56.それは誤解だ!!

「団長ーーーーっ!!」


 プールサイドを走って来たのはクラスメートのマキマキであった。

 拓也達とは違い半ズボンの体操服で、しばらくここで掃除していたのか服が少し濡れている。



「げっ、マキマキ!?」


 そんな彼女を見て美穂が舌を出して言う。


「げっ、て何ですか!! 悲しいですよ、副団長!!」


 マキマキが少し怒った顔をして言う。



「だって、こんなところに、……って、そもそもどうしてここに居るの? まさか?」


 そう言った美穂にマキマキが答える。



「やだあ、違いますよ~。私はボランティア。ボランティアでの参加です!」


 つまり来た訳じゃない。

 美穂が舌打ちをして言う。



「ああ、そう。偉い子ちゃんねえ~、マキマキは」


 マキマキが嬉しそうに答える。



「そんなことないですよー。おふたりもこんなに暑いのにだなんて凄いですね!!」


(ちっ!)


 聞こえたのか聞こえないのか、再び美穂が小さく舌打ちをする。空気を読んだ拓也がふたりに言う。



「さ、さあ。みんなで掃除しようか」


「そうですね!!」


 マキマキはデッキブラシをドンと床に立てると頷きながら言った。




「きゃあ!! 冷たいっ!!」

「やだー!! ちょっと、よしてよ!!」


 プールに降り立った美女達は、掃除と言うか戯れと言うかデッキブラシと水をばちゃばちゃさせながらきゃっきゃっ騒いでいる。さっきまで不満そうな顔をしていた美穂もいつも間にかマキマキと仲良く騒ぎながら掃除している。


(いい光景だな……)


 まぶしい日差しの下、まるで姉妹のような美少女が笑いながら水と戯れている。



「きゃっ!!」


 そんな中、突然小さな悲鳴が怒る。


「大丈夫!? マキマキ!!」


 拓也が見るとマキマキがプールの底に腰をついて女の子座りをしている。どうやら転んだようだ。



「痛ったーい!!」


 マキマキが目を閉じて腰のあたりに手を当てて大きな声で言う。それに気付いた拓也がすぐに駆け付ける。



「大丈夫? マキマキさん……、(うぐっ!?)」


 拓也はマキマキが転んだ際に水で濡れた体操服に気付き目が点になる。先程の汗をかいた美穂のものより更にびっしょりと濡れ、中の下着まで透けている。


(白、白、し、白……)


 まな板に近いマキマキの胸。それを包む真っ白な下着。拓也はじっとマキマキの胸を見つめたまま固まる。



「こ、こらっ!! 木下君、何見てるの!!」


 その視線に気付いた美穂がすぐに拓也とマキマキの間に入って言う。そして首に掛けていたタオルをマキマキに渡すと拓也に言う。



「本当に、どこ見てるのよ!!」


「え? あ、ああ、いや、これは……」


 何か言おうとした拓也に、立ち上がった少し照れながらマキマキが言う。



「いいんですよ、。私、大丈夫です」


 可愛いと思った。

 不覚にも、転んで水に濡れたマキマキが照れながらそう言うのを見て、素直に可愛いと思ってしまった。ちょっと微妙になった空気を感じ美穂が言う。



「さあ、ちゃんと掃除……」


 そこまで言い掛けた時マキマキが手を叩いて拓也に言った。



「あ、そうそう。団長、予選が終わった次の土曜日、よろしくお願いしますね!!」


「え?」


 拓也が一瞬考える。

 それと同時に美穂がマキマキに尋ねる。



「予選が終わった次の土曜日? 何があるの?」


 マキマキが言う。


「えー、花火大会じゃないですか! マキマキの浴衣姿見たいって言うから一緒に行くんです!」


「は?」


 そんな事一言も言った覚えがない、いやそもそも花火大会自体一緒に行くとは行っていない。みるみる顔が赤くなっていく美穂。そして拓也を睨むようにして言う。



「へえー、木下君、そんな約束したんだ」


「い、いや、していない!! そんな約束していない!!」


 慌てて拓也が全力否定するも美穂の目は全く信用していない。マキマキが言う。



「団長ぉ~、そんなに恥ずかしがらなくてもいいですって! 可愛いんですよ、マキマキの浴衣姿!!」


(うっ!!)


 こんな状況でも、そう言われると素直に想像して「可愛い」とか思ってしまうのが男。しかし隣に立つ美穂はその一瞬の拓也の表情の変化を見逃さなかった。



「へえ~、約束していないって言っている割には、ずいぶんじゃん」


「へ? い、いや、だから違うって」


 必死に弁解する拓也。美穂は腕組みをしながら少し考えて言う。



「じゃあ、私も行こうかな~。ね? 団長?」


「え、あ、うん……」


 マキマキが言う。



「ちょっとぉ、ダメですよ!! 団長はもう予約済みなんですからっ!!」


「あ!!」


 マキマキがそう言うと美穂が少し大きな声を出す。



「ど、どうしたの? 涼風さん!?」


 美穂が少し暗い顔をして言う。


「ダメだ。その日、親が遅くて家にいなきゃならない……」


 拓也は美穂に幼い弟がいたことを思い出す。マキマキが残念そうな顔を作って美穂に言う。



「ああ、それは残念。副団長、マキマキがしっかり団長の面倒見て来ますから、ご心配なくっ!!」


 美穂の目がカッと吊り上がる。

 そして美穂が何かを言おうと口を開けようとした時、掃除の終了を告げる笛が鳴った。





(涼風さん、先に帰っちゃったのかな……)


 掃除が終わり、服を着替えた拓也が周りを見渡す。

 楽しそうに会話をする生徒達。掃除の疲れも見せずにがやがやと騒ぎながら帰宅し始める。


(あ、マキマキさん)


 拓也は校舎から出てきたマキマキを見て身を隠す。これ以上彼女に絡まれたら取り返しのつかないことなりそうだと今更ながら気付いた。

 マキマキはしばらく誰かを探すような素振りを見せてから、ひとり自宅へと帰って行った。



(涼風さん、いないな……)


 最後の生徒が帰るまで校内に残っていた拓也は、美穂の姿がいないことを確認すると仕方なくひとり帰ることにした。



(あ、そうだ。『ワンセカ』!!)


 拓也は帰る途中、『ギルド大戦争』の指示をまだ出していなことに気付き、スマホを取り出す。時刻は11時半過ぎ。まだ間に合う。


 拓也は駅の構内の長椅子に座り、じっと敵の戦力を頭に叩き込む。さすが本選に出てくるだけあり、多くが新キャラを揃えた強力な布陣となっている。


(これをこうして、あれはあっちで……)


 拓也の頭の中で瞬時に行われるシミュレート。そしてパズルを組み立てるように布陣を決め皆に指示を出す。



『了解です!!』


 団長からの指示が遅く心配していた団員から返事が返される。



(よし。これでとりあえずはいいかな……)


 安心する拓也。

 ひとり立ち上がり家路につく。



 そしてこの日より美穂に団長だとバレて初めて陽キャに日常が始まる。何でもないちょっとした綻びが、人の関係を大きく崩して行くことを拓也は知ることとなる。

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