27.私が結婚してあげる。
放課後の小学校の校庭。
そこに集まって話をする低学年の女の子数名。その中のひとりが、前にいるお転婆な子に言った。
「玲子ちゃん、今日うちで遊ぼうよ」
幼い玲子が答える。
「うーん、どうしよう?」
玲子は特に約束はなかったが、今日も拓也と遊びたいと思っていた。
「じゃあねー」
「さようなら!」
「バイバイ!!」
次々と家に帰る子供達。玲子はそれを見ながら何かを言おうとした瞬間、横にいた友達が大きな声で言った。
「あ、クモ!!! 玲ちゃんの肩に、おっきいクモがいる!!」
その言葉と同時に、玲子の肩に集まる皆の視線。体が固まった玲子が横目で肩を見る。
「ううっ! いや……」
何か足の長い黒い物が動いているのが見える。
「やだ、やだ……」
恐怖で体が固まり涙目になる玲子。
周りの友達も何とかしたかったが、小学校低学年の女子にとってそのクモは追い払うにはあまりにも大き過ぎた。
「やだよーーー!!! 取って! 取ってよーーーーっ!!!」
動けない玲子の目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「玲ちゃん、ちょっと待って!!」
そう言って友達が木の棒を探しに行こうとした瞬間、玲子の隣にひとりの男の子が現れて肩にいた大きなクモを手で払った。
「大丈夫」
地面に落ちたクモが素早く逃げて行く。
「ふあ、ふぁ、うわああああああん!!」
玲子はその場に座り込み、大きな声で泣き始めた。その男の子、木下拓也は玲子のそばに腰を下ろし、背中をさすりながら言う。
「もう、大丈夫だって」
「ううっ、ううっ、……拓也?」
背中を撫でられて少し落ち着いた玲子がようやく拓也の存在に気づく。
「もうクモはいないから」
「ううっ、うう……」
玲子が友達に言う。
「ううっ、……ごめんね、今日は帰る」
「うん、木下くん、一緒に帰ってあげて」
友達は同じマンションの拓也に玲子を任せて帰って行った。
「行こ、拓也……」
「仕方ないな……」
玲子は拓也と一緒に歩き出す。
「ううっ、くすん、くすん……」
歩きながらもまだ怖くて涙を流す玲子。拓也が言う。
「もう大丈夫だって。泣くなよ」
「……うん、ありがと。拓也」
玲子は目をこすって答えた。さらに続けて言う。
「大きくなったらね、私、拓也と結婚してあげるよ」
「はあ?」
突然の言葉に驚く拓也。子供とは言えそれが意味することは理解できる。
「や、やだよ! なんでお前なんかと……」
玲子が拓也を見つめる。そう言いながらもその顔は嬉しそうであり、明らかに照れている顔であった。
「私が貰ってあげるのよ。遠慮するな!」
そこには既にいつものお転婆な風間玲子がいた。拓也は恥ずかしさと照れを隠すために、ひとり先に歩き出す。
「あ、待ってよ、拓也ーっ!!」
玲子は先に行く拓也を笑顔になって追いかけた。
「痛っ!」
涼風美穂は弟の食事の準備最中に、誤って包丁で指を少し切り声を出した。
毎日の調理、包丁で指を切ることなどここ数年一度もなかったことである。美穂は血が流れる指を見ながら何だか少し不安な気持ちになった。
「本当に私とお付き合いして」
再び発せられた玲子の言葉に拓也が固まる。
(玲子……)
少し前、新田嵐との一件の後、ファミレスからの帰り道で同じことを言われた際には、「冗談はよせよ」と笑って誤魔化した拓也。
しかし今、目を赤くして真面目な顔で言う玲子を見て適当に胡麻化すことなどできなかった。
(中学時代、みんなの憧れだった風間玲子。高校になって更に奇麗になった女の子に『お付き合いして』と言われて断る男がどこにいるんだ。俺のような陰キャには絶対会話もしてくれないような美少女。幼馴染みだったとはいえ十分過ぎるほどの幸せ。断る選択肢なんてないだろ。なのに……)
拓也は黙ったまま視線を玲子の目から下に落とす。
(なのに、俺の……)
――俺の頭には
水と油とまで思って避けていた涼風美穂。その顔が頭に真っ先に浮かんで来たことを拓也はおかしく思った。
美穂に勝るとも劣らぬ美少女の玲子。今首を縦に振れば、目の前の女の子は自分のものになる。
「ごめん、俺、好きな子がいるんだ……」
不思議なほど自然とその言葉が拓也の口から出た。
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