64.オヤジ、全開っ!!
「木下本部長、ご無沙汰しております!!」
学校の保護者面談の日。お互い父親と一緒に学校へ向かった拓也と龍二は、偶然にも学校で出会い、そして偶然にもふたりの父親は仕事繋がりの知り合いであった。拓也の父親が答える。
「いや、今は本部長じゃないよ。海外に行っていてね」
「そ、そうでしたか。通りで最近お会いできなかったんですね」
一見して分かる両者の上下関係。完全に立場的には拓也の父親の方が上である。
「まあ、また近いうちに国内に戻る予定なので、その時はまたよろしく頼むよ、足立社長」
そう言って手を差し出す拓也の父親に、龍二の父親が何度も頭を下げて握り返す。
「ああ、そうでしたか。それはそれは。また是非、一緒にお仕事ができたら嬉しいです!!」
「そのつもりだよ。足立社長がいい仕事してくれてるんで、うちも大助かり。この調子で頼むよ」
「有難いお言葉。男、足立。必ずや木下本部長のお役に立って見せますぞ!!」
そう言って胸を張る龍二の父親に拓也の父親が言う。
「まあ、そう気張らずに。それよりうちの息子が何だか随分お世話になっているようだね」
そう言って拓也の父親が龍二を見つめる。
真っ青な顔をした龍二が直立不動のまま口を開く。
「あ、ああ、あの……」
顔中に流れる汗。震える体。まさか「息子をいじめていた」とは口が裂けても言えない。
「これは本当に奇遇だ。龍二、本部長のご子息とは仲良くやってるんだろうな?」
龍二の父親の目は真剣である。ここで何か粗相でもしようものなら絶対に許さないと目が訴えている。
「あ、ああ。当たり前、だよ……」
完全に目は虚ろ。声は細々としていて何を言っているのか聞き取れない。息子の異変を感じ取った龍二の父親が言う。
「あ、で、では我々はこの辺で面談に向かいます。本部長、帰国されたらまたご連絡ください!!」
そう言って流時の父親は深々と頭を下げ、校舎の奥へと消えて行った。
「父さん……」
龍二親子が立ち去った後、残された拓也が父親を見つめる。
「いや、すまんな。プライベートでは仕事の話は避けてはいたんだが、まあ、あれじゃあどうしようもないよな。さ、先生のところ行こう」
そう言って先に歩き出す拓也の父親。
拓也は初めて垣間見た「仕事の父親」を見て少しカッコいいと思った。
「龍二」
「何だい、父さん?」
保護者面談を終え、迎えの車に乗り込んだ龍二の父親が開口一番尋ねる。
「木下本部長のご子息とは、本当にトラブルはないんだろうな?」
(うっ……)
龍二の父親は後部座席に座りまっすぐ前を向いたまま低い声で尋ねる。隣に座った龍二はエアコンの効いた涼しい車内なのに、その一言で汗が一気に吹き出す。
「あ、当たり前だろ……」
言えない。
ネクラだと馬鹿にし、陰険ないじめをし、SNSでは根拠のない誹謗中傷を書き込む。こんなことを言えば隣にいる父親はどれだけ激怒するだろうか。想像しただけでも身震いがする。父親がしみじみと言う。
「本部長はな、俺が事業を引き継いで売り上げがなくて苦しんでいた時に、とても大きな仕事、会社の規模を考えればあり得ない仕事をくれたんだ。大した実績もないうちにだ。これが失敗すれば本部長だってタダじゃ済まない。だから俺は必死にその期待に応える為に頑張った」
龍二の父親が目を閉じて続ける。
「今でこそ会社も大きくなり、多少贅沢をして暮らせるようになったが、まあ、大袈裟な言い方をすればこれもあの時の本部長のお陰なんだ」
龍二は幼い頃、必死に働く父親の姿を思い出した。
確かにあの頃は豊かではなく生活もそれほど楽じゃなかった。今からでは想像もつかない時代。龍二の父親が言う。
「だから俺は本部長には足を向けて眠ることなどできん。それにな……」
龍二の父親は目を開け、息子を見て言った。
「あの方を本気で怒らせたら、うちの会社など簡単に吹き飛ぶぞ。分かるか? 龍二」
(う、うそだ……、そんなのうそだ……)
幼い頃は贅沢など無縁の生活だった。
しかし今は裕福な暮らしをして、人よりも高貴な人間になったと思っていた龍二。その尊敬できる父親が、こともあろうにあの拓也の父親に頭が上がらないとは。今のこの暮らしがあいつ等のお陰だったなんて。龍二の父親が言う。
「子供のお前にこんなことを言うのは辛いことだが……」
父親はその分厚く硬い手のひらを龍二の膝に乗せ言う。
「本部長の息子さんとは仲良くやってくれ、頼む」
「……」
龍二は抗うことのできない決定的な何かを抑え込まれた感覚に陥った。
「なあ、拓也……」
面談を終え帰りの電車に揺られる拓也と父親。
時刻は午後を少し回ったぐらい。まだまだ夏休みに入った車内に乗客は少ない。
拓也はきっと龍二親子の話だと思った。
「加藤先生……だったか? 美人だな」
「は?」
まったく予想もしていなかった答えに驚く拓也。
「さっきの面談、何て言ってた?」
「何て、って?」
意味の分からない拓也が尋ねる。
「ああ、あまりにも美人だったんでずっと顔と胸と足ばかり見ていたんだ。すまん、話、全然聞いていなかった」
「おい!!」
拓也はそう真顔で話す父親を見て情けなくなった。
先程少しでも「カッコいい」と思った自分が恥ずかしくなる。父親は大きく足を組みなおすと拓也に言った。
「時に拓也」
「何だよ」
父親が再び真顔になって言う。
「玲ちゃんは元気か?」
「え?」
玲ちゃん、それは風間玲子のことを指す。幼い頃から付き合いのあった風間家。当然同い年の玲子のことも知っている。
「な、なんだよ、急に……」
拓也の心臓の鼓動が速くなる。
玲子という言葉に自然と反応するようだ。父親が言う。
「随分長いこと会っていないが、そうだなあ。あれは玲ちゃんが中学生の頃だったかな」
「……」
黙って話を聞く拓也。父親が続ける。
「えらく綺麗になってな。遠くからでもすぐに分かったよ。でな、彼女のお前を見る目……」
父親は拓也を見て言う。
「あれは恋する女の目、だ」
「恋する……、目……」
父親は足を組みかえ上を向いて拓也に言った。
「美穂ちゃんも美人で気立てが良くっていい子だ。でも玲ちゃんもお前には勿体ないぐらい真面目でいい子だ」
「と、父さん、何を言って……」
父親が拓也の肩を叩きながら言う。
「どうするかはお前自身で決めろ。ただな……」
肩を掴んだ父親の手に力が入る。
「中途半端だけは絶対によせ。曖昧にするな、ちゃんと伝えろ」
「父さん……」
父親が笑って言う。
「人生の先輩として、お前にアドバイスするよ。
「ア、アオハル……」
真面目な話なのか、突っ込んでいい話なのか拓也は少し考えたが、父親の真剣に自分を思ってくれる気持ちだけはしっかりと感じることができた。
「まあ、俺なら両方頂くがな。はははっ!!」
「お、おい!!」
拓也は隣に座って大きな声で笑う父親を見てため息をついた。
(中途半端は良くない、か……)
電車に揺られ車窓の景色を見ながら、拓也の頭の中に色々な感情が浮かんだ。
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