65.花火大会の日に。
(全く連絡なしか……、はあ……)
マキマキは夏休みに入ってから全く音沙汰のない拓也に小さなため息をついた。
(まあ、団長のキャラを考えれば頻繁に連絡が来る方がおかしいけどね)
とは言え、夏休みに入り「隣の席」という物理的なアドバンテージを失ったマキマキ。もともとメールのやり取りも皆無の彼女にとっては、今の時期は何もしなければ本当に何もないまま終わる。
(今日の花火大会、ちゃんと来てくれるのかな……)
マキマキは取り出した手帳に書かれた「花火大会」の文字を見つめる。
(うーん、その他に何かないのかな……?)
そう思って見つめる手帳には夏休みの間だけ入れたバイトと『ギルド大戦争・本選』の文字が見える。
(バイトは仕方ないとして、本選の時、ちょっと団長の部屋にでも行ってみようかな?)
マキマキはその夏休み後半に行われる大切なイベントを思い何度も頷いた。
『今から飛行機に乗る。じゃあまたな』
拓也は日本での短い滞在を終えた父親からのメールに返事を打った。
多忙な日々を送る父親。日本に帰ってくること自体稀なのだが、その滞在期間も驚くほど短い。それでも拓也は少しでも父親に会えたことを感謝してメールに返信した。
(はあ、こっちのメールはまだ打てないな……)
拓也の頭の中に「花火大会」の四文字が浮かぶ。
行くつもりはないのだが、きちんとマキマキに断りのメールを打てないまま当日になってしまった。
――中途半端は良くない
父親に言われた言葉。
まさに今それが自分にぴったり当てはまると思い情けなくなる拓也。しっかりと断らなければどんどん彼女に迷惑が掛かる。
『マキマキさん、今日の花火大会だけど……』
そこまで打って毎回手が止まる拓也。
断ったらマキマキがどんな悲しい顔をするのか。想像しただけで気が重くなる。
いっそのこと行ってしまえば……、と考えるもすぐにその愚考を切り捨てる。
「あれ? もうこんな時間……」
そうこうしている内に夕方近くに。拓也は情けない自分を責めるように両手で頭を抱えた。
「優也?」
美穂は自宅で夕飯の支度をしていた。今日は父親が出張、母親も仕事で遅くなるのでしっかりと家の面倒を見なければならない。
美穂は食事の準備をしながら耳に聞こえた小さな呻き声に気付き、振り返った。
「優也っ!!」
キッチンの床には、先ほどまでひとりで座って遊んでいた弟の優也が胸を押さえて横になっている。表情は苦しそうで小さな呻き声を発している。
「優也、優也、どうしたの!!!」
美穂はすぐに幼き弟の元へ寄り、その小さな体を抱き上げた。
(どうしよう、どうしよう!!)
優也は姉に抱かれながら小さく呻く。
父親は出張でしばらく帰ってこない。母親も仕事で帰りが遅くなる。美穂は直ぐに119番へ電話を掛けた。
「ごめんね、電話しちゃった……」
拓也がようやくマキマキへの花火大会断りのメールを打とうと決心した時、不意に美穂から電話がかかって来た。
「涼風さん……?」
珍しい美穂からの電話。
拓也はその第一声を聞いて、いつもの元気な美穂ではないと直ぐに感じた。美穂が小さな声で言う。
「弟がね、倒れちゃって。今、診て貰っているけど……、怖いよ……ううっ……」
拓也は直ぐに美穂に病院の場所を聞くと、急ぎ出掛ける支度をして部屋を飛び出した。
(あんな不安そうな声、初めてだ……)
陽キャの美穂。いつも明るく元気を振りまく彼女。
そんな彼女がまるで今にも息絶えそうな弱々しい声で電話をかけて来た。拓也は何も考えることなくすぐに向かおうと決心した。
(これ……)
急ぎ電車に乗り取り出したスマホ。
そこにはマキマキへの打ちかけのメールが表示されていた。
拓也は迷うことなくメールを打つ。
『すぐに行かなきゃならない所ができた。ごめん、今日そっちにはいけない』
そう書き込んで送信ボタンを押した。
電車の窓からは、今日行くかも知れなかった花火が幾つも打ち上がるのが見えた。
(ええっと、病院は!?)
病院の最寄り駅に降り立った拓也は、すぐにスマホを取り出して場所を確認する。周りは既に暗くなっており、仕事を終え帰宅するサラリーマンが多く歩いている。
(あっちか!!)
まだ日中のむわっとした暑さが残る中、拓也は病院に向けて一直線に走り出した。
(遅いなあ……)
マキマキは拓也と約束していた花火大会に行く為、駅の改札でひとり待っていた。
紺色に色とりどりの花がプリントされた可愛らしい浴衣。髪も浴衣に合わせてハーフアップにまとめている。マキマキが取り出したスマホを見つめる。
(団長、来ないのかな……)
時刻は既に約束の時間を大幅に過ぎている。
後方からは花火大会の開始を告げるアナウンスが響き、すぐにドンドーンと夏の夜空を彩る花火が打ち上げられる。
「ねえ、彼女~、ひとりなの~??」
ずっと寂しそうに立っているマキマキに、軽そうな男数名が声を掛けて来る。
「人を待っていますから」
マキマキはそんな男達には見向きもせずに答える。
「ちょっとだけ、いいじゃんー」
軽そうな男。なぜ夏になるとこんな男達が沸いて出るのだろうか。不快極まりない。
「お断りします!!」
マキマキは少し強めに言うと、駅近くにある交番の方へと歩いて行った。
「ちっ」
それを見た男達から舌打ちする音が聞こえる。渋々と人混みに消えて行く男達。
マキマキはふうと息を吐いて手にしたスマホを見つめた。
「あっ!!」
そこには待ちわびた拓也からのメールが届いていた。
(来てくれるのかな……)
そんな期待と共にメールを読み始めたマキマキの顔が一気に暗くなる。
『すぐに行かなきゃならない所ができた。ごめん、今日そっちにはいけない』
スマホの画面を見たまま固まるマキマキ。
そして直ぐに思った。
――ミホンさんのところへ行ったんだね。
確証など何もない。
でも絶対にそうだと彼女の勘が告げていた。
「浴衣も着たし、花火も見たし、さあ、帰ろっかな」
マキマキはそう言うと目を赤くして改札の中へと入って行った。
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