五
「茜。起きているの。入るよ」
返事を待たずに蒼は茜の部屋に踏み入った。あまり物を持たぬ弟は、殺風景な部屋の中央で布団にくるまって眠っていたようだった。しかし、すぐに蒼に気が付いて飛び起きる。
「なんだよ...急に、蒼」
「お前、あやめさんに酷いことを言って屋敷から追い返そうとしただろう。なぜそんなことをした?」
「あやめ.......? 誰のこと?」
「以前、ここで会ったのだろう? 長い髪の....紫伊那さまのお客人である
茜は蒼の言葉を聞いて、さっと顔を青くした。蒼はそれを、悪事がばれたことに対する表情だと思った。
「なぜ、そのような無礼な振舞いをした。あやめさんがここに来なくなったらどうする」
蒼の声色には、なにかを危惧しているかのような、慎重さがあった。茜はそれを悟り、言おうとしていた言葉を引っ込めた。
「分かってるよ......。少し機嫌が悪くて、八つ当たりしただけなんだ。もうしない」
そう云って、再び夜具に沈んだ茜を見て、蒼は溜息をついた。
血を分けた、唯一の肉親だ。蒼も大概、この弟に甘い自覚はあった。
「なにがあったかは知らないけど、くれぐれも客人に無礼な振舞いはよしてくれ。あやめさんも怯えてしまっていた様子だった。次に会うことがあったら、謝っておくように」
そう言って蒼は襖を閉めて茜の部屋を後にした。
一人、残された部屋の主は、去り行く兄の気配を感じながら、この先を憂いて目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます