第七章「その気持ちを越えて」
54.『ギルド大戦争・予選』開戦!!
夏休みに入って間もなく、『ピカピカ団』所属の陽華高校のミホン、マキマキ、ヨッシーの3名が団長タクの部屋に集まっていた。
「いよいよね」
「ああ、いよいよだ」
本日、『ギルド大戦争』予選の初日。
相手は格下ギルドだが、戦闘開始前からこれまでに感じたことのない強い拓也の気迫が皆を圧倒する。
拓也のPC画面には『新生ピカピカ団』の全団員の詳細なデータが表示されている。手持ちのキャラ、育成度、組めるパテなど事前に情報提供して貰ったものをベースに拓也が作り上げたものだ。
「間もなく12時半。全団員にパテチェックお願い!」
「はい!」
団長の指示を受けて
「始まるよ、3・2・1……、開始っ!!」
時間となり最終的に決まった両軍のパテがスマホ上に表示される。同時に目をカッと大きく開き別人のように集中し始める拓也。
「来た来た!! 団長の神モードっ!!」
マキマキが叫ぶ。軍師タクとなってからは何人たりとも寄せつけぬオーラを拓也が放つ。そして開始わずか数秒で団員に指示を出し始める。
『hishiさん、5番お願いします!!』
『エイジンさん、25番叩いてください!!』
「ヨッシーさん、16番、恐らく大将だけど行けますか?」
「了解っ!!」
まったくブレずに的確に指示を出す拓也。普段の女子に言い寄られるとヘタレになってしまう姿からは想像ができない頼もしさ。その気迫は前大会を遥かに凌駕するほど気合の入ったものであった。
(木下君、凄い……)
近くで何度も見て来た美穂でさえ体が痺れるような迫力。
開始数十分ですべての戦いに勝利し、大幅に点差をつけている。そして予想通り大将を当てヨッシーが叩くと、拓也は全力で大将のポイントを奪いに集中攻撃を指示する。
(相手、戦意喪失だろうな……、これ)
1時間も過ぎるとほぼ大勢は決まってしまっていた。格下とはいえ攻撃に容赦ない拓也。苦戦しそうな相手には模擬パテを作って何度も試させ、確実な勝利へとつなげポイントを稼ぐ。
やがて相手ギルドの団員が途中経過のスクショをSNSにあげ、圧倒的大差になった戦況を自虐を込めて嘆き始めた。
(な、なんだこれは!? あいつ、一体どんな指揮をしているんだ!?)
そんな会心の初戦を戦っている『ピカピカ団』の中で、唯一この男だけが強い不満と驚きを持って参加していた。
『どらごんさん、19番お願いします!』
『了解』
自分のサブ垢を『ピカピカ団』に潜らせておいた龍二に拓也からの指示が下る。
(か、勝てるのか?)
相手は一見すると自分より格上のパテ。龍二は半信半疑で『攻撃ボタン』を押す。
(はあ? 何だとっ!? こんなに圧勝できるのか……)
拓也の指示通りに戦った龍二は、ほぼ苦戦することなく勝利を収めた。
『どらごんさん、ナイス!!』
『GJ、どらごんさん!!』
無事勝利を収めた『どらごん』に皆から労いの声がかかる。
(これは、これは予想以上かもしれん……)
初めて拓也の指示で戦った龍二。ベテランプレイヤーでもある龍二はすぐに軍師の力量で
(だが、私は負けないっ!!)
龍二はサブ垢『どらごん』の名前を見てひとり笑った。
「お疲れ様、団長!」
「おつー!! やっぱ凄いわ!!」
夕方過ぎ、社会人プレイヤーの登場を待たずに勝敗が決した。拓也はすべての団員に指示を出しており、ほぼ圧勝で間違いない。
拓也の部屋に集まった陽華高校の皆はそのあと少し雑談をしてから解散となった。
「じゃあねー、木下君! また明日頑張ろっ!!」
「お疲れ、団長。また明日宜しく!!」
美穂達が次々と帰って行く。
拓也は久しぶりの指揮に心底疲れ、ベッドに横になると直ぐにうとうととし始めた。
「ただいま」
美穂が自宅に帰ると既に食事は終わっていた。美穂の母親が言う。
「残り物だけど食べる?」
「食べるよー、お腹空いた」
以前に比べれば随分良くなった家庭の空気。それでもまだ完全に気が休まる場所ではない。美穂は簡単に食事を終えると弟が見当たらないことに気付き母親に言った。
「ねえ、優也はどこ?」
「ご飯食べて部屋にいるわよ」
美穂は食器を片付けるとすぐに弟の優也の部屋に向かう。
「優也ー、入るよ」
まだ幼い弟。美穂は軽く声を掛けてから部屋に入る。
(ん? 寝てる?)
弟の優也はベッドに入り横になっている。
「お姉ちゃん……?」
部屋に入って来た美穂に気付き優也が体を起こし声を出す。美穂はすぐにその小さな声の異変に気付いた。
「優也、どうかしたの?」
美穂がすぐに弟の近くによって腰を下ろす。
「うん、なんか胸の辺がちょっと痛いの」
「胸?」
美穂はすぐに優也の胸のあたりをさする。そして軽く上着をまくり上げるが外見に異常はない。
「中が痛むの?」
「うん、ちょっとだけ……」
美穂は服を下ろすと弟の頭をさすりながら言った。
「今度、一緒にお医者さん行こうか」
それを聞いた弟の顔が青くなる。
「嫌だよ、怖い……」
美穂が笑って言う。
「大丈夫、お姉ちゃんずっと一緒に居てあげるから」
「本当?」
美穂が頷いて小指を出して言う。
「本当だよ、約束する!」
そう言って弟の小指に絡ませる。
その後美穂や弟が眠りにつくまでずっとそばにいて見守った。
「ん……?」
拓也はいつの間にか疲れで眠ってしまっていたことに気付く。
窓の外は既に真っ暗。美穂達が帰った時はまだ少し明るかったから結構な時間眠ったようだ。
拓也は『ギルド大戦争』の結果が気になって時計を確認した後、すぐにスマホを手にする。
(あれ? メッセージ?)
拓也はスマホに表示されている
(マキマキさんからだ。何だろう……?)
拓也がそのメッセージを開いて読む。
そして体が固まった。
『団長、今日はお疲れさまでした! で、これはお誘いなんですが、予選が終わった次の土曜日、花火大会があるんですがふたりで行きませんか? もれなくマキマキの可愛い浴衣姿、見られますよ!!』
拓也は初戦の結果も見ずにしばらくそのメッセージをじっと見つめた。
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