「茜。起きているの。入るよ」


 返事を待たずに蒼は茜の部屋に踏み入った。あまり物を持たぬ弟は、殺風景な部屋の中央で布団にくるまって眠っていたようだった。しかし、すぐに蒼に気が付いて飛び起きる。


「なんだよ...急に、蒼」


「お前、あやめさんに酷いことを言って屋敷から追い返そうとしただろう。なぜそんなことをした?」


「あやめ.......? 誰のこと?」


「以前、ここで会ったのだろう? 長い髪の....紫伊那さまのお客人である未来人さきびとだ。夕時にお前に会って、随分な暴言を吐かれたと仰っていた」


 茜は蒼の言葉を聞いて、さっと顔を青くした。蒼はそれを、悪事がばれたことに対する表情だと思った。





「なぜ、そのような無礼な振舞いをした。あやめさんがここに来なくなったらどうする」


 蒼の声色には、なにかを危惧しているかのような、慎重さがあった。茜はそれを悟り、言おうとしていた言葉を引っ込めた。


「分かってるよ......。少し機嫌が悪くて、八つ当たりしただけなんだ。もうしない」


 そう云って、再び夜具に沈んだ茜を見て、蒼は溜息をついた。

 血を分けた、唯一の肉親だ。蒼も大概、この弟に甘い自覚はあった。


「なにがあったかは知らないけど、くれぐれも客人に無礼な振舞いはよしてくれ。あやめさんも怯えてしまっていた様子だった。次に会うことがあったら、謝っておくように」


 そう言って蒼は襖を閉めて茜の部屋を後にした。

 一人、残された部屋の主は、去り行く兄の気配を感じながら、この先を憂いて目を閉じた。


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