52.美少女、口防戦!?
「れ、玲子……!?」
夏の海にやって来た拓也と美穂。苦手な海に苦戦しながらもなんとか美穂と過ごそうとしていた拓也の前に、幼馴染みで美少女の風間玲子が現れた。
「こんにちは、拓也」
透き通るような白い肌。それに艶のある黒髪が引き立てられるように輝く。
水着は偶然なのか、美穂とほぼ同じデザインの白のビキニ。美穂が健康的な色っぽさがあるのに対して、玲子のそれは禁断の果実に触れるような色っぽさ。いつも図書室で勉強ばかりしている眼鏡っ子が「水着に着替えたら凄かった」というあれである。
「どうして、ここに……?」
拓也が目の前に立つ玲子に尋ねる。
「
拓也は数日前、自分に掛かって来た従姉の電話で夏休みどこかへ行くのか尋ねられたのを思い出した。
「ここでいいんすか?」
「ええ、お願い」
玲子はチェアーを持ってきた海の家の男に、拓也の真横に置くように指示。男は空気の異変を感じ取ったのか、チェアーを置くと素早く去って行った。
「私は海に来ただけなの。気にしないで」
そう言うと玲子は置かれたチェアーにゆっくりと座った。
「玲子……」
それを見ていた美穂が拓也に言う。
「ねえ、木下君。彼女って幼馴染みの……」
「あ、ああ……」
既に拓也の頭は混乱しかけている。
あり得ない状況にあり得ない人物の登場。女性と会話することもほとんどなかった陰キャには、この状況をどう対処して良いか分からなかった。
(どうしてこうなった!? どうしてこんなことになったんだ!!??)
両側に白のビキニを着た美少女に挟まれ、拓也はひとりだらだらと大粒の汗を流す。
周りはお揃いのビキニを着た姉妹とでも思っているのだろうか、微笑みながら通り過ぎていく人もいる。焦る拓也に玲子が言った。
「ねえ、拓也。何か飲み物買って来て」
「え?」
チェアーに座った玲子が隣にいる拓也に言った。
「聞こえなかったの? 何か買って来て、三人分。早く」
「あ、ああ」
拓也はどうしていいか分からず、ちょっとだけ美穂の顔を見てから財布を持って海の店の方へ向かって行った。
ほんの短い沈黙の後、玲子が美穂に言った。
「あなたがミホンさんね」
同じくチェアーに座る美穂が答える。
「あなたは木下君の幼なじみの……」
「玲子よ。風間玲子」
玲子は美穂の方を見て答える。美穂が言う。
「玲子さん、これはどういうことなのかな? 今日、私は……」
そんな美穂の話を遮るように玲子が言った。
「拓也に近付かないで」
黙る美穂。しかしすぐに切り返す。
「ちょっと意味分かんないな~。今日は私が木下君と遊びに来てたんだよ、ずっと前に約束していた」
玲子の頭に拓也が「海は嫌い」と言って自分の誘いを断ったことが思い出される。玲子は美穂の方を向いて言った。
「私はずっと、ずっと幼い頃から拓也と一緒だった。あなたとは根本が違うの」
「……」
黙る美穂。玲子が続ける。
「毎日のように一緒に学校に行ったし、たくさん遊んだし、私が泣いて困っている時には助けに来てくれたわ。拓也の家族とも仲がいいの。今でも連絡とっている」
玲子は息を深く吐いてからさらに続ける。
「だからお願い。拓也にこれ以上近付かないで。拓也は私が必要なの。私が拓也にとって……」
そこまで言った時美穂が口を開いた。
「それはできないかな~」
「え?」
玲子が美穂を見つめる。美穂は掛けていたサングラスを外して玲子に言う。
「だって私、木下君と同じ学校だし、それ以外でも繋がりがあるし、それに……」
美穂が玲子を見つめて言う。
「木下君に誰が必要かってのは、木下君が決めることでしょ?」
(くっ!!)
玲子の表情が険しくなる。美穂が言う。
「だから私はこれまでと変わらないし、変わるつもりもない」
玲子が言う。
「あなたは綺麗な人だわ。とっても綺麗。だから全くモテなかった拓也が変な勘違いしちゃうのも私は分かる。だからってそれは……」
それを聞いた美穂が少し笑う。
「な、何が可笑しいのよ」
美穂が答える。
「えー、だって木下君がモテない? 玲子さん、あなたもっとしっかり彼を見た方がいいわよ。彼、結構モテるわよ」
「え?」
玲子が驚きの顔をする。
「だって木下君ってさあ……」
美穂がそう言い掛けると後ろから声が掛かった。
「飲み物買って来たぞ……」
ふたりが声のした方を見ると飲み物を三つ抱えた拓也がそこに立っていた。
「ありがと……」
玲子がお礼を言って飲み物を受け取る。拓也も美穂にひとつ渡すと、三つ並べられたチェアーの真ん中に座る。
「ひゃ、冷たいっ!!」
美穂が手にしたドリンクを持って少し笑って言う。
しかしその後は誰も一言も話そうとしない。チェアーに横になった三人。夏のビーチの喧騒とは対照的な静けさが三人を包む。
(ど、どうししてこうなった……、俺は何をすればいいんだ……)
初めてと言っていい夏のビーチ。しかもこれまた初めてである女の子と一緒。陰キャにはもうこれだけで正直手に負えない程の状態なのに、背景が複雑な女の子がもうひとり追加される。
幼馴染みの腐れ縁なのか、玲子が自分に好意を持ってくれているのは分かる。だから他の女と一緒に海に来たことを良くないと思っていることも分かる。玲子の誘いを断って来たのも分かっている。だけど……
(誰か助けて……)
拓也は美女ふたりに挟まれ身動きが取れない状態でひとり固まっていた。そんな沈黙を破って美穂が言う。
「木下君、帰ろっか……」
「えっ?」
美穂が発した言葉に拓也が驚く。美穂が立ち上がって言う。
「ちょっと暑さで疲れちゃって」
鈍い拓也でもさすがにその意味に気付く。
「あ、ああ。分かった」
同じく立ち上がる拓也。玲子は無言のままチェアーに座り前を向いている。バックを手にした拓也が玲子に言う。
「玲子、じゃあ……」
「ええ……」
前を向いたまま玲子が答える。美穂が玲子に言う。
「玲子さん」
美穂の言葉に玲子が顔を向ける。
「ナンパに気を付けてね。あなたもとっても綺麗、だから」
「……ありがと」
玲子はそう小さく言うと再び前を向いた。
夏のビーチ。開放的な喧騒がひとり残った玲子を包む。
(私もサングラス持って来れば良かったな……)
ふたりが立ち去った後、ひとりチェアーに座る玲子の頬に一筋の涙が流れた。
「ごめん……」
帰りの電車。ひんやりと涼しい車内。隣に座った美穂に拓也が小さく言った。
「いいよ、木下君が謝る事じゃないし」
美穂が笑顔で答える。
「うん……」
それでも拓也は自分が従姉に話したことや、玲子にもっとしっかり話をして置かなければならなかったと悔やみ始めていた。美穂が言う。
「頑張ろうね」
「え?」
何の意味変わらない拓也に美穂が言う。
「『ワンセカ』だよ。もうすぐ予選が始めるよ!」
「あ、ああ。そうだね……」
拓也がそう言うと美穂が降りる駅のアナウンスが流れる。
「じゃあ、またね。木下君!!」
「ああ、また」
笑顔で手を振る美穂。そんな彼女を見て拓也は少しだけ安心した。
美穂は拓也を乗せた電車を見送ると、すぐにバックからサングラスを取り出してはめた。
(涙……)
その大きなサングラスの下に一筋、美穂の涙が流れる。
美穂は持っていたハンカチを取り出すとそっとそれを拭いた。
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