疑念
一
どうやら自分は
朝起きたら普通に五体満足で、勿論どこにも刀傷なんて無く、若干首を寝違えていたこと以外では特に不調は見当たらない。
夢で見た最後の記憶では、茜に斬られて死んだ(?)ところで終わっている。肩から腰にかけて斜めに裂かれ........思い出しただけで身震いするような光景だが、激痛に耐えかねて意識を失い、次に目を覚ましたのは自宅のベッドの上だった。時刻はまだ丑三つ時である。
微妙な時間に目が覚めてしまったが、とても二度寝する気にはなれず、あやめはスマートフォンで動画サイトを見て朝まで時間を潰した。
そこから三日間は、恵茉と棗の家に泊まった。親と喧嘩しただなんて適当な理由をつけて、二人の家にお邪魔させてもらったが、流石にこれ以上お邪魔するわけにもいかない。
だからといって、あの家で眠ればまた藤間家に行ってしまう。
あの日の茜の言葉がずっと脳裏に焼き付いて離れないのだ。
『きみは、二度と此処に来てはいけない』
この言葉だけは、今までの横暴な態度とは全く違って聞こえた。
茜はどうして、再三あやめに屋敷に来てはいけないと云ってきたのか。
なぜ、他の者は良くて、あやめだけが駄目なのか。
それに、あの調子だと、茜は蒼や紫依那とは違う意志で行動しているように見えた。一度目も二度目も、他に誰も居ない場所でのみ、茜はあやめに接触しているのだ。
蒼や紫依那は茜のことをどう思っているのだろう。茜に追い返されたことを話して、どういう思惑があるのか意見を求めてみるべきか。茜の『来るな』という言葉を素直に飲み込むには、茜に対する不信感がまだ拭いきれていなかった。
そんなことをもやもやと、ここ三日間ほど考えていたのだが、何を思ったのか突然、棗があやめの家に遊びに来たいと言い出した。恵茉はともかく、棗のそんな申し出は意外だったので、少々面食らったあやめだったが、すぐに承諾した。
放課後、学校から直接遊びに来るという棗を家に案内していると、家の近所に近づくにつれて、棗の表情が固くなっていった。最初は気のせいかとも思ったが、いざ家に付くと、棗はいよいよ険しく、しかも青白い顔をしていた。
あやめは部屋に棗を招いてから、何事かと問いかけ、水を差し出した。
すると、棗はグラスの水を一気に飲み干してから、「突然、変なことを言うけど」と前置きして神妙な様子で話し出した。
「私、前にこの家に住んでた子と友達だったの。その子、私より二つ年上で、二年前の秋くらいに引っ越して来たの。しいちゃんって呼んでたんだけど......当時私まだ中三だったんだけどね、たまたま母親の職場が同じだったっていうのをきっかけに仲良くなって。家庭教師みたいに勉強教えてもらったり、この家に遊びに来たこともあった。それで、しばらくそうやって仲良くしてたんだけど......ある時突然、目を覚まさなくなっちゃって」
「目を覚まさなくなった?」
「うーん.....別に何かきっかけがあったわけじゃないみたい。朝、学校に行く時間なのに、両親がどれだけ起こそうとしても目を覚まさなかったんだって。熱とかがあるわけじゃないし、頭を打ったわけでもない。一見普通に寝ているだけに見えるんだけど、傍で大声で呼んでも揺すっても目を覚まさない。昏睡状態みたいだったって。それで、ご両親が救急車を呼んで病院に行ったのね。搬送先の病院で検査を受けても、どこにも異常は見当たらない。だから、紹介状を書いてもらって、県外のもっと大きな病院で暫く入院することになったの」
棗も一度、見舞いに行ったらしい。しかし、やはり話に聞いた通り、ただ眠っているようにしか見えなかったという。
「それで、一週間くらいかな。しいちゃんは眠り続けたんだけど、ある日突然亡くなったの」
あやめは血の気が引くのを感じた。
「死因は......結局、心不全? とかになったみたい。多分、最後までなんの病気か分からなかったんだろうね」
棗は一息ついてから、話を続けた。
「それで、しいちゃんが生前に言ってたことを最近思い出したの。なんか、この家に居る時だけ、変な......不思議な夢を見るんだって。大きな日本家屋があって、綺麗な男女がもてなしてくれる..........とかなんとか。楽しそうに話してたから、悪夢とかじゃなさそうだったけど。....あやめちゃんも前に似たようなことチラッと言って無かった?」
そういえば、棗にも少しだけ夢の話をした気がする。
「それで、あれ? って思って。この前の公民館で地図を見た時、あやめちゃんの家がもしかしたら、しいちゃんの住んでた家かもって思ってたから、なんというか...心配で。いや、でもごめん。全く私の勘違いかもしれないし、凄い見当違いなことを言ってる気がしてきた」
変に怖がらせてごめん、と棗は謝って来たが、あやめは棗の言うことは見当違いでもなんでも無いことを確信していた。
「ごめん、その『しいちゃん』って、本名なんて言うの?」
あやめの質問に、棗は顔を上げた。
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