60.陰キャが殴り合い!?

「拓也っ、助けて!! 下の公園の林で、きゃあ!!!」


『ギルド大戦争』の指揮をとっていた拓也のスマホに、突然幼馴染みの玲子から助けを求める電話が入った。



「玲子、玲子ぉ!!!」


 スマホが地面に落ちる音が聞こえ、それ以降返事がない。拓也はそのまますぐに部屋を飛び出した。



(どうした、どうした!? 何が起こってる!!??)


 拓也はエレベーターの中でひとり頭を目まぐるしく回転させ状況を理解しようとする。


 助けを求める玲子。落ちたスマホ。隣の公園。

 何が起こっているかは分からないが、確実に玲子が何者かに襲われている。

 拓也は手ぶらで出て来てしまったことを少し後悔したが、それよりも早く彼女の元へ辿り着きたいと思った。






『団長、指示をお願いします!!』


 その頃、指示を求めても返事のない団長タクに団員から不安の声が上がり始めていた。



『団長? いますか?』

『お風呂じゃね?』

『オンラインになってるから見てるとは思うけど』


 団長タクに語り掛けても返事のない状況に戸惑う団員達。予選最終戦、重要な終盤になって突然の軍師不在に『ピカピカ団』の団員たちは動揺していた。



(木下君……、どうしたのかしら?)


 同じく『デスコ』を眺めていた美穂が心配になる。


(ご飯でも作りに行った? それとも部屋で転んで動けなくなってるとか……)


 美穂は考えれば考えるほど不安になりだんだんじっとしていられなくなる。副団長ミホンが書き込む。



『とりあえず待機できる人は待機しましょう。時間の無い方は自分で行って貰って結構です!』


 美穂はそう書き込むと大きく息を吐いてうな垂れた。


 相手の『竜神団』、そして『ピカピカ団』も軍師がいなくなると言う強豪ギルドの戦いにおいて少し珍しい現象が起きていたが、それに気付いている者は誰もいなかった。

 美穂はしばらくベッドの脇をずっと見つめていたが、顔を上げ立ち上がると外出する準備を始めた。






(はあ、はあ、どうして、いや……、怖い、怖い……)


 マンション下にある公園。その隣の雑木林に逃げ込んだ風間玲子は、執拗に追って来る新田嵐から身を震わせて木に隠れていた。


 パキッ、パキッ……


 ゆっくりだが嵐が林の中を歩いてくる音がする。



「どこにいるのかな、風間さん。僕に会いたいんだろ? 遠慮するなよ、出ておいでよ」


 顔は見えないが気持ちの悪い笑みを浮かべながら近付いて来る嵐の顔が想像できる。玲子は恐怖に体を強張らせてじっとする。



(助けて、誰か助けて、拓也……)


 咄嗟のことでどこかにスマホも落としてしまった玲子。助けが来るか分からい状況に震えが止まらない。その時背後から低い声が小さく響いた。



「見~つけた」


「きゃあ!!」


 突然の背後からの声。

 再び口と手を掴まれ、強い力で抑え込まれる玲子。嵐は玲子のうなじのあたりに鼻を近づけると匂いを嗅ぎながら言った。



「ああ、いい匂いだ。風間さん。どうしてこんなに汗をかいているのかな。僕に会えてそんなに嬉しいのかな」


(ううっ、ううっ!!!)


 声も出せず強い力で押さえられる玲子が必死に抵抗するが男の力には敵わない。嵐が玲子の耳元で小さくささやく。



「そんなに恥ずかしがらないでよ。ずっと会えなかった分、興奮してるんだろ? 僕も同じだよ」


 嵐はそう言って舌を出して玲子のうなじを舐めようとした。



(いや、いや、いやあああああ!!!)


 その時だった。



 ガンッ!!!



「うがっ!!!!」


 玲子は突然後ろの嵐に何か力が加わり、そしてそのまま横に飛ばされるのを感じた。



「何やってるんだあああ!! お前っ!!!!」


 振り返るとそこに見慣れた影、聞き慣れた声が響いていた。



「拓也……?」


 玲子が弱々しい声でその名を口にする。



「玲子っ、大丈夫か!!」


 その影はすぐに彼女の元まで来ると強く抱きしめた。



(拓也、拓也、拓也……、ううっ……)


 声も出ない程の恐怖に襲われていた玲子が、現れた拓也にしがみつき胸に顔を埋めて泣き始める。拓也が言う。



「大丈夫、もう大丈夫」




「何が大丈夫なんだよ……」


 拓也に突然頭を殴られた嵐がよろよろと立ち上がって言う。


「何が大丈夫なんだよ。痛ってえなあ。あーあ、またお前か」


 嵐はやって来た男が以前ファミレスで怒鳴られた「タクヤ」だと分かり露骨に嫌な表情を浮かべる。拓也が叫ぶ。



「お前、正気か!? こんなことして!!!」


 真っ暗な雑木林の中、ゆらゆらと左右に揺れながら嵐が答える。



「正気? もちろんだよ。僕と風間さんは運命で決められたふたり。それを邪魔するお前こそ正気なのか?」


(こいつ、狂ってる……)


 拓也は目の前の相手が、決して冗談でそんなことを言っているのではないと感じた。正気、本気でそれを思い、信じている。



(玲子……)


 自分の胸で震えながら泣く玲子。何としても今は彼女を守らなければならない。嵐が言う。



「お前よお……」


 嵐の足元から枯れ葉の音が聞こえる。拓也は玲子を背後に移動させ、身構える。



「何カッコつけてんだよ!!!!」


 嵐が右拳を振り上げて殴り掛かる。


 ドンッ!!


 喧嘩の経験などない陰キャの拓也。

 辛うじて左腕を上げ顔面への攻撃を防ぐ。



「おおおおおっ!!!」


 ドン!!!


 今度は拓也の右拳が嵐を襲う。



「ぎゃあ!!!」


 暗い雑木林。

 無我夢中で放った右拳はどこに当たったのかも良く分からない。しかし拓也の攻撃は確実に嵐に当たり、鈍いと音と共に悲鳴が上がった。



「お前えええええ!!!」


 その後は無我夢中で殴り合った。

 嵐も、そして拓也自身も殴り合いの喧嘩なんてむろん初めて。ラノベやアニメで見るようなな殴り合いなどできるはずもない。掴み合って殴り、叩き、抑え込んで倒れて締め上げる。

 無様でカッコ悪いふたりが必死に掴み合ってもがく。




「はあ、はあ……」


 全力を出し切ったふたり。

 四つん這いになって息を吐く嵐。体格差、そして春先からのジョギングのお陰で体力がついていた分、拓也に分があった。

 嵐の鼻からポタポタと血が流れる。顔に手を当てねっとりとした感覚に直ぐそれが出血だと気付く。嵐は初めての殴り合いに体が震え始めた。


(何だよ、何だよお、何なんだよおお!!!!)



 対する拓也も両膝をついてゼイゼイと大きく息をする。


(感じない、何も感じない……、いや、痛みはある……)



 拓也自身、初めての喧嘩による興奮でしっかりとした状況判断ができない。ただただ目の前の男にすべての意識を集中させた。嵐が地面を叩きながら叫ぶ。



「くそっ、くそっ、痛てえ、痛てええ!! 何なんだよこれ!!! 何でいつもお前なんだよっ!!!!」


 玲子を背後に黙って聞く拓也。嵐が叫ぶ。


「こんなのは、こんなのは絶対、俺は……」


 拓也が大声で言った。



「帰れ!!! 二度と付きまとうなっ!!!」


「ひぃ!? くっ、くそおおぉ!!!」


 嵐はそう叫び地面にあった枯れ葉を握り締めると、それを拓也に投げつけ走り去って行った。




「拓也……」


 まだ大きく息をする拓也に後ろから玲子が抱きしめる。



「ありがと、ありがと。拓也……」


 玲子が震えているのが分かる。

 拓也はゆっくり立ち上がると玲子に言う。



「大丈夫。もう大丈夫だ、玲子」


「……うん」


 玲子が再び拓也の胸に顔を埋めて返事をする。拓也が言う。



「警察に行った方がいい。俺も一緒に行くよ。何があったか知らないけど、今日はもう遅いからすぐに……」


「……いや」


(え?)


 玲子は拓也の胸の中で首を何度も横に振る。そして暗闇の中、涙を流しながら拓也を見つめて言った。



「もうちょっと、このまま一緒に。お願い……」


 玲子の真剣な目を見て、拓也にそれを断る理由など持ち合わせてはいなかった。






(いないのかな……?)


 美穂は拓也のマンションエントランスで何度もインターフォンを押したが、全く返答がないことに焦りを覚えた。

 意を決して訪れた拓也のマンション。色々な感情が美穂を苦しめたが、最後は自分が一番したいことに素直になって行動した。


 拓也から借りているカードキーでエントランスの中に入り、拓也の部屋へと向かう。



(あれ? 鍵が開いている?)


 部屋のドアは施錠されていないまま開いていた。悪いと思いながらもドアを開け拓也の名前を呼ぶが、返事がない。



「木下君っ!!」


 焦った美穂がそのまま部屋に上がる。そしてPCをつけたままいなくなっている部屋を見て更に不安に襲われた。



(木下君、どうしたの? どこにいるの……)


 美穂は部屋の外に出てドアの前に座り込むとひとりうな垂れた。

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