58.孤独な戦い。

『8月に一時帰国する。詳しい日程はまた連絡するよ』


 拓也のスマホに父親から送られたメールが表示される。長期の海外赴任をしている父親が日本に一時帰国をする。拓也が思い出す。



(あ、そうだった。8月に保護者面談があるんだっけ……)


 保護者面談は通常7月に行われるのだが、保護者の予定がつかない場合などは特別に夏休み中に行う。拓也の父親は海外にいて日程が合わなかったため8月の面談となっていた。



(はあ、面倒だなあ……)


 拓也は父親が帰ってくることを思い出しため息をついた。






『エイシンさん、2番行っちゃってください!!』

『みーたんさんは16番全力でお願いします!!』


 翌日以降も拓也は『ギルド大戦争・予選』の指揮をとる。

 現時点でも連勝は続いており全勝中ではあるが、その結果には相応しくない苦しい戦いが続いている。無論軍師である拓也への負担は大きく、ちょっと目を閉じると強い眠気に潰されそうになる。



(『どらごん』さん……、どうしよう?)


 そんな拓也にとって頭痛のひとつが新加入の『どらごん』であった。



(決して弱くはない。パテもしっかりとしている。なのにどうして勝てない?)


 拓也が指示した相手に素直に挑む『どらごん』。

 しかし結果はいつも負け。団員の皆がポイントを重ねていく一方で、『どらごん』だけがぶっちぎりの最下位に沈んでいた。


 敵に挑む前に自団で似たようなパーティを組み模擬戦を行わせる。そこで勝率が良ければ実際に戦って貰うのだが、『どらごん』に限って言えば模擬戦は勝てても本番になると必ず負ける。模擬戦の結果は本人しか分からないので何が起きているかは誰にも分からない。



忌々いまいましいネクラの木下拓也め!! 絶対に俺がお前らの二連覇など阻止してやる!!)


 サブ垢で『どらごん』を操る龍二はひとり笑いながら、装備を外したパーティで敵に挑んだ。



『すみません、団長。自分がふがいないばかりで』


 今回もやはり負けた『どらごん』が掲示板に謝罪のコメントを書き込む。拓也が反応する。



『いえ、負ける相手を選んだのは自分の責任。ごめんなさい』


 そう書き込みながらも拓也は何か引っかかる思いがあった。




(くくくっ、さて……)


 龍二はサブ垢をわざと敗北させた後、PC画面に映るSNSを見つめる。

 裏垢とも呼べる龍二のSNSで、『ピカピカ団』団長である拓也タクの悪評を流し続けている。今のところあまり効果はないようだが、龍二にとってこの悪評の書き込みがいつしか快感となっていた。


 しかしそんな龍二が、知らぬ間に届いていたDMに気付く。



(誰だ? ん、これは?)


 その送り主は『ピカピカ団』副団長ミホンからであった。

 そしてそれを読んだ龍二の顔が青くなる。内容は【SNS上で根拠も証拠もない誹謗中傷をこれ以上流すのならば法的手段を取る】との警告であった。



(美穂……、そんなに拓也あいつのことが大切なのか……)


 龍二はひとりPC画面の前で頭を抱える。そして思い浮かぶ「法的手段」という言葉ワード



(俺は将来を継ぐ男。学校でも完璧な人間で、全ての人間の上に立つべき存在。そんな俺が……)


 完璧で一点の汚点も付けてはならない自分に「法的手段」を取られるとなると、結果はどうであれこれからの人生に狂いが生じる可能性がある。

 龍二は怒りの表情を浮かべながらマウスを握る手が震える。冷静にならなければならない。そう思いながらもついに感情がを越えた。龍二がキーボードを一心不乱に叩く。



『美穂、聞いてくれ。これはすべてお前の為なんだ!! 教室でも言ったがお前はあいつに騙されている。お前の特別な男として、このまま不幸になるお前を見捨てることはできない。美穂、俺の言葉を、俺を信じてくれ!!!』


 龍二は感情のコントロールができないままPCの送信ボタンをクリックする。

 メッセージを送ってからやや不安になったものの、龍二には必ず自分の心が美穂に届くと信じていた。

 しかしそんな彼の心はすぐに送られてきた彼女からの返信で跡形もなく破壊された。



『あなた龍二ね。信じられない、こんな酷いことするなんて!! 木下君が何をしたって言うのよ? あなたには関係ないことでしょ。それにどうやらあなたも「ワンセカ」やってるようだけど、これ以上私達に関わらないで。SNSで変なことを書くのもやめて。本気で法的手段をとるから。それから新学期が始まっても、二度と教室で私に話し掛けないで。近くにも寄らないで。気持ち悪いの、あなた!!』


 龍二は顔を真っ青にしながら直ぐに美穂のアカウントをチェック。しかし既にブロックされている事を知ると、ひとり無表情でPC画面を眺め続けた。






「終わった。何とか勝てた……」


 拓也は予選最終戦を残し、苦しみながらも全勝をキープ。そして今日の勝利で本選への出場を確実とした。


 時刻は午後11時近く。

 前回以上に戦いに苦しみ、そして時間もかかっている。何より副団長ミホンが近くにいてくれない。今更ながらひとり、孤独で何日も戦うことの苦しさを噛みしめていた。



『団長、おつ~!!』

『いよいよ明日は予選最終戦! 頑張りましょう!!』

『いやー、良かった』


 団員からも安堵の書き込みが『デスコ』に溢れる。それを見ながら拓也は既に理解していた。


 ――明日は『竜神団』と当たる


 ある意味ずっとライバルだった『竜神団』。確定はしていないが拓也のゲーム感がそれを告げていた。






『今日は最終戦、みんな頑張りましょう』


 そしてやって来た予選最終日の朝、『デスコ』の一般掲示板に副団長ミホンの書き込みがされた。


(役職部屋には、特に何もなしか……)


 拓也は『デスコ』の役職部屋にずっと書き込みがされていないのを見て溜息をついた。プールの件以来、確実に美穂との間に距離、いや壁のようなものができてしまっている。



(俺は勘違いをしているんだ。ちょっと仲良くなったからって、相手は学年一の美少女で陽キャだぞ。読モもやるような完璧な女の子。俺なんかが……)


 そう思いつつも美穂と一緒に過ごしたこの部屋、美穂が立っていたキッチンを見つめる。


 美穂が、美穂が……


 涼風美穂に対する強い思いを無理やり心の中に押し込めようとする拓也。その時、『デスコ』の画面に一般団員のメッセージが浮かんだ。



『団長、頑張りましょうね!!』



 拓也はその言葉をしばらく無言で眺めた。そして思う。


(そうだ、俺はこの大会を二連覇して彼女に俺の気持ちを告げるんだった。彼女がどうのこうのじゃない。俺の、俺の気持ちを告げる。その為の大会二連覇!!!)


 拓也の心に火が付く。

 そして今は全力で『ギルド大戦争』を勝ちに行く。

 相手は予想通り『竜神団』。勝とうが負けようが予選は通過できる。


 ――だが、全力で勝ちに行く!!



 拓也は顔を両手で二、三度叩くと、すぐに全団員に対して指示を書き込んだ。






「こんにちは、風間さん」


 玲子は駅の改札を出て直ぐに声を掛けてきた男を見て溜息をついた。


(新田君……)


 ここ最近、特に夏休みに入ってから毎日のようにメールやメッセージを送って来た嵐。玲子は直ぐに受信拒否をしていたが、ついにこうなってしまったかとため息をつく。



「はあ……、一体何の用かしら?」


 新田嵐は玲子から放たれる冷たい視線を感じ、一瞬イラっとする。息を吐いてゆっくり玲子に言う。



「僕のメールを受信拒否にしてるよね?」


「……」


 無言の玲子。首を横に少し振ってからその場を立ち去ろうとする。嵐が玲子に言う。



「学校運営委員会から連絡があって、昨年度の収支に不備があったそうで僕達に呼び出しがかかってるんだ」


 嵐はそう言って自分と玲子を指差してにやりと笑った。

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