46.横断歩道とトラックと、えっ、俺!?
(なぜ、追いつけない……?)
郊外マラソンが始まって既に中盤、先頭グループから少し遅れて走る龍二は苛立ちを隠せなかった。
少し前を走る先頭グループは数名、その中には陰キャで見下していた木下拓也の姿もある。
(くっ、どうなってるんだ!? あの陰キャが、呼吸を乱さずにすました顔で走っているだと……)
先頭グループの最後尾にいる拓也は、陸上部などほかの優勝候補に後れを取らずについて来ている。
それは拓也自身まだ信じられないことだった。走ること、というか運動全般に興味がなかった自分がこんなにも健闘している。
(こうした明確な目標があるって言うのも、走っていて楽しい)
拓也はこのマラソン競技に関しては確かな手応えを感じていた。
(くそっ、こんなの許さんぞ!!)
龍二は稀に立っている監視役の教員がいないことを確かめると、一気にスパートし拓也の横に並ぶ。
「はあ、はあ……、(それっ!!)」
ドン!!
龍二は拓也の横に並ぶと、思いきり横から体当たりをした。
「うわっ!?」
突然やって来た龍二に体当たりをされ歩道のガードレールにぶつかる拓也。それを横目で見た龍二が軽く手を上げて言う。
「わ、悪いな、木下っ! わざとじゃないんだ!! じゃあな、はあ、はあ……」
そう言うと龍二は息を荒立てながら先を走って行った。
「くっ、な、なんでこんなこと……」
ガードレールの横に倒れた拓也がゆっくりと起き上がる。
既に龍二や先頭グループは豆粒のように小さくなっている。決して優勝とか入賞などを目指していたわけじゃないが、さすがにこの仕打ちには怒りを感じざるを得ない。
「今ならまだなんとか……、あっ!?」
疲れをまださほど感じていなかった拓也が起き上がり走り出そうとすると、その視界に赤色の横断歩道で荷物を落として膝をついている老婆の姿が目に入った。
(お婆さん、危な……、車っ!?)
その少し先に青に変わった信号を見てか一台のトラックが迫って来ている。
自然と体が動いた。
頭の中では『これでトラックに轢かれたらまるでラノベだ』と思いつつも、拓也は全力で横断歩道へ走り出す。そして荷物と膝をついて動けなくなっている老婆を抱え込み、そのまま反対側の道路へ飛ぶようにして勢いよく転がり込んだ。
突然起きた救出劇に気付いた周りの数名の人がじっと見つめる。拓也はすぐに横に倒れている老婆を起こし、声を掛ける。
「大丈夫でしたか!? 怪我はありませんか?」
突然のことに驚いた老婆。しかし拓也の声で我に返りすぐに答える。
「だ、大丈夫です。ありがとう、若い人……」
「良かった……」
拓也はそう言うと散らかった荷物を集め立ち上がった老婆に渡す。
「急いでいるので、これで失礼します!」
「あ、ちょっと……」
拓也はそう言うと軽く頭を下げて青になった横断歩道を渡り再び走り出した。
(痛っ!!)
走り出した拓也の足に痛みが走る。
よく見ると両膝、そして肘に擦り傷がありそこから出血している。更に足首をひねったのか走る度に鈍痛を感じ強く走れない。
(でも、あそこには居たくない……)
拓也は横目で先程助けた老婆を見る。周りの人が数名集まって来てこちらを指差し何か話をしている。とにかく目立ちたくない拓也はここから早く立ち去りたかった。
(頑張って走ろう。目標は……、完走だ)
拓也は痛む足に耐えながらマラソンコースへと戻って行った。
「木下君!!」
ビリ集団、それよりもさらに遅れて拓也がひとり学校に戻って来た。帰りが遅い拓也を心配していた美穂が、少し足を引きずるようにしてやって来る拓也に声を掛ける。
「どうしたの、その足!?」
「いや、ちょっと転んじゃって……」
ゴールした拓也に教員が近付いて言う。
「直ぐに医務室へ……」
「私が連れて行きます!!」
美穂はすぐにそう言うと拓也に肩を貸す。
「す、涼風さん!?」
肩を支える美穂。それを見た近くにいた男子生徒が小さく笑いながら言う。
「転んだんだってよ、ダッサ」
「ホント、情けねえ~。くくくっ……」
その声が耳に入った美穂の足が止まる。
「涼風さん……?」
美穂はその男子生徒を睨みつけながら大声で言った。
「頑張って走った人に対してどうしてそんなことが言えるわけ!?」
「えっ!?」
突然怒鳴られた男子生徒が固まる。
「一生懸命やっている人に対して失礼よ!! 謝りなさいっ!!!」
「す、涼風さん、いいよ。別に……」
美穂の剣幕に驚き拓也が言う。
「良くないわよ、こんなこと!!」
美穂の言葉に拓也が黙る。
「何だよ、あの女……」
「行こうぜ」
そう言うと男子生徒達は不満そうな顔をして立ち去って行った。
「涼風さん、ありがとう……」
「……いいわよ。さ、行こ。医務室」
拓也は美穂に肩を借りながら医務室へと向かって行った。
マキマキはそれを人陰から黙って見つめていた。
「ぷっ、それにしてもどうやって転んだのよ。教えてよ」
医務室で簡単な手当が終わった拓也に美穂が笑いながら言う。
「さっき、そう言うのは失礼だって誰か言ってなかったっけ?」
拓也が足に貼って貰った湿布を触りながら言う。
「だって、木下君が転ぶところ見たかったし、くくっ……」
美穂も口に手を当てて笑いながら言う。拓也が答える。
「まあでも大したことなくて良かった」
「そうだね、普通に歩けるようだし」
拓也が美穂を見つめて言う。
「涼風さん、ありがとう」
「えっ? あ、ああ、いいよ、このくらい……」
美穂は突然真剣な顔で礼を言われたことに驚き戸惑う。それを隠すように美穂が言う。
「あ、もうすぐ私の『仮装大賞』だよ。そろそろ準備しなくちゃ」
拓也は美穂が仮装大賞に出場することを思い出す。
「頑張って。応援してるよ」
拓也が医務室のベッドに座りながら美穂に言う。
「本当? じゃあ、頑張っちゃおうかな~」
そう言って頬を赤くする美穂に一瞬どきっとする拓也。美穂が続けて言う。
「それに絶対に負けたくないし!!」
勝敗などない仮想大賞。拓也が美穂に尋ねる。
「負けない? 何に……?」
「秘密よ、ふふっ」
美穂はそう言って笑うと、手当を終えた拓也と一緒に医務室を後にした。
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