第五章「それぞれの想い」

37.美少女転校生だと!?

(よしっ!! また一番後ろだ!!)


 新しいクラスになって初めての席替えで、拓也は再びゲットした最後列の窓際の席を喜んだ。


 晩春。

 窓から入って来る風が少しずつ暖かくなってきて心地良い。校庭には花びらを落とした桜の木に新緑の葉が生え、夏への準備を急いでいる。



(ふうっ)


 拓也は昨年度以来の自分の指定席に戻ってきた感じがして嬉しくなった。目には新しい席に一喜一憂しているクラスメートの姿が映る。



(席替えか……、懐かしいな)


 拓也は数か月前、同じように席替えをして、同じように一番後ろに座り、そして眺めた教室の光景を思い出す。騒がしい教室、喜びと落胆が交じり合う表情。何もかもその時と同じ。


 でも、違うのは、



 ――美穂きみが隣にいない。


 拓也は誰も座らない空席となった隣の席を見て思った。


 新学期が始まって数か月経った。

 拓也の隣に美穂が座っていなくてもまるで何もなかったかのように時は過ぎて行く。考えれば当然のことなのだが、拓也の中で何かもやもやとしたものは消えなかった。






 翌朝、登校して準備をしていた拓也は一瞬でクラスの雰囲気が変わったことに気付く。それまで騒いでいたクラスメートの一部が静かになり、を見る為に視線を向ける。そしてその視線はやがて自分の方へと向けられる。



「おっはー、木下君っ!!」


「あ、ああ、おはよ……」


 学年一の美少女である涼風すずかぜ美穂みほが、拓也の顔を見て笑顔で挨拶をした。

 クラスが変わってしまったのに、ほぼ毎日こうしてやって来ては拓也に声を掛けて行く。そして当然ながら注がれるクラス中からの視線。美少女と陰キャが仲良くしているのだから当たり前だ。

 今でこそみんなも慣れてきたようだが、最初の頃ははっきりと潮が引いて行くような冷たさを拓也は感じていた。



「あれー? 席替えしたんだ」


「あ、ああ」


 美穂が昨日までとは違う場所にいた拓也を見て言う。



「うわっ、また同じ場所!? っていうか、ここ空いてんの!?」


 美穂は拓也の隣の席に何も荷物が置かれていなことに気付き言う。拓也が答える。



「ああ、誰もいないよ」


「マジー!? 超ラッキーじゃん!! じゃあ、ここ私の席ね、このクラスの」


「お、おい……」


 美穂はそう言って笑うと誰も居ない空の席に座った。

 数か月ぶりに見るこの景色。教室の後ろ、みんなの背中、そして隣に座る陽キャの美少女。拓也は相変わらずマイペースな美穂に戸惑いつつも、正直に嬉しさを感じていた。



「ねえ……」


(うっ!?)


 隣に座った美穂が頭を下げて覗き込むように拓也の顔を見る。



(この角度、この視線。そしてこの小悪魔的な笑み……)


 拓也は一瞬数か月前に戻ったような錯覚を覚えた。美穂が言う。



「ねえ、またこうやって一緒に座りたいね」



(か、可愛い……)


 そう言って微笑む美穂を見て拓也は素直に思った。美穂が教室の壁にある時計を見て言う。



「わ、もう戻らなきゃ。またね~、木下君っ!!」


「あ、ああ……」


 美穂はそう言って拓也に手を振って教室から出て行った。

 ひとり残される拓也。突き刺さるあまり歓迎されない感情を伴った皆の視線。相変わらず友達もいないので、誰も学年一の美少女と仲がいいことについて聞き出そうともしない。

 拓也は下を向き、黙って一限目の授業の準備を始める。



(やっぱり目立つ……、平穏に過ごしたいのだけど、やっぱり目立つ……)


 今のクラスにも陽キャはいる。美少女だっている。

 でもどの子をもってしても美穂が持つ陽キャのオーラ、そしてその容姿には敵わなかった。彼女がクラスに来ただけで他を圧倒する。そんな女の子に毎日声を掛けられるのだから目立たない方がおかしい。



「起立っ」


 拓也は朝やって来た教師の授業の準備を始めた。






『団長、次のギルド大戦争も優勝目指しますよね?』


 自宅マンションに帰った拓也は『デスコ』に書き込まれた団員のメッセージを読む。そして考える。



(そうだあ、やっぱりそうなるべきだよな……)


『当然でしょ、頑張りましょう! ね、団長』


 拓也が考えている内に、副団長ミホンが先に書き込んだ。彼女はもう決めているらしい、『ピカピカ団』の二連覇を。



『そうですね、その方向で』


 拓也自身としてもまた優勝したい気持ちはある。一方で、二連覇するということの厳しさも理解している。次は追われる立場。皆が総出で自分達に牙をむいて襲って来る。



『大丈夫だよ! 団長がいればね!!』

『神軍師だから』


 団員達から色々な書き込みがされる。そのひとつひとつがプレッシャーとなって拓也に圧し掛かる。そんな中、ひとりだけまったく違う書き込みをした。



『またオフ会やりましょうよ!!』


 それは女子高生のマキマキ。ミホンと共に数少ない女性団員だ。



『オフ会? 前にやったんだ?』


 新しく入った団員から質問が飛ぶ。



『そうだよ、すごく楽しかったんだ。またやりましょうよ、団長』


 拓也は少し考えてから答えた。



『また必要ならば考えます』


 相変わらずそっ気のない書き込み。拓也は我ながらつまらない男だと改めて思った。






 翌日のお昼、拓也はひとり食事を終え、机に顔を乗せその景色を眺める。


(俺はどうしたいんだ……)


 拓也の中のもやもやが消えない。

 自分自身、理解できないそのもやもやに困っていた。『ワンセカ』のことなのか、美穂の事なのか、玲子の事なのか、それとも自分自身の事なのか。

 何を考えても分からない。どう考えていいのかもわからない。



(結局俺はダメ人間なんだな……)


 再び拓也を襲うマイナス思考。どうしてそうなっているのか彼自身理解できなかった。



 ガラガラガラ……


 朝の授業を始める為に教師が来たようだ。拓也は重い頭を上げる気にならずそのまま外を眺める。



(ん?)


 しかしすぐに教室の雰囲気がいつもと異なることに気付いた。教師が言う。



「えー、急だが今日から転校生が来る。さ、自己紹介をどうぞ」


 拓也が顔を上げる。そしてその顔が一瞬で驚愕の表情となる。転校生が皆に向かって言った。



「こんにちは、みなさん。池上いけがみ真紀まきです。マキマキって呼んでください!」


 それは『ピカピカ団』の女性団員、まさにマキマキその人であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る