桐麻と茜

「あ」


 「ん? おーー、あやめじゃん」


 晴れのち曇天。もうそろそろ雨も降り出しそうだな、と思いながら下校していると、また春風少年はるかぜしょうねんにあった。

 彼の本名は知らない。あやめがイメージから勝手に連想した名前でそう呼んでいるだけである。

 分かっていることは、この学区の中学二年生であることと、あやめと同じ高校に片思いの相手がいること。現在、受験に向けて鋭意準備中だということだけ。


しかし、奇妙な偶然もあるものだ。ここ二週間くらいでもう三度も出会っている。まさか待ち伏せをしているなんてことはないだろうが、どうも飄々としていて、何を考えているかつかめない子なのだ。


 少年は最初、道端にしゃがんであやめに背を向けていた。しかしおもむろに振り返ると、両手で抱えたそれ《、、》をあやめの目の前に突き出してきた。


「え、猫?」


「うん。ぶっさいくだよな。こいつ」


 アメリカンショートヘアにも見えるが、恐らく雑種だろう。飼い猫にしては汚いし、なんというか......ふてぶてしい顔をしていて人相(猫相?)が悪い。そして、あやめの知るアメショよりも二回りほど大きくてずっしりとしていた。


 両脇を少年につかまれ、びよーんと四肢を伸ばして抱えられている猫は、見るからに不本意ですという顔をしていて、あまりに人間味があるその表情に笑ってしまった。


「可愛いね」


「え、そうかな。ぶっさいくだから、ブー太って呼んでるんだけど」


「野良猫なの?」


「そう。この近所の家を渡り歩いて餌もらってるんだよ。だからこんなに太ったんだ」


 所謂、地域猫というやつだ。

 少年曰く、商店街の総菜屋によく出没するらしかった。


「デブだから、たまに見かけたらこうして追いかけてダイエットの手伝いしてあげてんの」


「やめて差し上げて」


 途端にこのブサ猫が気の毒になってきた。なるほどだからこんなに不機嫌そうな顔をしているのか。


「ていうか、放課後に野良猫追いかけまわすってどんだけ暇なの君.....。中学生って、もっとこう....他にもあるでしょ」


「東京と違って田舎だからそんな遊ぶ場所もないよ、この辺」


「いや、そうだとしても.......え」


 あやめは目を瞬かせた。

 まただ。また、この少年は。


「私、東京から来たなんて言ってないよね」


「知ってるよ。ずっと前から」


「ずっと前って......ねえやっぱりどこかで会ってたの? ごめん、私全然覚えてなくて」


 すると少年は手に抱えたブー太と同じような顔になった。


「薄情だなあ。約束したのに」


 胡乱気にそう言われて、あやめはますます首を捻った。


「約束? どんな約束.....? 」


 すると少年はずいっと近づいて来て、あやめにブー太を押し付けた。押し付けられたあやめは慌てて落とさないように猫を受け取り、そのまま背を向けてしまった少年に声をかける。


「ねえ! どんな約束!?」


「それを思い出すのを含めて約束!」


 くるりと振り返った少年は、いつもの飄々とした態度に見合わずに、妙に切なげな表情をしていた。


「.....もう会ってるんだよ」


 そう小声で言って、また背を向けて歩いて行ってしまった。

 残されたあやめは、押し付けられたブー太を抱えてしばし呆けたようにしていたが、不意になにかに気が付いてぼそりと呟いた。


「ブー太、雌じゃん.........」



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