二
その日の夜、あやめは部屋で一人、持ち帰ったキャプション作りをしていた。作るといっても、ワープロソフトで文字を書いた紙を台紙に貼るだけの簡単な作業だ。薄い発泡スチロールのような台紙に、両面テープで文字の入った紙を貼り付けていく。これが完成したら、いよいよ恵茉たちも展示準備に入るようで、明日の放課後からは公民館のほうに駆り出されるのだと嘆いていた。
さすがに美術部ではないあやめは、展示準備まで手伝うわけにはいかないので、キャプション作りが終わったらこれで終わりとなる。正直言うと、ここまでの作業がなかなか楽しかったし、恵茉や棗、一年の美術部の子たちとも大分打ち解けてきたこともあり、このまま美術部に入部してしまってもいいな、と考えていた。
あやめが展示会の準備を自ら申し出たことには理由があった。それは、ここ二日ほど恵茉の家に泊まらせてもらっていたからだ。恵茉の両親は共働きで、二人そろって出張の多い職種らしく、家を空けることが多いのだという。子供の頃は歳の離れた兄が家にいたが、今は恵茉が一人で留守番していることもあり、いくら分別のつく年頃とはいえ、女の子を家に一人何日も放っておくのは気が引けるという両親の考えもあって、出張中は友達を宿泊させることを許可しているらしい。それで、一昨日泊まりに来ないか、という恵茉の誘いにあやめは喜んで乗ったのだ。そのお返しに、あやめは恵茉の手伝いを申し出たというわけである。
あやめが恵茉の誘いを嬉々として受けたことにも理由がある。それは、先日に見た夢の件だった。あの夢を見て以来、家で眠ることに抵抗を感じてしまった。
今思い返してみても、胸のあたりが酷く痛む。
決して、悪夢というわけではなかった。魘されたわけでも寝不足になったわけでもない。
しかし、夢で会ったあの少年に向けられたあの嫌悪の眼差し、侮蔑の言葉が今も硝子の破片のように胸を突き刺したままだった。
家にいると、またあの夢を見てしまいそうな気がした。再びあの少年と相まみえたとして、あやめは何を話せばいいのか、どんな態度をとればいいのか分からなかった。また、あの突き刺すような視線を受けるのかと思うと、どうにも気が重く、鬱屈とした気分になった。
多分、自分は傷ついたんだろうな、と思った。親しい人に裏切られたような感覚に似ている。ほぼ初対面の人にそんな感慨を抱くのは妙な話だが、きっと自分はあの美麗な少年に、過度な期待をしてしまっていたのだろう。
「なんで、好かれてるなんて思ったんだろ、私......」
口に出すとますます落ち込んだ。そこで手を止めて、今日はもう寝ようと部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ。
最後に少年を夢に見てから二回の夜を超えた。その二回とも、恵茉の家で眠った。
今日もまた、夢を見るのだろうか。出来れば見たくない。会いたくない。これ以上傷つきたくないと思いながら、あやめは目を閉じた。
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