76.団長命令っ!!

「探しましたよ。随分と」


 美穂の祖母は拓也の両手を握りしめて言った。



「うそ……、じゃあ、おばあちゃんが言ってた『勇気ある若者』って……」


 祖母が美穂に向かって言う。



「そうですよ、この拓也さんのことです。ずっと探していたんですが、まさかこんな近くにいらっしゃったとは……」


 拓也の頭の中に、体育祭の郊外マラソンで横断歩道に座り込んでいた老婆の姿が思い出される。無我夢中で助けたのではっきりと覚えていないが、確かに言われてみれば目の前にいる人のような気がする。祖母が言う。



「足を痛めて座り込んでしまって。助けて頂いたのに、あまりにも急なことでお名前を聞けずにいました。本当に感謝しております」


「いや、俺は何も……」



 困った顔をする拓也に美穂が言う。


「じゃあ、あの時『転んで足を痛めた』って言うのはもしかして……」


「ああ、あれは……」


(転んだのは龍二にぶつけられたからなんだが……)


 そう思うより先に美穂が口に手を当てて感謝する。


「ありがとう、拓也。おばあちゃんを助けてくれたんだね」



 祖母も続けて言う。


「お怪我をされたのですか!? わたくしのせいで……、大丈夫だったのでしょうか……?」


 拓也が答える。


「あ、いえ。ちょっと足をひねっただけ大丈夫です。本当に俺、大したことは何もしてませんので……」



 すぐに祖母が首を横に振って言う。


「何を仰います。拓也さんがいなければ、それこそわたくしは今頃この世にいなかったかもしれません。言ってみれば命の恩人。その感謝すべき御仁に対して……」


 祖母は自分の息子である美穂の父親を睨みつけて言う。



「何も知らないくせに思い込みだけで人を罵倒して。新一、恥を知りなさい!!!」


「は、はい……」


 先程のまでの威勢はどこへやら、美穂の父親は母に怒鳴られしゅんと小さくなる。祖母が続ける。



「怪我をしてまでわたくしを救って下さり、聞くところによると優也ちゃんのため貴重なお守りまで貰って来てくれたそうで。そのような方に美穂ちゃんが好意を抱くのは当たり前のこと」


「いや、私は……」


 小声になる父親。祖母がさらに続ける。



「そもそも、娘の交際に親の許可がいるとか、一体何を考えているんですか!! 娘が選んだ相手、どうしてあなたは信用できないの?」



「はい……」


 もはや撃墜寸前の美穂の父。これ以上言われたら本当に倒れそうになるまで痛めつけられている。拓也が言う。



「本当に、あの、もう大丈夫ですから……」


 そんな拓也に気付いた祖母が優しく言う。



「ちょうどお昼ですね。拓也さん、どうぞ一緒にお召し上がりください」


(えっ!? ええっ!! み、美穂の家族と食事だと!?)


 考えただけでも緊張してご飯など食べられない。そんな拓也の顔をまじまじと見て祖母が言う。



「あら、やっぱり可愛いお顔ねえ。命を助けられるなんて運命の出会いかしら。50年ぶりぐらいに胸がキュンキュンしちゃったわ」


 それを聞いた美穂が流石に怒って言う。


「ちょ、ちょっと。おばあちゃん!! それはダメ!! 拓也は私なの!!!」


「あら、いいじゃない。わたくしも独身ですわよ」


 すまし顔の祖母に美穂が言う。



「おばあちゃんは、でしょ!! おじいちゃんが怒るわよ!!」


「ああ、あんな私を置いて先に逝ってしまった人など知りませんわ。ねえ、拓也さん?」


 美穂の祖母が拓也を見てにっこりと笑う。



「お、おばあちゃん!!」


 そう言って美穂が拓也と祖母との間に入り込んでふくれた顔をする。それを見て笑い出す祖母。そして直ぐにそこに居た皆が笑いに包まれた。






 風間玲子はひとり新学期の校庭を歩いていた。

 まだまだ蒸し暑い9月。校庭の木々も深い緑に彩られている。


(あっ)


 玲子はふと自分の袖にとまっていた小さなクモに気付く。

 小学生の女の子ならきっと怖くて泣いてしまうようなクモ。玲子はしばらくじっとそれを見つめてから、そっと自分の手で払った。



(あの頃は泣いちゃってたな。でも今は大きくなって、私も変わって……)


 玲子は手で払われて地面に落ちたクモが必死に逃げるのを黙って見つめた。そして心の中で小さく言う。



(さようなら……)


 玲子の目に涙はなかった。

 涙なら嫌というほどあの雨の日に流してきた。




「玲子ーーーっ!! カラオケ行こうよ!!」


 校庭にひとりいた玲子に友達の女の子が声を掛ける。玲子がその友達の方を振り向き手を上げて応える。走って来た友達が玲子に言う。



「ねえ、玲子。スマホでね、面白いゲーム見つけたんだ。あとで一緒にやろうよ!!」


 玲子は少し考えてから答える。


「そうね、たまにはそう言うのもいいかもね」


 玲子は友達に囲まれて笑顔で一緒に歩き出した。







「海だね~」


「海だよ」


 9月に入った海水浴場。すでに海の家などは営業を終え、海水浴客もいなくなっている。まだ暑いが夏の賑わいが嘘のようにひっそりとしている。


 拓也と美穂は改めてふたりで海にやって来た。

 人の少なくなった海岸を、まるで何か忘れものを取りにやって来たように歩くふたり。誰にはばかることなく手を繋ぎ、それはもうどこから見ても恋人同士であった。



「きゃ、冷たい。でも気持ちいいよ~」


 足に当たる波を感じながら美穂が言う。美少女に海、やはり良く似合う。美穂が少し前に行き振り返って言う。



「でもびっくりしたな~、屋上の告白。きゃは!!」


(うぐっ)


 拓也はあまり触れて欲しくないことにすでに何度も触れられ、その件に関してはメンタルが崩壊しそうになっていた。拓也が答える。



「『ワンセカ』で二連覇したら言うつもりだった」


 初めて聞く話に美穂が驚きながら尋ねる。


「え? マジで〜!? じゃあ、できなかったら?」


 そんなこと考えもしていなかった拓也が答えに困る。



「え? あ、ど、どうしよう!?」


「何それ~、あははっ!!」


 ひとり波と戯れ笑う美穂。拓也が美穂に尋ねる。



「『ギルド大戦争』も終わってまた人の出入りが多くなるけど、このまままた副団長を頼めるかな?」


 美穂が両手を後ろに組んで拓也を見つめて答える。



「私ね、拓也のお願いならずっとこの言葉を言おうと決めてるんだ」


「どんな言葉?」


 拓也の問いに美穂が笑顔で答える。



「はい、喜んで」


 拓也が照れながら顔を赤くする。美穂が言う。



「これからもずっとみんなで、ヨッシーやマキマキとかとみんなでずっとゲームやろうね」


 拓也が頷きながら答える。


「もちろん!」




 しばらく波打ち際を歩くふたり。

 泳ぐ人はほとんどいないが、代わってサーフィンを楽しむ若い人が多くなっている。美穂が空を仰いで言う。



「また来たんだね、海」


 頷く拓也。そして同時に夏に見た美穂の水着姿を思い出す。顔赤くした拓也に美穂が近付いて言う。



「あー、拓也、何か変なこと考えてた!!」


「ち、違うよ!!」


 否定してもその反応が不自然過ぎておかしい。美穂が言う。



「水着、かな? 水着、想像してたんでしょ?」


「うっ……」


 やはり陽キャ。陰キャの考えることなどお見通しである。美穂が小悪魔的な笑みを浮かべて言う。



「ねえ、また見たい? 私の水着姿?」


 美穂の真っ白なビキニ姿が頭に浮かび、狼狽える拓也。美穂が更に近付き拓也の耳元でささやく。



「どうしようかな~」


 拓也が真剣な顔で言う。



「……見たい」


「ん?」


 拓也は美穂の目を見て言った。



「美穂の水着、もう一回見たい!!!」


 美穂が少し笑って尋ねる。



「それって団長命令?」


 拓也も笑顔で答える。


「そう、団長命令!!」



「やだ~、えっち!!」


 そう言って笑いながら走る美穂を拓也も笑って追いかけた。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 最後までお読み頂きまして、ありがとうございました!!

 本編はこれにて完結となります。

 明日は読んで頂いた皆様に感謝を込めて、完全読み切り短編『美少女たちの食事会』を公開します。本作を彩った美少女、美穂、玲子、マキマキによる女子トーク!! いい具合に弾ける玲子に是非ご注目下さい!!

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