66.それでも俺は頂きを目指す!!

 拓也が花火大会の断りのメールを打とうか悩んでいたお昼過ぎ。

 風間玲子はひとり嵐に襲われそうになったマンション下の公園に向かっていた。


(ここはやっぱり特別な場所……)


 男に襲われ怖いはずの場所だが、同時にこの公園は玲子にとって幼い頃拓也とたくさん遊んだ特別な場所でもあった。



(滑り台、小さくなったな……、いや、私が大きくなったのかな)


 滑り台に手をかけじっと見つめる玲子。

 小さく見える遊具が時の流れを感じさせる。


 滑り台、砂場、鉄棒……

 そのすべてが拓也と遊んだ思い出であり、大切な記憶である。



 そして思い出される公園での事件。

 拓也が来てくれなければどうなっていたか分からない。

 この公園に新たな拓也との記憶を刻み込んだ玲子。ゆっくりと街が一望できるベンチに行って座るとスマホを取り出した。



(あれから全く連絡がない……)


 昔と違い何を考えているのかは分からない拓也。それでも今も優しく、きっとあの頃と変わらずにはず。玲子はもう一度しっかりと自分の気持ちを伝えようと決意した。






「はあ、はあ、着いた」


 美穂に教えて貰った病院に到着した拓也は、外来受付時間が終わって静まり返る病院のロビーへと入った。


(ど、どこに行けば……?)


 拓也は直ぐにスマホを取り出し美穂に電話を掛ける。



「え、木下君? 来てくれたの!?」


 電話を受け取った美穂が驚きの声で言う。

 そして電話を切りしばらく待っているとロビーに目を赤く腫らした美穂がやって来た。



「木下君!」


「涼風さん!」


 美穂が拓也の胸に顔を埋めて肩を震わせる。

 突然のことに驚いた拓也だが、尋常ではない状況に優しく美穂の肩に手を乗せる。美穂が顔を上げて言う。



「弟が、倒れちゃって……、あ、行かなきゃ」


 そう言って美穂は拓也を連れて処置室と書かれた部屋の前へ行く。



「あ、ど、どうも。初めまして……」


 そこには美穂と同じく暗い顔をする中年の女性が長椅子に座っていた。

 一見して分かる美穂の母親。雰囲気がよく似ている。拓也は心臓がバクバクしながら頭を下げて挨拶をした。美穂が補足するように言う。



「私の学校の友達なの」


「あ、ああ。どうも……」


 美穂の母親は全く拓也には興味が無いように適当に答える。美穂が拓也に小声で言う。



「私のお母さん。急に電話してごめんね。来てくれて嬉しいよ」


 そう話す言葉とは対照的に、その表情は暗い。美穂が言う。



「今、先生に応急処置をして貰ってるの。心臓がどうのこうのって言ってって……」


 そう話す美穂の目に涙が溜まる。黙る拓也。


「せっかくおばあちゃんの足が良くなったっていうのに……」


 美穂が目に溜まった涙をハンカチで拭き取りながら言う。そこへ治療に当たっていた医師が部屋から出て来た。



「ご家族の方ですね?」


「はい」


 すぐに返事をする美穂。それを聞き拓也は一歩後ろへと下がる。医師が急ぐように言う。



「心臓の病気です。手術が必要ですが成功すれば元通りに過ごせるでしょう」


「手術……」


 その言葉を聞いた美穂と母親が絶句する。



「とりあえず今は薬を投与しましたので安定しています。ただこの状態を長く続けるのは危険ですので、早めの手術が必要です」


「は、はい……」


 美穂が尋ねる。



「手術をすれば本当に治るんですか?」


 必死な美穂の言葉に医師が答える。



「ええ、大丈夫です。優也君の為にもできる限りご家族の方は一緒に居てあげて下さい」


「はい、もちろん、そうします」



 大切な弟の為、必死になる美穂。それでも弟救済への道が見えて来て少しだけ表情が明るくなる。後ろで聞いていた拓也も美穂同様に、回復への光が見えたことで安堵した。


 しかし医師の次の言葉を聞いて拓也は唖然となった。



「手術日は8月27日を予定しています」


 8月27日。

 それは『ギルド大戦争・本選』の最終日であり、事実上の決勝が行われる日。


 つまりそれって……、拓也が考える。



 ――決勝に、副団長ミホンがいない


 手術のために病院へ行かなければならない美穂。

 その弟にずっと付き添うだろう美穂。


 拓也は副団長ミホンなしで決勝を戦わなければならないことを覚悟する。



(それでも、それでも俺は頂きを目指す!!)


 医師からの説明に何度も頷いて話を聞く美穂を見て、拓也はその決意を新たにした。

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