61.神軍師、降臨!!
綺麗な景色だった。
マンション下にある小さな公園。少し高台にあるこの公園には近くの街が一望できるベンチがある。
夏の少し暖かい夜風が心地良く吹く中、拓也と玲子は公園のベンチに座ってその街の夜景を見つめた。
「拓也……」
拓也に頭を持たれかけたまま玲子が小さく言う。
「落ち着いたか?」
拓也の問い掛けに頷く玲子。
「うん……、ありがとう。絶対来てくれると思った」
「ああ」
必死だった拓也だが良く分からない。なぜ間に合ったのか、なぜ見つけられたのか。拓也が尋ねる。
「警察には行くのか?」
少し考えた玲子が首を横に振る。
「多分行かない。証拠もないし、きっと
「……」
無言の拓也。玲子が言う。
「それより私、拓也に守って貰いたい。ね、それがいいでしょ?」
「え?」
今日は相手がたまたま凶器を持っていなかったから助けられた。でも毎回そうとは限らない。そんなことを考え返事ができない拓也。当然玲子は、そんな拓也とは別の意味で話している。
「私が困ったらまたすぐに来て。ね、いいでしょ? 私のそばにいて。昔みたいに……」
玲子の頭の中は子供の頃のふたりでずっといたい気持ちで占められていた。
誰にも邪魔されず、無邪気に遊んだあの頃。
良く分からない女や、ストーカーなどいなかったあの頃。
拓也が他のことに興味を持ったのならば、また私に興味を持つように仕向ければいい。
玲子はこのふたりだけの時間を誰にも邪魔されたくなかった。
「玲子、そろそろ戻ろうか……」
スマホも時計もないふたり。
一体いま何時なのかも分からない状況なのだが、既に随分長い時間ふたりで座っている。
「うん……、そうだね。ありがとう、拓也。本当に」
ようやく心も落ち着いてきた玲子が小さく答える。
「よし、じゃあ……、え?」
そう言ってベンチから立とうとした拓也の顔を、玲子は無理やり自分の方に引き寄せ頬にキスをした。
「ありがとう、拓也……」
(え、ええええええっ!!!!!)
嵐と殴り合いをして至るところが痛む体。
そんな痛みを吹き消すような突然のキス。
「な、なにやってるんだよ……」
動揺し、そう言うのが精一杯の拓也に玲子は微笑んで応えた。
玲子をマンションに送り届ける途中、彼女が落としたスマホを見つけ無事回収。これがなかったらと思うとぞっとする。
時刻は午後11時過ぎ。幸い怪我などもなかった玲子だが、拓也はこんな遅い帰宅にどうしようとちょっと悩む彼女の顔を不覚にも可愛いと思ってしまった。
(えっ? あれって……)
玲子を送り届けた拓也は自分の部屋に戻って来て、ドアの前で座り込んでうな垂れている女の子を見て驚いた。
「涼風、さん……?」
その声に気付きようやく顔を上げた美穂が拓也を見て安堵の顔をする。
「木下君、どうしたの? どこ行ってたの……」
美穂は立ち上がると拓也に近付き、そして抱きしめた。
(え? ええ……!?)
目を赤くした美穂が小さく言う。
「心配したんだぞ。本当に……」
「ごめん……」
拓也は嬉しかった。
ここ最近ずっと会っていなかった美穂に会えて。美穂と会話できて。
美穂が言う。
「さ、早く部屋入って続きやろ」
真夜中に部屋の前で抱き合う若い男女。
そして発せられる言葉が「部屋で続きやろ」。
事情を知らない人が聞いたら間違いなく勘違いする会話だが、拓也はすぐにその意味を理解する。
時刻は11時を過ぎている。
残り1時間弱。『ギルド大戦争』予選最終戦が間もなく終わる。
『ごめんなさい!! みんな。動ける人はまだいますか?』
拓也と美穂はすぐに部屋に入るとPCの『デスコ』にメッセージを打ち込む。すぐに反応する団員。こんな深夜まで多くの団員が
『エイシンさん、3番お願いします!!』
『hishiさんは11番行ってください!!!』
スマホとPCを見つめながらいつものように神軍師が指揮をとる。
美穂はそんな拓也を見つめる。
(男の子って、何でこんな心配ばかり掛けるのかな)
汚れた衣服、擦り傷、そしてアザになった顔や手足。
どう見ても普通じゃない拓也を見て美穂が苦笑する。あえて尋ねなかった。尋ねなくてもいいと不思議と思えた。
神軍師が復帰した『ピカピカ団』。
昼過ぎから軍師が消えた『竜神団』。
最終戦は拓也が戻ってから始まった深夜の怒涛の攻撃によって、結果的には『ピカピカ団』の大勝利で終わった。
『おめでとおおお!!! 予選首位通過っ!!』
『全勝、マジパねえ!!!』
『団長、リアルもご苦労様です!!』
『デスコ』に溢れる勝利を喜ぶ声。
拓也は皆に指揮がしっかりとできなかったことを謝ると、スマホを置いた。そして美穂を見て言う。
「ごめん」
「ごめんね」
「え?」
美穂も拓也と同じ言葉を同時に口にした。美穂が言う。
「どうして木下君が謝るの?」
拓也が言い返す。
「いや、涼風さんだってなんで謝るの?」
真面目な顔で見つめ合うふたり。しかしすぐにお互いの顔が笑いに変わる。
「ふふっ、うふふふっ」
どうして謝ったのか。
笑い合ったふたりにはもうそんな理由は分からなかったし、どうでも良いことであった。
「おめでとう、予選通過」
美穂の言葉に拓也が答える。
「素晴らしい副団長がいてくれたからだよ」
美穂は予選ではほぼまったく何もしていないことを思い出し、ちょっと顔を膨らませながら言う。
「えー、それって私への嫌味なのかな~?」
「えっ? な、なんで!?」
真剣にその意味が分からない拓也が動揺しながら答える。美穂が笑って言う。
「いいよ、冗談。冗~談よ」
「え、あ、ああ……」
やはり意味の分からない拓也が困惑した顔で答える。拓也を見て少し笑っていた美穂が時計を見て言う。
「あ、もう帰らなきゃ。……って、終電もうないじゃん!!」
時刻は深夜12時過ぎ。
とっくに電車の終電はなくなっている。
(しゅ、終電がない!? と、と言うことは、涼風さんは帰れない? そ、それって……)
拓也の頭の中に美穂が拓也の家のシャワーを浴び、拓也の布団で下着姿で一緒に寝る姿が思い浮かぶ。
(い、い、いや、そ、それは……、でも……)
陰キャの拓也。とても女の子に「泊っていけ」などとは口にできない。その状況が訪れて自然にそうなるのを祈るだけ。
(でも、もし泊って行くのなら、それは……)
予選を戦い抜いて、
「えー、どうしよう~?」
目の前の男が色々な妄想をしているのを知ってか知らぬか、その美少女は愛くるしい笑顔を拓也に向ける。間違いなく拓也の言葉を待っている様子。
拓也は大きく息を吐いてから美穂に言った。
「お、送って行くよ、ちょっと遠いけど一緒に」
しばらくの沈黙。
少し驚いた顔をした美穂だが、すぐに笑って何度も頷いて答えた。
「うんうん、ま、いいか。それで」
二駅ほどの距離。歩いて行けないこともないが、拓也は美穂が言ったその言葉の意味をやはり理解できなかった。
「静かだね」
「うん」
美穂と一緒に彼女の家へ向かう拓也。
深夜の街は暗く静まり返っていた。高校生が出歩いて良い時間ではなかったが、夏の夜風が涼しく歩いていても気持ちが良い。
「でね、それでね……」
美穂はここ数日全く話ができなかった拓也との時間を埋めるようにひとり話し続ける。それは口下手な陰キャには有難い状況。拓也は美穂の話に何度も頷いて応えた。
(最初の壁である予選通過ができた。そして次はいよいよ本戦。それに勝って俺は……)
拓也は隣で楽しそうに話す美穂を見て決意を新たにした。
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