57.美少女、初めての葛藤。

(また来てる……)


 夏休みに入った風間玲子。

 特段予定の無かった彼女だが、もっているスマホには毎日たくさんのメールが送られてきていた。玲子はそのメールの送り主と件名だけ軽く見て直ぐに削除する。


(いい加減にして!!)


 送り主は同じ学校、そしてまたしても同じクラスになった新田嵐。以前拓也に怒鳴られた男で、『竜神団』にてアッシと言う名で軍師を務めている。



「はあ……」


 玲子は同じマンションにいる拓也のことを思いため息をつく。



(昔みたいに遊びたいなあ、昔みたいに……)


 玲子の頭の中には子供の頃、拓也と遊んだ思い出が今でも鮮明に残っている。何も考えなかった子供の頃。毎日ただ好きなように遊んでいたあの頃。


(どうして大きくなるとこんなに色々つまらないことを考えちゃうんだろう……)


 玲子はそう思いながらメールの受信拒否ができることを思い出し、すぐにそのリストに嵐のアドレスを登録した。






『シンさん、20番お願いします!!』

『丸茂さん、7番行けそうですか?』


 その頃拓也はひとり『ギルド大戦争・予選』の指揮をとっていた。

 副団長ミホンがいない部屋。半分閉められ少し暗い部屋に、PCの画面の明かりとスマホが光っている。テーブルの上には食べかけのカップ麺が無造作に置かれ、炭酸飲料やお菓子などが散乱している。


 プールの一件以降、美穂は拓也の部屋に来なくなった。

 来ないだけでなく『ピカピカ団』の業務連絡以外、個人的な連絡はほぼなくなっていた。メッセージが書き込まれず閑散とした役職部屋。対照的に今回も勝ち続ける『デスコ』の一般掲示板には、快進撃を続ける団を称える声で溢れている。



(涼風さん、最近連絡ないな……)


 鈍い拓也でも最近連絡がない美穂を思い心配する。



(やっぱりあのの件かな……)


 夏季校内清掃ボランティア。

 そこでマキマキに言われた花火大会についての件。しっかりと断らなかった自分のせいだと思いつつも、それができなかった自分を仕方ないとも思ってしまう。


(何をやってるんだ、俺は……)


 初めて経験する女性の心の変化。

 理由は想像つくが、じゃあそこから何をすればいいのか、どうしたら一番便に済ませることができるのか。陰キャである拓也はそのようなの解決法を求め苦しんでいた。



(こういう時はラノベだと何か大きなイベントとかが起きるんだが……)


 これまでたくさん観て来たアニメやラノベ。

 こう言った時には一大イベントがあり、自然と会話をするようになるもの。



(でも今は夏休み。彼女に会うこともないし、イベントと言えば『ワンセカ』だけ。どうすればいいんだ、本当に……)


 悩む拓也の目に、PCに届いた団員からの指示が欲しいというメッセージが映る。拓也は頭を切り替え、戦況を分析し指示を出す書き込みを行った。






(久しぶりにひとりで来たなあ……)


 一方の美穂は夏休みに入り、久しぶりにひとりで街に買い物に来ていた。


(うわっ、なんかコスメ増えている!!)


 読モとして最新のコスメやファッションのリサーチは必須である。『ワンセカ』の団長が拓也だと知ってから、少しさぼり気味だったそっちの勉強を再開しようと思ってやって来ていた。



(すごくいいけど、やっぱり値は張るね)


 読モの武器であるコスメや洋服を見ながら美穂が思う。

 まだまだ売れっ子とまではいかないが、自分が発するSNSにはそれなりのフォローワーがいる。読モの勉強と共に疎かになっていた日々のウォーキングや水泳などもまた少しずつ始めている。

 そして栄養ある料理に睡眠。理想的な体を維持するにはすべてが必要な要素だ。



(睡眠……、『ギルド大戦争』は木下君に任せて……)


 そこまで考えた時、美穂はすっと立ち止まり視点がぼやける。



(私、どうしたんだろう……、どうして連絡しないの?)


 美穂自身、初めてと言える自分に沸いた得体の知れぬ葛藤に気付く。

 連絡を、拓也にメールを打ちたいのに打てない。あれだけ息を吸うように会話をしていた拓也だが、ちょっと考えるだけで胸の辺りが重くなる。



(木下君だって、ちゃんと断ろうとしていたよね……)


 思い出されるマキマキとの会話。

 決して拓也が行きたがっていた訳じゃない。



「あ、浴衣……」


 そんな美穂の前を、浴衣を着て笑いながら歩くカップルが通り過ぎる。



(綺麗だな、やっぱり)


 美穂自身読モの仕事で数か月前に浴衣を着て撮影はしている。

 でも、やはり夏に着る、そして大切な人と一緒に着て歩く浴衣は全く別物だ。



(何でこんなに躊躇ってるの? どうして指が動かないの……?)


 美穂は持ったままのスマホを見てひとり思う。

 陽キャとして、その感性だけでこれまで過ごしてきた涼風美穂。男に近寄られることは幾度とあったけど、『話がしたい』と思った男はタクヤが初めてだった。でも、



 ――そのひとと話ができない


 美穂にとっては初めてと言えるこの経験に、心が押し潰されそうになっていた。






(ん? メール?)


 自室にいた拓也はスマホに届いたメールに気付き直ぐに確認する。もしかして美穂かと思ったがそうではない。

 しかしその差出人、そして内容を見て少し固まった。



『8月に一時帰国する。詳しい日程はまた連絡するよ』


 海外赴任している父親からの連絡であった。

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