51.美少女のビキニ、だと!?
(き、緊張する……)
晴れた土曜の午前。空調の効いた電車の中に座った拓也が体を固くして思う。
夏休みに入って初めての週末だが、意外と人はまだ少ない。車窓からは青い空に綿菓子のように丸くなった入道雲が見える。拓也は隣に座る美穂をちらりと見た。
(可愛い……)
少し大きめの麦わら帽子をかぶり、白のラフなブラウス、そして黄色の花柄がプリントされたショートパンツからは色っぽく白い足が伸びている。肩には水着なのか下着なのか分からないが何かの肩ひもが見えている。
「良かったね、晴れて」
美穂が笑顔で拓也に話し掛ける。
「あ、ああ、そうだね……」
視線に気付かれたのかと思い、どきっとしながら拓也が小さく答える。
「なに~? 『ワンセカ』のことが気になるのかな? とりあえず今日は海、楽しもっ!!」
「あ、う、うん……」
拓也はそれよりも「美穂とふたりで海に出掛けることに緊張している」とは言えない。美穂が拓也の耳元でささやく。
「それとも私の水着姿を想像して興奮しちゃったのかな~?」
「うぐっ!?」
「きゃははっ!!」
夏の海に連れて行かれる陰キャ。学年一の美少女。陽キャ。何をどう足掻いても陰キャの拓也に勝てる要素はない。
拓也は下を向きながら駅に着くまで大人しく陽キャの攻撃に耐えた。
「うわー、夏だねっ!!」
電車から降りるとむわっとした暑い空気がふたりを包む。
駅から海水浴場までの通りには幾つもの店が開いており、浮き輪やビーチボール、飲食店などで賑わっている。歩く人達は短パンにサンダル、真っ黒に日に焼けた若者も多い。
(な、なんて陰キャには似合わない場所だ……)
まったく自分と適合する要素がない環境。強いてあげれば暑いのでかき氷が食べたいぐらいか。とにかく場違い感が半端ない。
そんな状況に立ち尽くす拓也の手を美穂が取って言う。
「さ、行こっ!!」
「わっ!?」
美穂はそう言うと拓也と一緒に歩き出す。
「ちょ、ちょっと、涼風さん!?」
柔らかな手。細く繊細な手。力を入れたら折れてしまいそうな小さな手。
拓也は恥ずかしさを隠すように美穂の後について歩いた。
「へえ~、木下君って意外といいカラダしてるんじゃん」
海の家。先に水着に着替えてきた拓也の腹筋辺りを指でつつきながら美穂が言う。
「お、おい、ちょっと……!?」
美少女に触れられ咄嗟に逃げるような反応をする拓也。
しかし春先より毎日走り込んできたおかげで、それなりに引き締まった体になった拓也。もともと背も高い方なのでとりあえず水着デビューは及第点と言ったところか。
「じゃあ、私も着替えて来るね。ちょっと待ってて」
「あ、ああ……」
そう言って手を上げる美穂に同じく手を上げて応える拓也。周りはやはりひと際美しく、華のある美穂に視線が集まる。拓也は恥ずかしさを感じつつも内心少しだけ思った。
――なんかデートしてるみたいだな……
デート。
それは陰キャにとってはその存在と相反する言葉。想像は何度もしたことはあるが、決して自分とは無縁のものだと思っていた甘酸っぱい
(違う違う! 勘違いするな!! 涼風さんにとってはみんな友達。友達だから海にだって一緒に……)
「お待たせ~!!」
(うぐはっ!!!)
拓也の前に現れた美穂は、完全にその想像を超えていた。
(す、す、す、凄いっ!!!)
上下真っ白なビキニ。腰には少し短めのパレオが巻かれ、色気と共に優雅さが溢れている。
そして薄々気づいてはいたがその大きな胸。白いビキニから魅力的なたわわな塊が溢れんばかりに存在を主張している。
更に薄いパレオの下に透けて見える長く白い足。読モをやっているのだからスタイルも良くて当たり前だが、改めて見る美穂の水着姿に拓也の心臓が完全に撃ち抜かれてしまった。
「ちょ、ちょっとぉ、そんなにガン見しないでよ。照れるよ~」
いつの間にか大き目のサングラスをかけた美穂が、それを少し下にずらし照れながら言う。
「あ、いや、その、ごめん……」
拓也は顔を赤くして答える。
「さ、行こっか!」
「う、うん」
美穂はそう言うと再び拓也の手を取ってビーチの方へと歩き出す。
「うわっ、暑っ!!!」
ビーチは午前中だと言うのに既に強烈な日差しが降り注いでおり、砂浜もサンダルを履いていなければ歩けないほど熱くなっていた。
そして同様に既に多くの場所にパラソルが立てられ、その下にチェアーやシートを広げて多くの人が寝転んでいる。
「あそこ、あそこ!! まだ空いてるよ!!」
美穂は辛うじて木の影になっている場所を見つけ拓也の腕を引っ張り走り出す。
「よし、ここでいいかな。じゃ、私、パラソル借りて来るね」
美穂はそう言うと荷物を置いてひとり海の家へと走って行った。ひとり残された拓也が周りを見渡す。
(はあ……、本当に海に来ちゃったんだ……)
夏の暑い日差し。これは陰キャにとっては天敵のひとつであり、長時間当たると体が溶けてしまうほど恐ろしいものだ。そして周りの人達。
(家族連れはいいんだが……)
夏が始まったばかりなのにどうしてこうも真っ黒になれるのだろうかと思うほど黒い若者達。大概が茶髪でサングラスやイヤリング、銀のネックレスなど陰キャには無縁の装備を施している。
(とはいえ、ここでは俺が異物なんだけどな……)
この夏のビーチに合わない存在。それは陰キャの自分の方だと改めて思う。
ちらりと海の家でパラソルを借りている美穂を見る。読モで陽キャ。スタイル抜群の美少女が夏のビーチに似合わないはずがない。しかもいつの間にか海の家の兄ちゃんと、それはまるで旧知の友人かの様に仲良く喋っている。
(いや、本当に知り合いなのかもしれんな、ありゃ、マジで……)
兄ちゃんの腕を叩きながら笑う美穂を見て拓也はそう思った。
「はい、ここらへんねー、お願い~」
やがてその兄ちゃんと一緒に戻って来た美穂は、彼が持ってきたパラソルを立てる位置を指示する。サングラスをかけた兄ちゃんが手際よく砂浜にパラソルを立て、チェアーをふたつ並べる。
「サンキュー!!」
「まいどっ!!」
美穂と兄ちゃんはハイタッチをし、そして帰って行った。拓也が尋ねる。
「知り合い、なの?」
不思議そうな顔で美穂が答える。
「え? 知らないよ。初めて会った。でもタオルサービスしてくれたよ」
「は……?」
さすが陽キャ。分かってはいたが陰キャの思考回路で捉えようとしてはいけない。驚く拓也を前に、美穂が尋ねる。
「ねえ、そんなことより、どぉかな? この水着」
美穂は少し恥じらいを見せながら拓也を見つめる。
水着から溢れそうな胸、くびれた腰、そして長い足にパレオが更に色っぽさを強調する。
「い、いいと思うよ……」
我ながらなんてつまらない返事だと拓也は思う。
「木下君が選んでくれたんだよ、これ」
「え?」
水着を選んだ?
拓也は全く覚えがないことに戸惑う。美穂が言う。
「忘れちゃったのかな? ほら、赤がいい、白がいいって聞いたでしょ?」
「あ……」
言われてみればそんな質問をされた気がする。ただ紅白の好みだと思い、男だから白と答えたはずだ。まさかそれが水着だったとは、拓也が驚く。
「さ~て、どうする? 泳いじゃう? それとも少し休憩する?」
美穂はサングラスを少し下にずらし拓也を見て尋ねる。朝から何やら色々起こって疲れてしまっていた拓也はまずは休みたいと思った。何よりあの日差しに長時間当たることは間違いなく拷問に近い。
「や、休もっか。ちょっと……」
「うん、いいよ」
そう言ってチェアーに座ろうとする拓也。その拓也に不意に声が掛けられた。
「隣、いいかしら?」
「ん?」
拓也が顔を上げると髪を後ろで結んだ女性が立っている。
(ん? 涼風さん? いや、違う……!?)
美穂は既に隣でチェアーに座っている。拓也はその女性をしっかり見つめ、そして驚いた。
「れ、玲子っ!?」
それは真っ黒な黒髪を後ろで結び、美穂と同じ白のビキニを身につけた幼馴染みの風間玲子であった。
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