53.目標に向かって!!

(私、嫌な女だよね……)


 海から帰った風間玲子は、ひとり自室でベッドの枕に顔を埋めながら思った。

 拓也の従姉に無理やり予定を聞き出し、呼ばれてもいないのに押しかけ邪魔をする。



(本当に嫌な女……)


 日も落ち暗い部屋。顔を上げた玲子の顔が鏡に映る。

 あれからずいぶんと泣き化粧も崩れたひどい顔、感情をどこかに置き忘れて来たかのような白い顔が映っている。昔のように心から笑って拓也と過ごしたあの時はもう戻らない。


 拓也に嫌われたと思って暗く辛い時間を過ごした中学時代。それを覆そうと自分を磨き、勉強も運動も頑張って来た。それがすべて裏目に出てしまっていたとは何て酷いことだろう。玲子が自嘲気味に笑う。



(取り返さなきゃ、あの時間を取り返さなきゃ。私は可愛いお嫁さんになるの)


 玲子は涙を拭い、そして真剣な眼差しで鏡に映った自分を見つめた。






「くそっ、増えてやがる!? なんでだ、何で増えるんだっ!!」


『ピカピカ団』にサブ垢「どらごん」を潜入させている龍二が、順調に猛者が集まりつつある団員一覧を見て地団駄踏む。

 団長のタクの『二連覇宣言』後、副団長ミホン、そしてヨッシー等の数名のランカーの熱心なSNSでの呼びかけで順調に団員を増やした『ピカピカ団』。団員はほぼ埋まりつつあった。


ピカピカ団おまえたちは必ず俺が叩き潰す!!)


 龍二は新たな団員加入で盛り上がる『ピカピカ団』のゲーム内チャットを見て心に誓った。






『団長ーーーっ!! 団員増えてますよ、増えてる!!』


 そうマキマキから拓也のRainレインにメールが入ったのは、夏休み数日過ぎたある夜のことであった。

 無論拓也自身もこまめに団員数のチェックはしていたのでそれは知っていたが、マキマキにきちんと返事をする。



『そうだね。みんなが頑張って募集してくれたお陰だよ。これで『ギルド大戦争』もちゃんと戦える』


『そうですね、私も頑張ったんだから!!』


『ああ、ありがとう』


 拓也がそうスマホに返事を打っていると、PCの画面に映し出された『デスコ』の幹部部屋に、美穂からのメッセージが表示される。



『団長、間もなく満員になりそうだよ~、ホント良かったね!!』


 拓也がこれを打ってくれた美穂の顔を思い浮かべながら返事を返す。


『ああ、みんなのお陰だ。本当に嬉しい』


 すぐに美穂から返事が返る。



『でさ、良かったらみんなで満員を祝ってご飯でも食べに行かない?』


『ご飯? またオフ会みたいなやつ?』


 そう聞き返した拓也に美穂が答える。


『うーん、そんなんじゃなくて。うちの学校だけで。ヨッシーとかマキマキ誘ってさあ』


 拓也は陽華高校の『ピカピカ団』のメンバーを思い出す。



『なるほど。戦いの前にそう言うのもいいかも』


『そうでしょ? じゃあ、私声かけてみるね』


 拓也がちょうどスマホでやり取りしていたマキマキからのことを思い出し、美穂宛てに『デスコ』に書き込む。



『ちょうど今、マキマキさんとRainやってたから、俺誘ってみるよ』


 そう拓也が書き込んでから即答だった美穂がしばらく沈黙する。ようやくその異変に気付いた拓也が書き込む。



『いや、その、団のこと。団のことでちょっとメッセージが来ていて』


 すぐに美穂からメッセージが届く。



『マキマキとふたりでやり取りしてたんだ』


「Rainはふたりでやるものなんでは?」と思いつつも拓也が返す。



『いや、ただの団長と団員の会話で変な話はしていない』


 客観的に見れば何も弁解する必要などないのだが、陰キャが陽キャに問いただされると反射的に答えてしまう。美穂が書き込む。



『まあいいわ。じゃあ、マキマキも誘っておいてね。場所は……』


 そうして急に翌日の『ピカピカ団・陽華高支部の集まり』が開催されることとなった。






「ごめんねー、ヨッシーはサッカー部の合宿に行ってんだって」


 翌日、集合場所になったファミレスに集まった皆に美穂が言った。

 皆と言っても他の参加者は拓也とマキマキのふたり。当然と言えばそうなのだが、結局いつもの顔ぶれである。マキマキが言う。



「そうか、ヨッシー忙しそうだったもんな」


 マキマキがサッカー部で活躍するヨッシーの顔を思い浮かべながら言う。


「そうだね、『ワンセカ』も大事だけど、リアル優先で。サッカーも頑張って欲しい」


 夏休みの昼前のファミレス。いつもなら主婦で賑わうこの時間帯も、夏休みに入ってからは家族連れの方が目立つ。拓也の言葉に美穂も同意する。



「だねー、やっぱりリアル優先で。マキマキはリアル、大丈夫なの?」


 突然美穂に話を振られたマキマキが答える。


「えー、私ですか? そうだなあ、団長と海にでも行こっかなあ~」


(うぐっ!!)



 その言葉ワードに一瞬真顔になる拓也と美穂。すぐに美穂が笑顔になって返す。


「う、海は、そのー、木下君、海嫌いでしょ?」


 拓也が引きつりながら答える。


「あ、ああ、日に当たると溶けると言うか……」


「ぷっ、なんですか~、それ!?」


 マキマキが笑いながら言う。そして机から真っ白な生足を出して拓也に小声で言う。



「私の水着、見たくないんですか~? 胸はあまりないけど、足には自信あるんですよ~」


(ぐほっ!!)


 差し出されたマキマキの生足を見た拓也が黙り固まる。顔は赤くなり空調の効いた店内なのに汗が流れ始める。



「こらっ!!」


 すぐに美穂がその生足を軽く叩いて言う。


「そういうことしないの! 木下君、そっち系に弱いから!!」


「は~い! でもよく知ってますね、ミホンさんは」


(くっ!!)



 さすがの美穂もマキマキを完全に押さえられない。しかしすぐに少し笑みを浮かべて美穂が答える。



「知ってるわよ~、うん、知ってる」


「あはははっ、やっぱりミホンさんだ」


 マキマキも笑って答えた。

 結局その後は『ワンセカ』の話は少しだけして、ほとんど美穂とマキマキのJKトークに多くの時間が費やされた。服の話やバイトの話、化粧のことなど拓也にとっては全く興味のない話ばかり。

 それよりもようやくきちんとした戦力が整った『ピカピカ団』のことをひとり考えていた。



「……で、団長はどう思いますか~?」


「は?」


 全く話を聞いていなかった拓也に突然マキマキが尋ねる。まさか「聞いていなかった」とは言えない。



「あれ~? 団長まさか聞いていなかったんですか??」


(うっ!)


 焦る拓也に美穂が助け舟を出す。



「木下君はちゃんと聞いていたよね?」


「あ、ああ。もちろんだ……」


 拓也は美穂が助けてくれると思い、思わず良く分からないまま返事をする。美穂が言う。



「じゃあ、私とマキマキとどっちの方がいい?」


「へ?」


 その言葉を聞いたマキマキも美穂同様に顔を拓也の方へと差し出す。



(な、なんだ!? 全く意味が分からないぞ!!!!)


 焦って動揺しまくる拓也を見て美穂が笑いながら言う。



「ほーら、やっぱり聞いていなかったんでしょ? 仕方ないわね、教えてあげる。私は今日アイラインちょっと変えてみたんだ」


「は?」


 マキマキが言う。


「私は眉の形をちょっと細くして見たの。で、団長、どっちが可愛いかって聞いたんですよ!」


「へ?」


 もう正直どうでもいいこと。全く気付きもしなかったこと。

 ただそれを口にしたらただでは済まないことは理解している。拓也が落ち着いてからふたりに言う。



「ふたりともいいと思うよ」


「……」


 流れる沈黙。冷たい視線。

 拓也は間違いなく地雷を踏んだと思った。マキマキが言う。



「はあ~、やっぱり団長は団長だ」

「ふふっ、そうね。でもこれで的確なコメントされても引くけどね」


 美穂とマキマキが顔を合わせて笑う。


(ど、どっちなんだ!! どうやって答えても地雷じゃないか!!!)



「団~長っ!!」


「は、はい!!」


 美穂がテーブルに両肘をついて拓也の顔を見つめて言う。



「『ギルド大戦争』、頑張ろうね!!」


「あ、う、うん」


 拓也は美穂の顔を見ながら思う。



(団員が揃って戦う準備もできた。そして俺は必ず二連覇して、今の気持ちを彼女にきちんと……)


 美穂とマキマキが立ちあがって拓也に言う。


「さ、団長、行きますよ!」



(きちんと俺の気持ちを伝え、……ん? 行く?)


 拓也が尋ねる。


「は? どこへ?」


 美穂とマキマキが笑って言う。



「えー、カラオケじゃん!! それも聞いてなかったの!?」


「はあ!? カラオケ!!??」


 カラオケは嫌い。

 というか行ったことがない。女子の前で歌を歌うなど、陰キャの辞書にはない。



「さ、早くっ!!」


「う、うわっ!!」


 拓也はそんなことを考える暇もなく、美穂とマキマキに引っ張られて初めてカラオケへ向かった。

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