48.コスプレショー、開幕!!

 陽華高校の体育祭のイベントである『仮装大賞』が行われる少し前、郊外マラソンを終えた足立龍二はひとり教室へ戻りスマホに何かを打ち込んでいた。



『竜神団のジリュウです。夏に開催されるギルド大戦争にご協力して頂きたく連絡致しました。是非私に力をお貸しください!!』


 龍二は『ピカピカ団』に潜らせているサブ垢で団のチャットを読み返し、団長のタクをに支持しない傭兵をこまめにチェックして来た。

 団長タクには先にSNSで悪評を流してある。多くの団員は励ましの言葉を掛けていたが実際のところ傍観している団員も少なくない。


 そして狙いを定めた団員に、『竜神団』団長ジリュウから引き抜きのメッセージを直にSNSに送った。



(まあ、こんなもんか。くくくっ……)


 龍二は日々手応えを感じ始めている引き抜きに、ひとり笑みを浮かべた。






「きゃーーーっ、田中君っ!!!」


 校庭に設けられた特別ステージで『仮装大賞』が始まった。

 クラスから選ばれた仮装生徒が次々とこの日の為に用意した衣装でステージに上がる。

 最近流行っているドラマのイケメン主人公をまねた仮装。その生徒自身もなかなかのイケメンで登場するなり黄色い歓声が上がる。


(本当にイケメンってだけで何でもありだよな……)


 そのドラマの主題歌と共にステージを歩くイケメン生徒。静まる男達の中、女生徒は大盛り上がりである。


 しかしそんな盛り上がりを次の生徒が一瞬でかき消した。



「げっ、何あれ……!?」


 怪人、いや分かりやすく言えばその男子生徒は、戦隊モノの敵役をもっと複雑化させたような容姿に、中に電飾が入っているのだろうか様々な色に点滅する衣装をまとい舞台に現れた。

 しかもこれまでの爽やかなドラマの主題歌に代わり、音は「コー、コー」という息なのか機械音なのか分からない効果音のみ。

 更に装飾が凝り過ぎているためか、動きと言えばぎこちなく歩いて来て皆の前でゆっくり右手を上げるのが精一杯のようだ。



(あれは、また……、己の道を究めたコスだな……)


 拓也自身、それが戦隊モノの敵キャラだとすぐに分かったが、さすがにそれほど詳しくはない。



「な、なんかすごいよね。あれ」

「吉田って話だぜ」

「あんなのどうやって作ったんだ?」


 周りからはどう反応していいのか分からないようなコメントが相次ぐ。

 そして吉田君は「コーコー」言いながら背を向けて去って行った。



 様々な人が個性を出して登場する仮装大賞。その盛り上がりはこれまで一番人気だったクラス対抗リレーより大きくなっていた。

 そしてその美少女が出て来ると、更に盛り上がりを見せる。



「うおおおおおお!!!!」

「うわああ!! 誰、あれ!?」


 その声援のほぼすべてが男子生徒。

 そしてその注目を浴びるステージの上に立つ美少女こそ、



(えっ、マキマキさん……!?)


 そのステージに立つ美少女こそ、今年度から陽華高校に転向して来た拓也のクラスメートのマキマキであった。



「転校生の池上さんだって!」

「マジで? ヤバっ、あの衣装!!」

「か、可愛い……」


 それは拓也と約束していたナースのコスプレ。ピンク色のナース服、下着が見えそうなぐらい短いミニスカート、そして少し胸元を開いた衣装。登場するなり男子生徒が興奮するのも無理はない。



「池上さーーーんっ!!!」

「マキマキーーーーっ!!!」


 マキマキはステージ立つとポップな洋楽に合わせてキュートに踊り始める。その可愛らしくもあり、そしてちょっと色っぽい動きに男子生徒はみな一瞬で虜になり、まるで地下アイドルを応援するオタクのように手を振り声をあげて応援した。

 そしてマキマキは最後に遠くにいる拓也の姿を見つけ軽く投げキッスを飛ばす。



(ぐはっ!!)


 自分かどうか分からない、というか周りにいた男子生徒全てがその投げキッスに心を貫かれてしまったようだ。

 白ける女生徒とは対照的に、圧倒的な声援を受けながらマキマキが退場する。



(良く分からんが、こんなのやってていいのか? 学校的に……)


 盛り上がりを見せる一方、拓也はふと疑問を持つ。

 そして数名の仮装生徒の順番を経て、ついに真打が登場した。




「わあああぁ!!」

「うそ、可愛いっ!!」

「あれって、涼風さん!?」


 そこには『暗殺少女リリルカ』の衣装を完璧に模した涼風美穂がいた。

 登場と共に湧き上がる大声援。マキマキ同様、少し色っぽい衣装だが女性からの声も負けじと大きい。



「綺麗ーーーっ!!」

「カッコいいい!!!!」


 リリルカを象徴する真っ赤なマントに、黒のボンテージコスチューム。拓也が指摘した胸も、何かを巻いているのかずっと小さくなっていて原作に敬意を払う姿勢が見られる。

 そしてステージ中央まで歩く姿はまさにモデルで、一見洗練されたプロのショーを見ているような錯覚となる。


 更にそのBGMが流れた瞬間、拓也の心は鷲掴みにされた。



(こ、これは、まさか……!?)


 てっきりリリルカの衣装を着てモデル歩きをするぐらいだろうと思っていた拓也は、その曲『劇場版:暗殺少女リリルカ』のEDで使われた知る人ぞ知るそのコミカルな曲のそのイントロを聞いて鳥肌が立った。


 それはリリルカがひとり、くねくねと可愛らしく踊りながら歌うもの。映画館でそれを観た拓也を始めリリルカファンは、その踊りと歌に一瞬で心を打ち砕かれてしまった。



(ああ、凄い、凄いよ、完璧だ。涼風さん!!)


 拓也はそのダンスの完成度に涙が出そうなほど感激していた。



「可愛いいいい!!」

「涼風さん、サイコーー!!!」


 リリルカを知らない生徒達でも、美穂の可愛さ、そしてコミカルなダンスに一瞬で魅了される。

 大盛り上がりの『仮装大賞』。美穂の出演をもってそのすべての出演が終わった。






「団長ぉ!!」


 拓也はまだ少し痛みが残る足に注意しながら自分の次の種目『借り物競争』に出るために歩き出すと、近くにマキマキが寄って来て言った。


「あ、マキマキさん」


 仮装大賞の着替えを終えて戻って来たマキマキが嬉しそうに拓也に言う。



「ねえ、どうでした? 私のコス」


「え、あ、うん。すごく良かったよ」


 それは本心であった。マキマキのコスは間違いなく皆の心を魅了していた。マキマキが言う。



「団長が選んでくれたコスができて良かった」


「う、うん……」


 ナースコスをしたマキマキの知名度は一気に上がり、校庭のクラス席の後ろで話していても皆が横目で見ている。そしてマキマキが言った。



「私、だった?」


「えっ!?」


 拓也は思わぬ質問に体が固まる。



「今回は試験的に開催されたんだから、投票とか順番は……」


 焦る拓也にマキマキが体をくっつけて言う。



「ううん、私が聞きたいのは、の中の順位」


(うぐはっ!?)


 マキマキから香る汗に混じった美少女の色香。柔らかな女生徒の肌。足が痛くすぐに動けない拓也が更に固まる。

 そこへ聞き慣れた声が後ろから響く。



「木下君~、何してるの?」


(うげっ!!)


 振り返るとそこには腕組みをして仁王立ちする美穂の姿。まだ顔にはリリルカの化粧のあとが少し残っている。大好評だったリリルカコスではあったが、今は怒りの表情に満ちている。



「あ、ミホンさん」


 マキマキが少し笑って美穂に言う。美穂が拓也の腕を自分の方に引っ張って尋ねる。



「私がだって言ってくれたよね? どうなの?」


(うっ、確かにそう言った気が……)


 拓也は事前に美穂に見せて貰ったコス確認の際に『優勝だ』と言ったのを思い出す。マキマキが言う。



「えー、私が一番なんでしょ? 団長」


「い、いや、それは……」


 ふたりの美少女に攻められ周りから更に注目を浴びる。拓也は全身が固まり汗だくとなる。




『借り物競争に出場する人は至急お集りくださーい』


 そこへ助け船のようなアナウンスが流れた。それを聞いた拓也がすぐに言う。



「あ、俺、あれ出るから。じゃあ、また」


 そう言って痛む足を我慢して立ち去ろうとする。



「あー、逃げた!!」

「ちょっとぉ、木下君!! ちゃんと答えてよ!!」


 拓也はふたりの美少女を振り切って『借り物競争』集合場所へと逃げるように走って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る