやめは「紅茶でお願いします」と答える。すると、砂糖はいくつ入れるかと訊かれたので「入りません」と答えると、何故か驚いた顔をされた。
「うちの息子は、馬鹿みたいに砂糖を入れとったもんで、ついな」
どこか言い訳っぽくそう呟いてから、向かいの椅子に座った森山さんは、以前見た印象とは違って、随分まともでしっかりした人に見えた。
(いや、最初からしっかりした人だったんだろうな)
怪しまれるような態度を取っていただけで、この人は多分、普通なのだろう。
家の中は、アンティーク調の家具で統一されている。美麗なエメラルドの瞳をした異国の
「聞きたいことというのは?」
森山さんがそう切り出したので、あやめは頭を下げた。
「まず、この前、不審者のような扱いをしてしまったことを謝らせてください。すみませんでした」
すると、男は瞠目して
「いや、こちらこそ悪かった。あれでは不審がられて当然だ.....。私はいつもやり方を間違える」
正直、ここで少し『ほんとにね』と思ったが、なんとか口には出さずに留めた。
あやめは息を吸って、本題を話し出した。
「森山さんは、若葉雫さんをご存知ですよね。二年前にこちらに引っ越して、翌年の春に亡くなった方です」
あやめが切り出した話に、少しだけ男の目が揺れたが、すぐに頷いた。
「ああ、よく覚えている。彼女が、最初の被害者だったからな」
(ああ最悪だ.......)
頭痛がしてきた。
この男の言う『最初の』という言葉は、あやめのしていた最悪の予想を、正解と言っているようなものだ。
「『最初の』ということは、その
男はまたしても心底驚いたような顔をした。
「そうだ。若葉一家は雫さんが亡くなった後にすぐに家を出た。その三か月後に来たのが、
そして三月、あやめの一家がここに引っ越して来たというわけだ。
やはり、というか。最悪の想像が見事に的中してしまった。
あの家に越してきた家族の中で、若い娘だけが立て続けに死んでいる。恐らく、いずれも紫依那によって招かれた
「森山さんが最初に私に歳を訊いてきたのも、若い娘が居ないか確認したのも、忠告をするためだったんですね。あの家から出て行かないと、危険だって」
男は頷いた。
「今まであの家に来た人間にも、同じように注意はしていたんだが、お前さん同様に不審がられるばかりでな。結局揉めてしまい相手にされなかった」
あやめはてっきり、そうやって森山さんと揉めた結果、今までの住人がすぐに引っ越していってしまったのだと思っていた。しかし本当は皆、身内が不審死した場所で長く住みたくないという気持ちからだったのだろう。
だが、それでも疑問は残る。
「でも、流石にそんなことが続けば、噂が立つでしょう。森山さんの忠告だけでは不審がられるかもしれないけど、近所から流れる噂とかと照らし合わせれば、森山さんの忠告も真実味を帯びてくるんじゃないですか」
すると、途端に老爺は罰が悪そうに唸った。
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