26.幼馴染みの告白

(玲子、僕は君を許さない。いくら僕の気を引こうとしたからって、あんなのは冗談にもならない!!)


 拓也に一喝され家に帰った新田嵐は、ひとり涙を浮かべながら先程のファミレスの事を思い出した。

 そして思い出す玲子が連れて来た『タクヤ』という暗い男。名前を思い出しただけでも怒りが沸いて来る。


(いつか分かるはず。玲子は僕のことが好きなんだ。あんな男なんて!!)



 怒りに包まれる嵐のスマホに『デスコ』の着信が表示される。発信者はスマホゲーム『ワンダフルな世界で君と』の竜神団団長のジリュウからである。


(何だよ、一体?)


 嵐がメッセージを読む。



『お疲れ、アッシさん。間もなく始まる本選だけど、ウチの戦力はどうかな? だいぶみんなも強くなったけどの意見も聞きたいと思って』


 嵐はすぐに『ワンセカ』を立ち上げて団員一覧を見る。

 予選を戦ったメンバーから変更はできないので同じ名前が並ぶが、個々の戦力が少し上がっているように見える。



『みんな強くなりましたね』


 嵐が打ち返す。


『優勝を目指したい。何かアドバイスがあれば教えて! よろしく!!』


『了解です』


 嵐はそう打ち返すとスマホを置いた。



(本当にこの人、大した能力もないのに勢いだけはあるよな。これだけの戦力を抱えながら僕がいなきゃ予選も突破できなかっただろうに)


 嵐は再びスマホを取り出し『ワンセカ』を立ち上げる。



(それにしても戦力だけ見れば優勝は硬いな。まあ僕が指揮するんだから当然だけど。後は無能な団員が指示通りに動いてくれればだけどな。あー、それにしてもあの男ムカつく!!)


 嵐はスマホの団員一覧を見ながら拓也に怒鳴られたことを思い出し、ひとり激怒した。






 トン、トトン、トン


 拓也はマンションの居間でひとりダンスの練習を行っていた。美穂から教わったステップを、毎日何度も何度もスマホの動画を見ながら練習する。


(涼風さんに恥をかかせたくない)


 学年一の美少女の美穂。

 仮にも彼女と年度祭でダンスを踊るのだから、少なくともダンスだけは完璧に仕上げなければならない。その思いだけで拓也はひとり寒い時期にもかかわらず体中から汗を流して練習する。



「根暗、か……」


 拓也はふとガラスに映った自分の顔を見つめる。そしてファミレスで玲子に付きまとう新田嵐に言われた言葉を思い出した。



(確かに陰キャだし、暗いと言われれば否定はできない……)


 そして先日、ダンスの練習の後に美穂を抱きしめたことを思い出す。


(セクハラだよな、マジで……)


 美穂の柔らかい手、肌の感触を思い出す拓也。

 そして自分のだらしなく伸びた長い髪を触りながら思う。



(ちゃんと切って来ようかな、この髪……)


 一緒に踊る美穂に恥ずかしい思いはさせたくない。

 拓也はスマホを手にすると、緊張しながら生まれて初めて美容室の予約を行った。






 ピンポーン


 翌日の夕方過ぎ、拓也は誰かがインターフォンを鳴らすのを聞いて立ち上がった。美穂とは今日は約束していない。誰だろう思いモニターを見る。


「玲子……」


 そこにはポニーテールをいじって待つ玲子の姿が映っていた。


(どうしたんだろう……)


 拓也はファミレスでの新田嵐の件以来、しばらく会っていなかった玲子のことを思い出す。拓也はとりあえず通話のボタンを押す。



「玲子?」


「私だよ、ドア、開けて」


 一瞬ためらう拓也。だけどすぐに言った。


「うん、ちょっと待って」


 拓也は何が正解か分からないままマンションのドアを開ける。

 玄関に入る玲子。今日は学校の制服。紺の制服にポニーテールが良く似合う。玲子が言う。



「また避けられるんじゃないかと思った」


「え?」


 驚く拓也に玲子が「お邪魔します」と言って上がる。

 女の子がひとりで部屋に上がるのは美穂以外では初めて、いやそれこそ子供の頃には目の前の玲子もたまに遊びに来ていた。

 ただその当時の玲子と今の玲子では全くの別人。お転婆だった女の子から、歩けば皆が振り向くような可憐な女性へと変貌を遂げている。



「変わらないわね、昔と」


 玲子は拓也のマンションの中を見てつぶやく。

 変わったのはお前だよ、と思いつつ拓也が言う。



「で、何の用なのか?」


 そう言う拓也に玲子が少し寂し気な眼差しをして言う。



「何か特別な用事がなければ、幼馴染みに会いに来ちゃダメだったのかな」


「い、いや、そんなことはないんだが……」


 玲子の言葉の表現に少し戸惑う拓也。玲子が言う。



「またそうやって私を避けるの?」


「え?」


 その言葉は確実に拓也の心を強く握りしめた。

 玲子に会う度に思うのだが、小学高学年あたりからどんどんと綺麗になって行き、やがて陰キャの自分では幼馴染と言うだけでは会話をすることすら辛くなってきてしまった。

 そして結局自分から距離を取り始めた拓也。そこに後悔がなかったと言えば嘘になるが、当時、いや今の自分だってそれは仕方のないことだと思っている。



「どういう意味だよ、それ?」


 拓也は心臓の大きな鼓動を感じながら玲子に言う。玲子が笑って答える。



「私ね、寂しかったんだよ。拓也が私を避けているのが分かって……」


 それを聞いた拓也はもう逃げ場がないと確信した。



「避けているって、そんな……」


 無意味な言葉が口から出る。玲子が言う。



「色んな事を考えちゃう時期だよね、中学生ぐらいって」


 拓也が黙って聞く。


「小さい頃から一緒に居て、拓也とは色んなことを話したいと思っていたんだよ。だけど……、ねえ、拓也。わたし何か怒らせるようなことしたのかな?」



(そんなことはない!! 悪いのは俺なんだ……)


 拓也は大きく息を吐き、観念したような顔で言った。



「ごめん、玲子。悪いのは俺なんだ……」


「拓也?」


 玲子が真面目な顔をして拓也を見つめる。拓也が言う。



「どんどん綺麗になって行く玲子に、その、何て言うか……、近づけなかったんだ、俺」


「えっ……」


「中学でもたくさんの男連中がお前の話をしていて、いい男や部活のエースなんかもいて、もう何だか俺みたいな奴が一緒に居ちゃいけないって思っちゃったんだ……」


「……」


「だから、何と言うか、昔みたいに会うことができなくなって、知らない間に……、その、いや、決して避けていたわけじゃないんだ。俺が、俺が悪いんだ……」


 拓也は下を向いて最後は小さく言った。

 自分でも自分の感覚がつかめない。自分の体が自分のものじゃないような感覚。すべてを、裸を見られるよりもずっと恥ずかしい感覚。

 一方で、何年もの間ずっと鬱積していた玲子に対する謝罪の気持ちが少しだけ晴れていく気もした。



「……なに、それ」


「玲子?」


 拓也が気が付くと、玲子の目には涙が溢れていた。



「なんだよ、それ……、私が『綺麗になった』という部分以外、全くダメじゃん……」


「う、うん……」


 拓也が小さく答える。



「私の勘違いだったんだ。嫌われていたんじゃなかったんだ」


 玲子は涙を流しながらも少しだけ笑顔になって言った。


「そんなじゃない、嫌っていたんじゃない!」


 拓也が首を振って言う。そこに嘘はなかった。悪いのは自分であり、何もしていない幼馴染みの玲子を嫌うはずがない。



「良かった。それが分かっただけでも本当に良かった」


 安心した顔で言う玲子に拓也が頭を下げて言った。


「ごめん。本当に悪かった」



「いいよ、もう……」


 玲子が真っ赤な目をしたまま笑顔で言う。そして再び拓也に言った。



「じゃあ、この間は適当に煙に巻かれちゃったけど、ちゃんと答えて」


 拓也が玲子を見つめる。



「本当に、私とお付き合いして」


 そう言われた拓也の頭に、不思議と別の女性の顔が思い浮かんだ。

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