59.美少女、大ピンチ!!
「学校運営委員会から連絡? 収支に不備?」
駅を出たところを待ち伏せしていた新田嵐の言葉に玲子が顔をしかめる。
昨年に続き玲子も嵐も再度学校運営委員に選出されていたが、昨年彼女達がまとめた会計に不備があったということだ。
普通に考えればこの夏休みの時期にそんな昨年の不備を伝えて来るのは不自然な事なのだが、真面目な性格の玲子は「収支の不備」と聞いただけで責任感から顔を青くした。
それを見逃さない嵐が玲子に言う。
「学校からすぐに風間さんを連れてくるように言われてここで待っていたんだ。さあ、学校へ行こう」
時刻はお昼過ぎ。
玲子は少し迷ったが、学校に迷惑を掛けられないこと、そして自分が手伝った会計のどこに間違いがあったのかを知りたくて嵐の言葉に頷いた。
カタカタカタカタ……
学校の会計室に電卓を叩く音が響く。
学校に着き部屋に入った玲子と嵐。誰か教員がいると思っていた玲子は無人の部屋を見て入るのに少し躊躇ったが、嵐が持ってきた会計の資料を見て直ぐに椅子に座った。
昨年、何度か確認した領収書や報告書。
それを改めてひとつひとつ計算していく。
「おかしいわね……」
途中まで計算をしていた玲子がひとりつぶやく。
「どうしたの? 風間さん」
そう言って向かいに座っていた嵐が立ち上がり、玲子の背後に移動する。
(ごくり……)
嵐は目の前に座る玲子のうなじを見てつばを飲み込んだ。
綺麗にまとめられた黒髪のポニーテール。少し暑いのかそこから甘酸っぱい香りが辺りに漂う。服は白の半そでのブラウスに、黒のキャミワンピース。清楚な玲子によく似あう服装だ。
「合わないわ。何かおかしい……」
肘をついて首を傾げる玲子。
「おかしいよね。あれだけ昨年確認したのに」
玲子の言葉に嵐も頷きながら言う。玲子の姿を舐めるように後ろから見た嵐が思う。
(合わなくて当然。俺が領収書捨てたし、偽の報告書に差し替えておいたからな)
嵐は事前に何度も学校に来て綿密に計画を準備。偽の資料や領収書を作成し、密かに紛れ込ませていた。
玲子の背中で薄気味悪い笑みを浮かべる嵐。密室でふたりきり。甘酸っぱい美少女の香りが辺りを包む。嵐の頭は徐々に麻痺していった。
その時ポケットに入れて置いたスマホがメッセージを受信して音を立てる。
「ん? なんだ」
嵐が少し離れてスマホを取り出し確認する。
(ちっ、あのバカ団長か)
本日は『ギルド大戦争』予選の最終日。
因縁の相手ともいえる『ピカピカ団』と再度矛を交えていた。ここに来る前にすべての指示を出してた
『アッシさん、苦戦中だ。再指示を頼む!!』
嵐はスマホに書かれたメッセージを見て直ぐに返事をする。
『すみません、団長。今日はリアルの都合であまり指示が出せない。他の方に指示出して貰ってもいいですよ』
そう書き込むと直ぐに嵐はスマホの電源を切った。一体どんな返事が返って来るのか分からない。邪魔はされたくない、大切な玲子との時間を。
「はあ。仕方ない、もう一度計算するか。新田君、手伝って」
玲子が溜息をついて言う。
「ああ、いいよ」
嵐はにっこりと笑みを浮かべて答えた。
(始まった)
部屋で一人座る拓也が思った。
予選最終日、ライバルである『竜神団』の戦いが開始された。
今日も美穂はいない。
戦いに必要な情報や反応はしてくれるが、以前のように寄り添って戦ってくれはしない。拓也はもう割り切っていたのだが、この相手と戦う時だけは一緒に居て欲しかったと思った。
(そんなことは言っていられない!! 俺はただただ連覇を目指すだけ!!!)
拓也は暗い部屋で孤独に戦況を見つめながら団員達に指示を出した。
(私、何やってるんだろう……)
同じ頃、副団長の美穂も拓也同様、ひとりで部屋に籠りスマホとPCに映った『デスコ』の画面を見つめていた。
夏休みとはいえ、校内清掃ボランティア以来まったく話をしていないふたり。美穂はちょっとした自分の気持ちや行動が、まさかこんなに大きな事態になってしまうとは夢にも思わなかった。それでもマキマキと仲良くしている姿を思い出すと無性に腹が立ってくる。
(木下君は私の、私の……、私の何だろう……?)
スマホや『デスコ』の向こうでひとり必死に指揮をとる拓也。その気迫は一緒に居なくても分かる。でも、
――でも、やっぱり一緒に居たいな……
美穂は理解できない自分の感情にひとり苦しんでいた。
開戦してすぐ、拓也は意外な展開に驚いていた。
(こんなにピンポイントで役職を当てられるとは、どういうことだ!?)
大将は毎回自分。これは敵も分かっている。
しかし他に数名指定できる副将がほぼすべて見破られている。副将が敗北すると一般団員よりポイントが多く奪われる。ポイントを多く持つ役職を空になるまで討伐する事が勝利へとつながる。
(まるでバレているかのような采配。まさかな……)
拓也はまさか起こり得ないことを思い考えたが、そのような卑劣なことをするプレイヤーがいるはずがないと考えを改めた。
(ふんっ、筒抜けなんだよ。お前らの役持ち)
『どらごん』を操る
(絶対に、絶対今度こそ勝つ!! 俺が最強なんだ!!!)
美穂からのメッセージを受け、その怒りを拓也にぶつける
「やっぱり合わないわね……、これ、新学期になってから先生と一緒に確認した方がいいかも」
時刻は午後7時半を回っている。
夏とは言え既に外は薄暗くなっており、時間の流れに今更ながら気付いた玲子が嵐に言った。
「そうだね、新学期に確認しよう」
嵐もそう言って頷くと玲子に賛同した。
「送って行くよ」
校舎を出る頃にはすっかり暗くなっていた。
「いいわ、ひとりで大丈夫」
いつもは自転車だが、今日は急であったため駅に向かう玲子。その後をつける嵐。
「ひとりで大丈夫だから」
玲子が再度嵐に言う。嵐が答える。
「こんな時間に女の子をひとり歩かせるなんて、僕にはできないよ。安心して、僕が送るから」
玲子はその言葉に返事をすることなく電車に乗り込む。黙って後をつける嵐。
(ようやく家に着くわ。それにしても……)
玲子はずっと黙って後を付いて来る新田嵐をちらりと見て、得体の知れない恐怖を感じた。
(早く家に入らなきゃ!!)
玲子がそう思い少し速足になった時、不意に後ろから口をふさがれてマンション隣にある公園へと強い力で引きずり込まれた。
「ううっ、うっ、うううっ!!!」
必死に逃げようとする玲子。
そんな彼女を抑えて後ろから冷静に、落ち着いた声で新田嵐が言った。
「どこへ行くんだい、風間さん。僕と一緒に居たいんだろ?」
「や、やめてっ!!」
玲子が体に力を入れ一瞬の隙を突いて走り出す。
(怖い怖い、怖い、助けて!!!)
玲子は本当に恐怖になると人は大声など出せなくなるのだと知った。
無我夢中で公園横にある雑木林へ逃げ込む。そして大きな木の陰に身を隠すようにしてじっとする。
(拓也拓也拓也っ!! 助けて、拓也!!!)
玲子は震える手で必死にスマホの拓也の名前を探す。
その頃拓也は膠着状態に入った予選最終戦の戦局を見つめていた。
「あれ?」
メッセージではない着信。
拓也がスマホを手にして電話に出る。
「拓也っ、助けて!! 下の公園の林で、きゃあ!!!」
そのままスマホが地面に落ちる音が聞こえる。拓也がスマホに向かって叫ぶ。
「玲子、玲子ぉ!!!」
拓也は何も持たずに部屋を飛び出した。
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