63.悩み、悩み、驚愕!!

(やはり返事はなしか……)


 新田嵐は今日も何の返答のないスマホを見てため息をついた。

 少し前、風間玲子をあまりにも愛し過ぎて我を見失い、暴挙に出ると言う最も卑劣な行為を犯したことを後悔していた。一度だけ謝罪のメールを打ったが未だ返事はなし。恐らく受信拒否にされていて読んでもいないだろうと嵐は思った。


(犯罪、だよな……)


 実害が出ているので通報されてもおかしくない話。ただ嵐は思う。



(通報されてもいい。警察で君への罪を償う覚悟はできている。それが僕の愛だ)


 ねじ曲がった嵐の愛情。

 もう力づくと言うの選択肢は選ばないが、玲子への想いは簡単には消えることはなかった。






 時を同じく、その風間玲子も同じくスマホのメールを見てひとり悩んでいた。


(そっけない返事。どうして私の気持ちに応えてくれないの……)


 嵐から自分を救ってくれた拓也。

 幼き頃から運命づけられた自分と拓也。


 何通もメールを送ったがそっけない返事に悩み、時にはマンションのエントランスで待ち伏せをしようと思ったがそれでは嵐と同じストーカーになってしまうとまた悩む。

 玲子はその都度昔の写真を見てひとり思いをはせる。



 どうして運命づけられたふたりが上手く行かないのか?



 ――試練、そう、これは試練だわ。


 勘違いから避けられていた中学時代。

 そしてその誤解が解けてもやって来る「新たな女」という試練。


(試練は越えられるもの。越えられない試練はない!)


 玲子は笑顔で返事の来ないスマホを見つめた。






(意外と真面目なんだよな……)


 拓也は一緒に電車に乗って保護者面談のため学校へ向かう父親を見てふと思った。

「学校には公共交通機関でお越しください」という案内を見て素直にそれに従う父親。車で行けば大した距離ではないのに意外と律儀である。



「久しぶりの電車ってのもいいもんだな」


 父親が窓の外の景色を見て言う。車内にはまばらな人、女子高生や子供の姿も見られる。


「そうだね」


 拓也は父親の言葉にうわの空で答えた。

 今、彼の心の多くは『ギルド大戦争・本選』で占められている。


 この戦いに勝って涼風美穂にきちんと想いを告げる。自分自身に課せた重い約束。

 それは必ず勝たなくてはならない戦い。



 ――でも、もし負けたら……?


 負けてしまったら、今のこの想いは胸にしまい込んだままにするのか?

『ギルド大戦争』二連覇、とてつもない偉業である。



(俺は、俺はもしかして「やはり俺にはダメだった」と言う逃げの口実にしているのじゃないか?)


 自分に都合の良い、自分だけが納得して全てを諦める。全てから逃げる。

 そんな口実を『ギルド大戦争』にぶつけてしまっているのじゃないのか?



(……卑怯、だよな)


 拓也は電車が駅に到着したのに気付いて、父親と一緒に電車を降りた。






「龍二、で、最近学校の方はどうなんだ?」


 同じ日、同時刻、黒塗りのベンツの後部座席に乗るやや小太りの男性が隣に座る息子に尋ねた。

 夏休みの特別面談日。いつも仕事で忙しい父親がようやく日程の調整をつけて、息子と一緒に面談を行うべく学校へ向かっていた。龍二が答える。



「どうって、成績表見ればわかるでしょ? 学年でも上位、真面目で優秀。品行方正とはまさに僕の為にあるような言葉だよ、父さん」


 父親は腕組んで答える。


「そうか、まあそれはいいとして、そのスマホのゲームはどうにかならんのか? 少しお金を使い過ぎじゃないのか?」


 龍二は以前『ワンセカ』に課金しすぎて父親に注意されたことを思い出す。龍二が答える。



「課金しすぎたのは確かに良くないと思う。だけど素晴らしい創作物にはそれなりの対価を払うべきだと常々思っているんだ。これはひとりの人間として果たすべき当然の義務だと僕は思っている」


 熱弁する龍二に父親が言う。



「意見は立派だが、自分で働いてからにしろ」


「……わ、分かったよ」


 一撃で父親に撃墜された龍二。

 ちょうどそのタイミングで陽華高校に車が着く。龍二の父親は運転手にまた後で迎えに来るよう命じて車を降りる。



「暑いな。手短に終わらせよう」


 龍二の父親がそう言って額に流れる汗を拭った。




「父さん、こっちだよ」


 炎天下の中、龍二の案内で校舎のエントランスに入るふたり。靴を脱ぎ歩き始めた龍二の前に、彼にとって今もっとも会いたくない人物が現れた。



「た、拓也っ!?」


(あ、足立龍二……)


 学校の廊下でばったり会った拓也と龍二。

 拓也の頭にはつまらぬいじめを行い、自分を見下す龍二の姿が。

 一方龍二の頭には、ネクラでありながら自分の美穂おんなと仲良く話す姿が。


 ふたりの団長は意図もせずばったり出会うこととなった。龍二が口を開く。



「た、拓也、どうしてお前がここに……」


 そう言い掛けた時、龍二の父親が拓也の隣に立つ男の顔を見て驚いて言った。



「あ、これは、これは木下本部長じゃないですか!!」


 龍二の父親はそう言うと小さく頭を下げながら拓也の父親の元へと近づく。拓也の父親が言う。



「ああ、これは足立社長。奇遇ですな。こんなところで会うとは」


 ふたりの父親の会話に唖然とする拓也と龍二。龍二が父親に尋ねる。



「と、父さん。知り合いなのか? 拓也の親父さんと……?」


 龍二の父親が真面目な顔で答える。



「知り合いも何も、木下さんはN商事の国内統括本部長だ。うちが仕事させて貰っているのは言ってみれば木下さんのお陰。最近お顔を見ていなかったが、こんなところでお会いできるとは!!」



 それを聞き真っ青になる龍二の顔。全身の力が一気に抜けて行った。

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