75.え?もう両親へご挨拶!?
「美穂、ちょっと来なさい」
美穂は家で夕食の支度をしていると、帰って来た父親に呼ばれた。
(嫌な予感がする。何だろう?)
美穂は持っていた包丁を置くと、手を拭いて父親が座るテーブルへ腰かけた。
「母さんから聞いたのだが、付きまとわれている男がいるって言うのは本当か?」
「は?」
何のことだか意味が分からない。ストーカー? 唖然とする美穂に父親が言う。
「ほら、優也が病院に運ばれた時に来たって言う……」
「あ」
拓也のことだと思った。
確かに母親と拓也は病院で会っている。同じくテーブルにやって来た母親が言う。
「あの時は優也のことで動揺していたけど、あれは誰なの?」
美穂が答える。
「私の彼氏。付きまとわれているなんてそんなんじゃないわよ」
「彼氏……」
その言葉を聞いた美穂の父親の顔が険しくなる。父親が母親に尋ねる。
「で、どんな男だったんだ?」
「だから何度も言ったでしょ! あの時は優也に必死であまり覚えていないって!!」
「どうしてお前はいつもそうなんだ!!」
再び始まる両親の言い合い。幸いまだ優也は病院にいるから良かったものの、手術を終えたばかりの弟にこんな喧嘩は見せられたものじゃない。
「美穂っ」
父親が美穂を見て言う。
「その男、一度連れて来なさい」
「はあ? どうして?」
「どうしても何もない!! 連れて来なさいっ!!」
もうこうなると美穂や母親の手に負えないことは分かっていた。美穂は渋々父親の要求を飲むことにした。
「ねえ、拓也……」
屋上の日陰で一緒にご飯を食べていた美穂が思いつめた表情で拓也に言った。
「どうしたの、み、みふぉ……」
まだ慣れない。
陰キャが女の子、それも学年一の美少女を下の名前で呼ぶことのハードルの高さは同じ陰キャじゃないと決して理解できない。
「みふぉ」と呼ばれた美穂が真面目な顔で言う。
「うちに、うちに来てお父さんに会って欲しいの」
「は、はあああああああっ!?」
(い、いきなりお父様とご挨拶だとっ!? いいや、確かに娘さんとはお付き合いを始めたけど、まだ数日で。て、手すら握った事がない間柄で……)
「拓也……」
(ぐごっ!!)
美穂が真剣な顔で拓也を見つめる。
(み、美穂の顔は真面目で、とても冗談を言っているようには見えないし、ど、どうしていきなりこうなった? それとも女の子と付き合うってすぐにご両親と挨拶をしなきゃならないものなのか?)
女性との交際経験が皆無の拓也にとっては、美穂との間に起こる事全てが初めてでどう対処すればいいのか分からなかった。
「み、みふぉは、お、俺が幸せに、でもふたりでおててつないで、幸せに……」
考えがまとまらず意味不明なことを言い出す拓也。びっくりした美穂が慌てて事情を説明する。説明を聞いた拓也が言った。
「そ、そう言うことだったのか。驚いたよ……」
拓也はそう言うものの、両親への挨拶とどこが違うのだろうとひとり思った。美穂が言う。
「と言うことで、次の土曜日、ね。うちに来て」
「あ、ああ。分かった……」
拓也は心底断りたかったが、目の前で両手を合わせて頼み込む美穂を見てそんなことは言えなかった。
「お、お邪魔します……」
土曜日なんて永遠に来なければいいのにと思いつつも、その日は普通にカレンダー通りにやって来る。
美穂の家は駅からもそれなりに近い一戸建て住宅である。木が植えられている庭がある立派な家。拓也は先に入った美穂について玄関に立った。
「はーい」
入ってすぐ鼻につく独特の家の香りが、ここが他人の家だと実感させる。拓也達がやって来たことに気付いた美穂の母親が奥から現れた。
「お、お久しぶりです」
美穂の母親とは、病院で一度会った事がある。拓也は深く頭を下げた。母親が言う。
「ごめんなさいね、急に来てもらって」
「い、いえ、そんなこと……」
男友達の家すらほとんど行った事がない拓也。何をどうすればいいのか分からず、ひたすら頭を下げている。陰キャは陰キャなりに必死に頑張った。
「病院に来てくれてありがとうございました」
母親が拓也に感謝の気持ちを伝える。慌てて拓也が言う。
「い、いえ、何もしていないので、そんな」
謙遜する拓也。
少しは上手く行くのか、そう思った時家の奥からその人物が現れた。
「君が木下君と言う男かね?」
美穂の父親。明らかに不満そうな顔をして、その人物が現れた。
(な、なんだこの威圧感!? ゲームのボスキャラ以上の迫力じゃん!!)
拓也は美穂の父親を見て思った。
短めの髪に年季の入ったしわ。美穂の背の高さは父親譲りなんだと思った。
「お父さん……」
美穂が父親を見てすぐに良くないことが起きそうだと気付いた。すぐに挨拶をしようとした拓也を制して父親が言う。
「うちの美穂はモデルをやっているような自慢の娘だ」
「お父さん……?」
美穂が心配そうな顔になる。
「そんな娘にお前のような奴が近付いていいとでも思ったか? 私は許さんぞ、そんなこと!!」
大きな声。
拓也はあまりにも突然の言葉に何が起きているのか理解できなかった。美穂が言う。
「な、何を言ってるのよ!! あなたに何が分かるのよ!!!」
美穂が怒っている。拓也は涙目になって本気で怒る美穂を初めて見た。
「黙れっ!!」
「黙らないわ!!!」
美穂と父親が睨み合う。母親は一歩下がって口を出そうとしない。
(俺のせいだ。俺が彼女と付き合ったりしたからこんなことに……)
震える体。拓也は目の前で起こる喧嘩を前に、冷静な思考を保ち続けることが困難になっていた。
下を向いて黙り込む拓也。意を決して何かを言おうと顔を上げた時、その声が奥の部屋から響いた。
「黙るのはあなたですよ、新一!!!」
(え?)
皆がその声のした方を見つめる。そこにはひとりの老婆が立っていた。
「おばあちゃん!」
美穂が言う。
(えっ? 美穂のおばあちゃん?)
驚く拓也。
新一と呼ばれた美穂の父親が言う。
「お、お母さん、それはどういう……」
急に弱気になる父親。
そして美穂の祖母は拓也の前までやって来て、その両手を握り締めて言った。
「探しましたよ。随分と」
「え!?」
意味が分からない拓也。祖母が言う。
「あら、お忘れですか? でもわたくしはしっかり覚えておりますよ、あの横断歩道からずっと」
「あ、ああっ!!」
拓也の脳裏に体育祭の時に助けた老婆の姿が蘇った。
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