70.三つのお守り。

 くたくたになって神社を巡った拓也。自宅に帰るとそのまま熟睡してしまったのだが、朝目覚めると朝食を作って美穂が座っていた。



「す、涼風さん!? ど、どうしてっ!?」


 美穂が少し困った顔をして答える。



「ごめんね、勝手に入って来て。でももう11時だよ。みんな指示がなくて困っていて。携帯連絡しても返事がないし、悪いと思ったけど心配で来ちゃった」


「え? 11時っ!?」


 拓也は慌てて部屋の時計を見る。時刻は11時を既に過ぎている。



「寝坊した!! ごめん、みんな待ってるよね?」


「うん、そうだけど。大丈夫なの? 体は」


 拓也は寝癖が付いたままの髪でPCを立ち上げ美穂に言う。



「大丈夫。しっかり寝たから元気出たよ!」


 そう言いながらスマホと『デスコ』の書き込みを見つめる。



(今日はまた強い相手だ……)


 一見して分かる相手の強さ。キャラ、パテ共に隙がない。


(こんなのに勝てるかな……、でも)


 拓也は隣で一緒にPCを見つめる美穂を意識する。



(俺は必ず勝って、彼女に、彼女に……、ん?)


 拓也はこちらを見ている美穂に気付く。



「ど、どうしたの?」


 美穂が首を少し左右に振って答える。



「ううん、指示出し終えたら、一緒にご飯食べよ」


 気付くとテーブルの上にパンやベーコンエッグ、そしてコーヒーが置かれている。



「あ、ありがとう」


「いえいえ」


 美穂が微笑んで答える。


「でも、もう弟の検査入院始まってるし、明日は手術だからここに来られるの本当に最後だよ」



「うん」


 大変な状況にかかわらず、家に来させてしまったことを申し訳なく思う拓也。



「ごめん」


「ん? 来て貰ったら『ありがとう』でしょ?」



「え、ああ、ありがとう」


「よしよし」


 団員に指示を出し終えた拓也の頭を撫でる美穂。

 拓也はスマホを置くと思い出したように立ち上がり、昨日持って歩いていたカバンを開く。



「はい、これ。渡すの忘れてた」


 そう言って拓也はカバンの中にあった三つのお守りを美穂に手渡す。



「あはは、そうだったね。せっかく行ったのに貰うの忘れてちゃって。あれじゃただの『神社デート』だよね」


「え? あ、うん……」


 突然美穂の口から出た『デート』という言葉。美穂自身、口にしてからその言葉の意味に気付き思わず下を向く。

 一瞬ふたりの間に漂う微妙な空気。それを破ったのはやはり美穂。手にしたお守りを見ながら言った。



「……あれ? なんか増えてない?」


 美穂は三つになったお守りを見て不思議そうに言った。


「あ、うん。他の神社でも貰っておいたんだ」


 拓也が適当にごまかす。


「そう? ありがとね」


 美穂はしばらくお守りを見つめてから大事そうにカバンにしまった。

 朝食を食べる拓也。美穂はその片づけをし、本選が始まるとすぐに病院へと戻って行った。



(ここからは本当にひとりの戦いだ)


 拓也はひとりになった部屋で、スマホの画面を見つめながら戦いの決意を新たにした。






『木下さんのご子息とは上手くやりなさい』


 龍二は『ワンセカ』のサブ垢である『どらごん』を見つめて葛藤していた。

 的確に出される団長タクの指示のお陰でこれまで大した苦戦もせずに全勝。辛うじて全勝中ではあるが、強力なメンバーを集めさらに大金をかけた本アカの『竜神団』とは対照的である。


(軍師の差でここまで結果が違うとは……)


 龍二ジリュウはミスが多い自軍の軍師アッシを思い出して悔しく思う。そして同時にサブ垢の『どらごん』の名前を見つめて思う。



(どうする……、どうすれば、俺は……)


 葛藤する龍二だったが、その脳裏に仲良くする拓也と美穂の姿が思い浮かぶ。



「負けられない!! やはり俺はあんな奴に負けてはならないんだっ!!!」


 龍二は『どらごん』を見つめて強く心に誓った。






 そしてついに『ギルド大戦争・本選』最終日が訪れた。


(やっぱり相手は『竜神団』か……)


 美穂は朝、対戦相手を確認してからスマホは触っていない。今日は弟優也の心臓手術の日。心配で不安でとてもスマホゲームなどやっていられない。



「あら、優也君。そのお守り、どうしたの?」


 病院のベッドで横になる弟の優也。そのベッド脇に結ばれたお守りを見てベテラン看護婦が言った。隣に座る美穂が答える。



「友……、ううん。大切な人に貰ったんです」


「へえ~」


 ベテラン看護婦はお守りを手にして美穂に言う。



「大変だったでしょ、これ?」


「え?」


 ベテラン看護婦が言う。



「三つのお守り。これ全部揃えると絶対病気が治るんだよ。噂話だけどね」


「そう、なんですか?」


 美穂が驚いた顔で答える。



「三つの神社遠いし、それにこの『一之森神社』のお守り……」


 看護婦が銀色のお守りを手にして言いう。



「これ『銀守り』じゃない? あそこの宮司さん、とっても気難しい人でねえ。気に入った人にしかこの銀色のお守りは渡さないって話なんだよ」


「そうなんですか?」


「ええ、私も長いこと看護婦やってるけど、この銀守りを見たのは何年ぶりかしら。誰だか知らないけどその『大切な人』ってよほど頑張ってくれたんだね」



「は、はい」


 美穂は話を聞きながら溢れる涙を堪えるのに必死だった。

 一緒に『太平神社』に行ってから今日までの数日。その間に拓也は団の指揮をとりながら遠方の神社を巡ってくれたのだと今更ながら気付いた。



(だからあんなに疲れて……)


 昨日、くたくたになっていた拓也を思い出す美穂。



(言ってくれれば、いっぱい褒めてあげたのに……)


 美穂は耐えきれずに頬に流れ落ちた涙を拭きながら、ベッドにある三つのお守りを強く握りしめた。

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