69.来ちゃった♡
(ちょっと曇って来たな……)
美穂がお手洗いに行ってひとりで待っている間、急に曇って来た空を見上げ拓也が思った。生ぬるい風が体に当たる。雨でも降るのかなと思う。
「ねえ、知ってる?」
「何が?」
そんな拓也のそばで若い男女が話をしているのが聞こえた。
「ここともう二か所ある神社に行くと、更に願いが叶うんだって」
「へえー、そうなの!?」
拓也は無言でその話を聞き、すぐにスマホを取り出し今聞いた情報を確認する。
(あ、本当だ。公式には認められていないけど、そう言った噂があるんだ。残り二か所は……、え? と、遠い……)
ネットの噂によると、この『太平神社』と残りふたつの『病気平癒』で有名な神社に行きそこのお守りを手に入れれば、願いは更に叶うと言うことだった。ただ遠い。残りふたつの神社を巡ろうとすればそれなりに時間が掛かる。
「ごめんねー、待たせちゃって」
「あ、うん」
お手洗いから戻った美穂が空を見ながら言う。
「ねえ、なんか雨降りそうだね。急いで帰ろっか」
「そうだね。今にも降りそうだ」
拓也と美穂は暗くなって来た空を眺めながら境内を急ぎ足で歩く。
「きゃ、降って来た!」
「わっ、本当だ!」
ぽつぽつと、そしてあっと言う間に強めの雨が辺りに降り注ぐ。バタバタと雨粒が境内の建物に当たる音が響く。
「ちょ、ちょっと雨宿りしよ!」
「うん!!」
ふたりは傘なども持っておらず、急ぎ近くの神社の建物へ行き雨宿りをする。
バタバタと雨が降る音が響く。火照った地面が雨に濡れ、土の香りが辺りを包む。
「濡れちゃったね……」
(うっ!?)
少し雨に濡れた美穂。薄いワンピースが肌にぴったりとくっつき、その女性ならではの体のラインがはっきりと浮かび上がる。
(み、見えそう……、下着も……)
隣に立つ美穂を横目で見る。張り付いた服から下着の線がぼんやりと透けて見える。
(雨、GJ、GJ、GJ!!!!)
突然降った雨のいたずらに心から喜ぶ拓也。
しかしそんなことを思っていると必ず直ぐにバレると思いちらっと美穂を見ると、何故か彼女はずっと下を向いたままだった。
「涼風さん……?」
少しその異変に気付いた拓也が声を掛ける。
(え!?)
下を向いていた美穂が突然拓也の胸に顔を埋めた。
「す、涼風さん!?」
そして拓也は気付いた。
(泣いている……)
美穂は声を殺す様にして泣いていた。
小さく震える肩。頬が、耳がうっすらと赤く染まっている。
「涼風さん……」
美穂が拓也の胸に顔を埋めたまま小さな声で言う。
「ごめんね……、なんか急に怖くなって、涙が出ちゃって……」
拓也は反省した。
雨に濡れて変な妄想をしていた自分を恥じた。
(ごめん、涼風さん……)
拓也はすっと美穂の頭を撫でながら言った。
「大丈夫、きっと治るから」
「……うん」
小さく震えながら答える美穂を見て、拓也は残りのふたつの神社も必ず行こうと心に決めた。
翌日から美穂は弟の世話と入院の準備で拓也のマンションには来られなくなった。
拓也は朝起きて全勝中の『ピカピカ団』、そして今日の対戦相手を確認。『ギルド大戦争』も本選に入り、毎日強敵ばかりが立ちはだかる。拓也は悩んだ末に全団員に指示を出すと、すぐに出かける準備をして部屋を出た。
在来線、そして新幹線を乗り継ぎ見知らぬ街に降り立った拓也。
スマホでバス路線を調べ、分からなければ地元の人声を掛け行く先を尋ねる。
(俺、コミュ障の陰キャだったはずだよな……)
なんだろう。
目的がしっかりあるのか分からないが、驚くほど積極的に動いている。『誰かのため』という時は、想像以上の力が出ると言うのはまんざら嘘じゃないと拓也は思った。
汗だくになって郊外にあるその二つ目の神社に到着。無事お守りを入手した拓也。すぐに更に離れた最後の神社へと向かう。
街まで戻って再び新幹線に乗車。
その間、時間を見つけては『ギルド大戦争』の指揮をとる。そして目的の駅に降りる頃には既に辺りは暗くなっていた。
(今日はここで泊まるしかないのかな……)
一日で訪れるには遠すぎる神社。
拓也は今日中の訪問を諦めて宿泊することにした。
「未成年の方だけはお断りしております」
駅前にあったホテルではすべて断られた。仕方なしにネカフェに向かう。
「夜10時以降はご利用できませんが、よろしいでしょうか?」
ネカフェも県の条例で深夜の利用はできないとのことだった。未成年と言うのは様々な制約があって動き辛い。
仕方なしに拓也は街にある公園のベンチで夜を過ごすことにした。暗い公園に居ながらも団の指揮をとり続ける。深夜『ピカピカ団』の勝利を確認してから、ベンチでうとうととした。
「うーん。さて、向かうか」
朝五時過ぎ。仮眠から目覚めた拓也は残りの神社に向かって歩き出した。昼間の熱さからは想像できないほど早朝の空気はひんやりしていて気持ちがいい。
ただ連日の指揮の疲れと寝不足で既にくたくたなのは否めない。拓也はカバンを背負うと神社に向かった。
(ここが最後の神社、『一之森神社』か……)
郊外にあるひっそりとした神社。
まだ午前中だがそれなりの人で賑わっている。その多くの人がお守りが目当てのようだ。
「おい、お前!!」
境内を歩いていた拓也は急に誰かに呼び止められ振り向く。
「はい?」
そこには神社の衣装に身を包んだ
「何をしに来た?」
驚く拓也が答える。
「何って、お守りを貰いに……」
老人は拓也に近付くと顔をしばらく見つめる。
(だ、誰? 俺、何か悪いことでもしたのか?)
焦る拓也に老人が言う。
「500円」
「は?」
「お守りだろ? 500円だ」
拓也はお守りを求めて他の参拝客が列を作っている方を見てから首を傾げる。
(え、この人から売って貰うのか?)
おかしいと思いつつも財布からお金を取り差し出すと、老人は懐に入っていた銀色のお守りを手渡した。
(うっ、なんか湿っているような……)
無論そんなことは口に出せない。拓也はお礼を言い頭を下げてお参りの為に拝殿に向かう。ふと老人の方を振り向くと親指を立ててこちらに向けている。拓也も意味が分からず親指を立て返した。
「疲れた。マジで疲れた……」
マンションへ帰る時も時間を見つけては団の指揮をとる。
部屋に戻って来た時にはもう意識朦朧としていたが、深夜12時過ぎようやく勝利が確定するとそのままベッドに倒れ込んだ。
(お疲れ、木下君……)
拓也は夢を見ていた。
夢の中で美穂に頭を撫でられゆっくりと眠る。柔らかい美穂の手。とろけるような甘い声。そして鼻につく朝食のいい香り。
(ん? 夢に匂いなんてあるのか……?)
「起きた? 木下君?」
「へ?」
拓也がベッドで目覚めると、そこには朝食を作って笑顔で座る美穂がいた。
「ええっ!? す、涼風さん!!」
「来ちゃった♡」
美穂は起きたばかりの拓也を見てにっこりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます