49.『美少女』、借ります!?
拓也達が体育祭に参加している頃、『ピカピカ団』に所属する傭兵達に『竜神団』団長ジリュウからDMが届いていた。内容は間もなく開催される『ギルド大戦争』に加わって欲しいとのこと。傭兵のひとりが思う。
(ジリュウさんところって、確かオフ会に出るだけでプレイカード数万円が配られるって話だよな……)
プレイカードとはスマホに課金するカードのこと。コンビニなどで購入し、記載してあるコードを入れるだけで手軽に課金できる。
(色んな団に行って雰囲気を楽しんだり勉強するのが目的だし、まあ、そう言うのもいいかな……)
傭兵は静かに【退団】ボタンを押した。
(や、やっぱり緊張するなぁ……)
拓也を含めた『借り物競争』の出場者達は、全校生徒が見つめるグラウンドの中央に立たされている。そして少し離れた場所に置かれた机の上には、幾つもの折られた小さな紙がある。その紙に「借りなければならないもの」が書かれている。
『では、借り物競争始め~!!』
競技開始を告げるアナウンスがグラウンドに響く。
少し前に行われた『仮装大賞』とは違い、まばらな声援が生徒の中から起こる。多くの生徒はお喋りをしたりしてそれほど関心を示さない。
(このくらい、このくらいの注目がいい……)
拓也は皆に少し遅れて、紙が置かれている机に向かう。
「げっ、やかん?」
「はあ? 万年筆!?」
紙を開けて中身を確認する競技者達から次々と声が上がる。少し足が痛む拓也は皆より遅れて最後に残った紙を取り、中を確認する。
(は? ……何これ?)
拓也は手にした紙に書かれた『美少女』という言葉を見て固まる。
(『美少女』って、いや、これ教育的にアウトじゃねえのか……、くそっ、こんなの誰かと交換して……)
拓也がそう思って周りを見渡すと、既に他の競技者達はクラスや友達のところへ走って行き借り物について尋ねている。
(うわっ、まずい!! 早くしないと取り残されて目立つ!!)
もたもたしていると目立ってしまうので是が非でもそれは避けたい。拓也はそう思いつつ歩みを進めるが、一方で『美少女』というフレーズが頭の中を巡る。
(ど、どうするんだ、美少女って……)
拓也が紙切れを持ちながら応援席に座る女生徒達を眺める。
(うぎーー-っ!! 無理だ、無理だ!!
そしてひとりグラウンドで頭を抱え悩む拓也の姿に皆の視線が集まり始める。
「ねえ、あの人、どうしたのかな?」
「なんか、動き怪しくね?」
皆が必死に借り物を探す中、ひとり立ち止まって苦悩する姿は他者の目には異様に映る。それに気付いた拓也が心を決める。
(美少女、美少女、び、美少女ぉ……)
拓也は自然ととあるクラスの応援席の前まで来ていた。そしてそんな拓也に気付いたひとりの女子が声を掛ける。
「おっつー、木下君っ!! 何借りたいの~??」
それは知らぬうちに最前列までやって来ていた涼風美穂であった。
「す、涼風さん!?」
突然声を掛けられた拓也が驚く。美穂が言う。
「えー、何か借りに来たんでしょ? 言ってごらんよ!」
「え、えっと、あの……」
まさか『美少女』とは言えない。美穂が腕を組んで言う。
「ほら、早く言いなよ。リボン? 体操服? それとも、わ・た・し?」
(うぐはっ!!)
こういう時の陽キャ、いや美穂の直感と言うのは驚くべきものである。拓也はその図星の回答に顔を硬直させて汗を流す。
(考えろ、考えろ、考えろ!! 俺ならできるっ!!!)
拓也は美穂とのやり取りが周りの視線を集め始めていることに焦り、必死に打開策を考え始める。
(『ギルド大戦争』二連覇をしたら、この目の前にいる子に想いを告げるんだろ!! た、たかが借り物競争程度で怖気づいてどうする!!)
拓也は必死に自分に言い聞かせる。
そして泥沼に落ちそうな気持の中に一筋の光を見出し、何度も頷いてから拓也は持っていた紙を突き出して言った。
「……女?」
「あ、ああ……」
拓也は『美少女』と書かれた文字の『美少』部分を指で隠し、美穂には女という文字だけを見せた。美穂が言う。
「借り物が、女……、なの?」
ちょっと不満そうな顔をして美穂が拓也に尋ねる。
「あ、ああ」
しかしそう答える拓也の顔が僅かに歪む。美穂はその表情を見逃さずに拓也の耳元に近付いてささやく。
「どんな女がお好みですか~? 団長ぉ~」
「う、うわっ!!」
思わず拓也が後ろにのけ反る。学年一の美少女との会話、その一挙手一投足に皆の視線が集まる。拓也が美穂の手を取り強引に連れ出す。
「ごめん」
「きゃっ!!」
強く手を引かれた美穂がそのまま拓也に引っ張られていく。周りで見ていた生徒からは冷やかし半分の声が飛ぶ。拓也は恥ずかしさを隠す様に急ぎ体育祭実行委員の元へと走る。
「木下君っ、木下君!!」
無我夢中で手を引いていた拓也の耳に美穂の声が聞こえる。拓也がふと振り向くと美穂がちょっと不満そうな顔をして言う。
「ちょっと痛いよ。手、強く引きすぎ!!」
「え、ああっ、ごめん!!」
気が動転して、無意識に強く美穂の手を握っていた拓也がすぐに手を放す。美穂が言う。
「私、どこにも行かないから、ね……。それっ!!!」
「えっ!?」
美穂は拓也の隙を突いて、拓也が手にしていた紙を奪う。
「あ、ちょ、ちょっと!!」
焦った拓也が取り返そうとするが、美穂がひょいと後ろに逃げる。拓也も奪い返そうと足に力を入れるが、先のマラソンで痛めており素早く動けない。その間に美穂な手にした紙をじっと見つめる。
(し、しまった……)
万事休す。
紙に書かれた文字を読んだ美穂が満面の笑み、そして小悪魔のような表情になって拓也に近付き小さな声で言う。
「へえ~、女ねえ、女。どんな女なのかな~?」
「う、ううっ……、ごめん……」
拓也がうつむいて謝るのを見た美穂が言う。
「謝る必要なんてないよ。嬉しいよ~」
拓也が顔を上げて美穂を見つめる。その顔は本当に嬉しそうである。
「さ、行こっか」
「あ、ああ……、うっ!!」
一緒に歩こうとした拓也の足に激痛が走る。思わず座り込む拓也に美穂が尋ねる。
「あ、足!! 大丈夫なの!?」
美穂も一緒に座り拓也の足を心配する。
「あ、ああ。大丈夫」
無理して立とうとする拓也に美穂が手を差し出し、そして言う。
「美少女が手を貸してやるぞ。遠慮するな、ほら!」
「……はい」
たくさんの生徒達の視線を浴びながら拓也は美穂の手を借り立ち上がる。そして痛めた足を引きずるようにして美穂と共に借り物の報告へと向かった。
そんなふたりに特別な視線を送るふたりがいた。
(くそっ、陰キャのくせに!! 絶対に許さん!!)
ひとりは美穂のクラスメートの足立龍二。最近はほとんど口すら聞いて貰えていない。
(団長、ミホンさん……)
そしてもうひとりは拓也のクラスメートのマキマキ。いつも気が付くと拓也は違うクラスのミホンと一緒に居る。
「団長と副団長か……、壁は高いなあ……」
マキマキは楽しそうに話をするふたりを見てひとり溜息交じりに言った。
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