68.神前デート!?

 夏休みの朝の電車。出勤時間を過ぎた車内に乗客は少ない。拓也と美穂はふたり並んで椅子に座る。


(ごくり……)


 自然と拓也の目に美穂のワンピースから出た真っ白な足が映る。顔には甘い香りがする髪が電車が揺れる度に触れそうになり、目を横にやると美穂の意外と大きな胸の膨らみがその存在を主張している。

 これから病気平癒に向かうはずなのに、どうしても近くにいる彼女の魅力に包まれ、それにふさわしくないことばかり妄想する。



「ねえ、木下君」


「うぐっ!?」


 突然かけられた声に驚く拓也。美穂が心配そうな顔で尋ねる。



「なんかすごい熱気だよ。もしかして体調悪いとか?」


 拓也は妄想のあまり全身が火照る程熱くなっていることに気付いた。汗をかき、その体から発する熱が隣に座っている美穂にも伝わったのだ。



「な、何でもないよ……」


「ホントにぃ?」


 そう言って体を曲げて拓也を見つめる美穂。その動きで胸元が大きく開き、これまで見えなかった胸の谷間がのぞく。



「だ、大丈夫……(じゃないかも)」


「風邪気味なの? 無理しないでね」


 そう言って手で拓也の額に触れる美穂を前に、拓也の体はさらに熱を帯びていった。





「ごめんね、決勝一緒に居られなくて」


 電車を降りたふたりは、『太平神社』へ向かうため一緒に歩いていた。

 午前中とはいえ夏の日差しは強く、既に蒸し暑い。石畳で綺麗に舗装された神社への参拝道の両脇にはいくつものお店があり、参拝客のほか近所の子供達が遊ぶ姿も目に付く。美穂の言葉に拓也が答える。



「気にしなくていいよ、それどころじゃないもんね。弟とできるだけ一緒に居てあげて。これでも俺、一応軍師とか呼ばれてるんだぜ、大丈夫!」


「うん、そうだったね」


 美穂はそれに笑って答えた。




 鳥居をくぐり境内に入ると木々が多くなる。

 林から聞こえてくるセミの鳴き声。アブラゼミやミンミンゼミに混じって、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえてくる。夏も終わりが近い。



「あ、あれかな?」


 美穂が建物の一角にあるお守りなどを頂く授与所じゅよしょを指差して言う。

 拓也と美穂は先に拝殿でお参りを済ませてから、病気平癒のお守りを探しに授与所へ向かう。



「あ、これっぽい」


 美穂がたくさん並べられたお守りの中から『病気平癒』と書かれたお守りを手にする。

 神社の名前である『太平神社』と一緒に『病気平癒』と書かれた緑色のお守りだ。500円と記載されている。拓也は財布を出そうとした美穂より先に、座っていた巫女にお金を渡した。



「き、木下君、いいよ。私が」


 美穂を見て首を振る拓也。

 そして首を振った先に『御祈祷』という書かれた紙に気がつく。拓也が巫女に尋ねる。



「これって、『病気平癒』のご祈祷も受けて貰えるんですか?」


「はい、受けております」


 拓也がその下の紙を見て少し驚く。



(初穂料1万円か……)


 高校生にとっては高額な価格である。だけど拓也は美穂を見て言った。



「あれ、やってみようか」


『御祈禱』という文字を指差して言う拓也に美穂が驚いて答える。


「い、いいよ、そんなの!!」


「大丈夫だから」


 拓也は戸惑う美穂に笑みで応えてからご祈祷の申し込みを行った。






「ありがとね。木下君。でもなんか悪いな……」


「いいよ。こう言うのは気持ちの問題だからね」


 拓也は少しでも何か自分にできることがしたかった。正直、かなり痛い出費だがそれで少しでも彼女が安心してくれるならばそれでいい。


 拓也と美穂はご祈禱を終え、再び境内を歩き出した。そんな美穂がある物を見つけて指差して言う。



「あ、おみくじだよ。やってみる?」


「え、おみくじ?」


 神社のおみくじ。

 正直ここ何年も引いたことが無いものだ。ひとりでいる事が長い陰キャの拓也にとって、誰かと、いや神社に来ること自体数年ぶりだった。



「やろうよ~、楽しいよ!!」


「う、うん……」


 あまり気の進まない拓也だが、美穂に押されて仕方なしにおみくじを引く。




「うわ、やった!!」


 美穂は自分が引いたおみくじの『病気』という欄を見て言った。



「『平癒す』だって! これって病気が治るってことでしょ!?」


 文字を見れば確かにその通りだ。だが拓也が言う。



「え、でもこれって、涼風さんのことじゃないの?」


「ん?」


 一瞬固まる美穂。そして両手で顔を抑え、真っ赤になって言った。



「そ、そうじゃん!! これってのおみくじだよね!! 私の病気が治るってこと? きゃあ、恥ずかしっ!!」


 同じく固まる拓也。しかし陽キャの美穂はそんな事では動じない。



「えっと、じゃあ『恋愛』のところは? うーん、なんて書いてあるのかな??」


 美穂がコケティッシュな笑みを浮かべて拓也を一度見て言う。



「ええっと、俺のは……」


「きゃー! 私、『今の人が最上、迷うな』だって!! きゃー、どういうこと? ねえねえ、どういうことなの、きゃー!!」


 おみくじを見て喜ぶ美穂。拓也はたかがおみくじ程度で、なぜひとりでこれほど盛り上がれるのか不思議でならなかった。



「い、いいんじゃないかな。それで……」


 ほぼ無反応な拓也を見てちょっと不満そうな美穂。すぐに拓也の持っていたお守りを見ながら言う。



「で、木下君の方はなんて書いてあったの?」


「俺の?」


「うん。『恋愛』のとこ」


 そう言われて改めて拓也が手にしていたお守りを見る。



(げっ!?)


 拓也の顔が青くなる。それに気付いた美穂が拓也のお守りを奪い取って確認する。



「は? 『前途多難』って、なにこれ……」


「前途が多難なんだよ……」


 拓也が暗そうな顔で言う。美穂が笑って答える。



「うーん、でも前途を乗り越えればはパラダイスってことでしょ? 大丈夫よ~!! ラッキーラッキー、パラダイスだよ!!」


 拓也はやはり陽キャの頭の中は絶対に理解できないと思った。

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