28.ダンス、ダンス、ダンス!!
「ごめん、俺、好きな子がいるんだ……」
拓也は自分でも信じられないぐらい自然に出た言葉に少し驚く。黙る玲子。拓也が続けて言う。
「だからごめん、玲子の気持ちには……」
「あの女?」
「えっ?」
玲子は再び目を赤くして険しい表情で言った。
「ここに時々来る綺麗な女の人? あの人のことを言ってるの?」
「玲子……」
拓也はその女性が美穂かどうかは分からなかったが、こういう場合の女の直感と言うのはきっと外れることはないのだろうと思った。玲子が言う。
「聞かなかったことにする」
「……」
「今の言葉、聞かなかったことにするから。私、ずっと想っていたんだから」
「ごめん……」
「謝らないでよ……、また来る」
玲子は涙を拭うとそのまま玄関の方へと走って行った。
玄関が閉じられると、拓也は全身の力が抜けその場に座り込んでしまった。
年度祭当日。
メインイベントのダンス大会の会場に集まった参加者。その中で一組のペアが皆からの注目を受けていた。
「木下君、本当に変わったね」
美穂は一緒に踊る拓也を見て言った。拓也が答える。
「そうかな? ちょっと髪を切っただけなんだけど……」
あれから人生初の美容室に行き髪をさっぱり切った拓也。『ピカピカ団』団員のマキマキから言われていた通り、顔のつくりは悪くない上、拓也を見てなぜか気合の入ってしまったハイテンションの美容師によって「さわやかヘアー」にされた拓也。
身長は高いので美穂と並んでも以前ほどの違和感はなく、むしろお似合いのペアにすら見える。
「団長は、やっぱり無自覚系なのね……」
雑音が響く中、美穂が小さく言う。
「何か言った?」
「ううん、何も。さあ、本番始まるよ!」
「あ、ああ……」
拓也は改めて鏡に映った自分を見る。
胸のボタンを大きく開けた黒いワイシャツ。そして足にぴったりと吸い付くような細いシルエットのズボン。手や首には銀色のアクセサリーがワンポイントで付いている。
対する美穂は、真っ赤なでやはり胸元が大きく開いたロングドレス。足にはスリットが入っており、美穂が足を上げたり回転したりすると色っぽい太腿がちらりと見える。
(緊張する、緊張する、緊張する……)
ただでさえ人前に出るのが苦手な拓也。
場慣れした美穂がリードしてくれるとは言え、正直昨夜はあまり寝れなかったほど緊張している。
(や、やっぱり俺なんかが出る場所じゃないよ……)
ダンス舞台の裏まで聞こえてくる声援が更に拓也を苦しめる。
「ららら、ら~」
一方の美穂は嬉しそうにくるくる回転しながら衣装をチェックしている。
「演劇部ってすごいよね、こんな衣装も持ってるなんて」
拓也は陽キャには緊張のきの字もないのかと呆れて見つめる。ただそんないつも通りの美穂が拓也をリラックスさせてくれたのは間違いない。
「ありがとうございました!! それでは次は……」
ステージの方から美穂と拓也の紹介をするアナウンスが聞こえる。美穂が拓也の胸のあたりを軽く叩いて言う。
「さあ、楽しんでこ!!」
拓也はこの子、美穂とならきっと上手くいくと思った。
「きゃーーーーっ!!」
ステージに出ると同時に沸き起こる歓声。
前の出演者たちの余韻と興奮がまだ残る会場。美穂の手を取りステージ中央まで来ると、人生初であろうスポットライトが拓也に向けられる。
そこからは無意識で舞った。
緊張はしたものの、何度も何度も聞いたダンスの曲が流れると自然に体が動く。緊張の根源である観客も明るいステージからはほとんど見えない。嫌だった歓声も曲に合わせて起こることで、逆に体を気持ちよく動かす材料となる。
そして美穂。
力強く、可憐に、ブレずに相手を引き立ててくれるような彼女の舞に、拓也も安心して踊ることができた。
ダンス中、美穂が拓也を見て何度も微笑む。
拓也も自然とそれに対して微笑み返した。
「お疲れ様~!!」
「おめでとーー-ーっ!!」
年度祭が終了したその日の午後、教室では学校公認の打ち上げが行われていた。みんながクラスに残って年度祭の苦労を労う。お菓子を食べジュースを飲み、各々が充実した祭りの余韻を楽しんでいる。
「いや、本当に優勝してもおかしくなかったよ、美穂~」
クラスの美穂の友達の陽キャが残念そうな顔で言う。美穂が答える。
「いいよ、もう~。十分楽しんだし!!」
美穂と拓也のペアは優勝こそ逃したものの、生徒間投票で一番盛り上がったペアに贈られる『べストダンス賞』と言う特別賞を受賞した。イケメンとまでは行かないが爽やかに変貌した長身の拓也と、文句なしの美少女の美穂。色っぽいドレスとと同時に、ふたりのキレのあるダンスは会場にいた生徒達を魅了した。
「木下君も凄かったね」
突然陽キャに話を振られた拓也が動揺して答える。
「いや、そんなことは……」
やはり基本陰キャ。
突然の事態や予定外の行動、アドリブは苦手である。
「おめでとう、美穂」
「あ、凛花」
美穂の友達であるクールビューティの峰岸凛花が声を掛けた。
「ドレスも似合ってたし、動きも良かったよ」
「そお? ありがと!!」
美穂は満面の笑みを浮かべる。そんな彼女を見てからその隅にいる拓也に目を向ける。
(うっ……)
拓也はそんな視線が大の苦手であった。凛花が美穂に言う。
「ふたりの息も合ってたし、お似合いよ」
(えっ?)
拓也は思わぬ凛花の言葉に心底驚いた。
「そお~? やだー、嬉しい!!」
恥ずかしいと言う言葉を知らないのかと思うほど、美穂は素直にその言葉を喜んだ。凛花が拓也を一度見る。その視線には強い圧のようなものがあった。
――美穂を泣かせたら許さないよ
まるでそう言っているかのように拓也には聞こえた。
「木下君、家で相当練習したでしょ?」
日も落ちた帰り道、美穂は一緒に歩く拓也に尋ねた。冷たい風がふたりを包む。それでも拓也の心はなぜか温かく感じた。
「やっぱり分かった?」
「当然、分からない方がおかしいよ!」
美穂は少し笑いながら言った。
美穂と並んで歩く帰り道。以前ほど周りの視線も気にならなくなっていた。美穂が言う。
「あとはあっちも頑張ろうね!」
通り過ぎたサラリーマンが一瞬ふたりを振り返って見る。『あっち』とはもちろん『ギルド大戦争』本選の事であり美穂に他意はない。拓也が答える。
「ああ、あっちも頑張ろう!」
拓也は笑顔の美穂を見てきっと頑張れると心から思った。
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