25.美少女の彼氏になったぞ!?
(もうすぐ時間か……)
拓也はスマホに表示された時計を見て思った。間もなく18時、辺りは薄暗く少しだけ星が輝き始めている。拓也のマンションの横にある小さな公園。冷たい風が吹く薄暗い公園に人影はない。
拓也は
『今日の夕方6時ごろ、マンション横の公園に来て。お話があるの』
まったく見当がつかない。
玲子とは最近また会話を交わすようになったが、拓也自身あまりよく思われていないと思っていた。何せ自分から距離を取っていたのだから。
「拓也……」
拓也が気が付くと、そこに厚めのコートを着込んだポニーテールの少女が立っていた。冷たい風に当たったのか頬が少し赤くなっている。玲子が言う。
「ごめん、遅くなって」
ほぼ約束通りの時間。拓也は玲子の雰囲気に少し違和感を覚えた。拓也が言う。
「いいよ、時間通りだし。それよりどうした?」
拓也の言葉に少し下を向いて口を閉じる玲子。薄暗い中ではあったが、その仕草を見て拓也は少しどきっとする。玲子が言った。
「お願いがあるの」
「お願い?」
玲子は頷いてから言う。
「私の、その、私の恋人になって欲しいの」
「は?」
拓也が驚いた顔をして玲子を見つめる。
美人で性格も良く、勉強もできる皆の憧れ。そんな美少女から『恋人になって欲しい』と言われ驚かない男はいない。
玲子は自分の発した言葉の足りなさに気付いて改めて言い直す。
「いや、違う。一日だけでいいの、その、一日だけ恋人になって欲しいの」
余計意味が分からない拓也。玲子に言う。
「おい、ちょっと落ち着いて話せよ。なぜそんなことをしなきゃいけないか、全く分からんのだが」
拓也に言われて少し落ち着いたのか、玲子は苦笑しながら答えた。
「そうね、ちょっと意味分かんないよね。ちゃんと話すわ……」
そして玲子は、今度は落ち着いて新田嵐との間であった出来事を話した。
「なるほど。それは大変だな、お前も」
「うん……」
玲子は初めて男性にこんなお願いをしたこともあって、内心極度の緊張に襲われていた。断れたらどうしよう、そんな不安を抱える玲子に拓也が言った。
「いいよ。協力する」
「えっ? ホント?」
「いいよ、力になる」
「拓也……」
玲子は涙が出るほど嬉しかった。幼馴染みとは言え随分と長い時間話していなかった相手。嘘をついたのは自分だし、断られるのも仕方がないと思っていた。
一方の拓也はある意味、これは玲子に対する贖罪のつもりであった。
(玲子に対して悪いことをした。だから少しでも何かできることがあれば協力したい)
どんどん綺麗になって行く彼女に対して自分から距離を取った拓也。その埋め合わせをしたいと無意識のうちに思っていた。玲子が言う。
「ありがとう、拓也。じゃあ、時間は明日なんだけど、いい?」
「分かった。大丈夫」
玲子は拓也に明日の待ち合わせ場所と時間を申し訳なさそうに告げた。
「彼が私の彼氏、拓也って言うの」
玲子と拓也はマンションの近くのファミレスで、新田嵐と向き合って座っていた。学校帰りのファミレスには拓也と同じぐらいの高校生や会話を楽しむ主婦などで賑わっている。
玲子の横に拓也が座る。それを睨むように嵐がふたりの真正面に座る。拓也は何かを言おうとしたが、想像以上の圧に言葉が出ない。そんな拓也を見下すように嵐が言う。
「へえ、君が風間さんの彼氏なんだ。想像よりしょぼいね」
「ちょ、ちょっと!」
突然の言葉に玲子が怒りを表す。嵐が言う。
「なんかおどおどしてさ、本当に付き合ってるの? どうせ頼みやすいそこらの男に今日だけって言って連れて来たんじゃない?」
図星だった。
今日限定の恋人になったのも、おどおどしてまともに話せないのもすべてお見通しであった。玲子に借りを返したい気持ちで受けた依頼であったが、冷静に考えてみれば彼女に寄って来る男を振り払うと言う大仕事をしなければならない。玲子が言う。
「失礼ね。私達ちゃんと付き合ってるわよ」
そう言って玲子は隣に座る拓也の腕にしがみつく。
(うっ!)
拓也の腕に玲子の胸の膨らみが当たる。経験のない状況に拓也の顔は赤くなり、思考が一瞬停止する。それを見た嵐がむっとした表情で言う。
「嘘だ、嘘だ、そんなこと。君は僕と一緒に居たいし、僕のことが気になっているはず。そもそもこんな根暗そうな奴に君が惹かれるはずがない。つまらない嘘をつくな!」
段々大きくなる嵐の声に周りの視線が集まる。しかしそれを意に介しない玲子が言い返す。
「何を言ってるの? だから拓也が私の彼氏。私がそう言ってるだから間違いないでしょ!」
「あんたはそう思ってるのか?」
嵐が拓也の顔を見て言う。拓也は一瞬沈黙した後、擦れた声で答える。
「そ、そうだ。俺が玲子の彼氏で……」
客観的に見れば不自然な態度だろう。自信の無さが声に表れている。嵐は鼻で笑って言った。
「つまらない芝居だ。こんな暗くて意味分からない男が君と一緒に居ること自体理解できない。どうせ何をやっても駄目な奴だろ? いくら貰ったんだ? それとも手でも握られてお願いされたのか?」
「に、新田君!!!」
玲子の声が辺りに響く。嵐が続ける。
「君もだよ、風間さん。何を恥ずかしがっているのか知らないけど、こんな男を連れて来て腕を組むなんて幻滅だよ。僕の気を引きたかったのかな? それにしてもこんな幼稚なことをするなんて、君はもっと崇高な女性かと思っていたんだけどね」
「いい加減に……」
驚きと怒りの表情を見せる玲子だったが、嵐はさらに続ける。
「僕が浄化してあげるよ。君のその薄汚れた感情を僕がきれいに拭い去ってあげるよ。君は汚れた女だ。そんな男と一緒に居て穢れてしまったんだよ。だけど大丈夫。そんなあばずれな君だって僕と一緒に居ることで……」
「いい加減にしろっ!!!!」
「ひっ!?」
玲子が文句を言おうとした矢先、隣に座っていた拓也が立ち上がりながら大きな声で言った。驚いて拓也を見上げる玲子。拓也は震えながら大声で言う。
「玲子がこんなに嫌がっているのが分からないのか!! お前、バカなのか!! 嫌がる女に付きまとうストーカー風情が何を言ってる!!!」
「お、お、お、おい……」
目の前で罵倒され目が点になる嵐。拓也が続ける。
「いいか、二度と玲子に近付くな!!! この変態ストーカー野郎!!!!」
拓也は頭が真っ白になっていた。
自分のことは我慢できた。言われたことは本当のことで、彼に対して嘘をついて悪い気もしていた。
ただ玲子のことを悪く言われるのは我慢できなかった。子供の頃一緒に遊んだ幼馴染。ただの友達ではないことは間違いない。それをこんな奴に穢されるのは我慢ならなかった。嵐が顔を歪めて言う。
「な、何言ってるんだよ……、お前……、ぼ、僕はそんなんじゃない。風間さんと……」
「帰れっ!!! 二度と玲子に近付くなっ!!!!」
「ひっ!!」
拓也の大きな声に驚き、そして嵐は荷物を抱えて逃げるように店を出て行った。
「何あれ? 三角関係?」
「彼女の奪い合い?」
周りにいた他の客から好奇の視線が向けられる。怒鳴り終えた拓也が初めて周りの状況に気付く。
「拓也……」
慌てて座る拓也。そして玲子に言う。
「ごめん、大きな声出して」
下を向いて反省する拓也に玲子が言う。
「ううん、いいの。お店、出よっか」
「あ、ああ……」
ふたりは静かに立ち上がると会計を終え店を出た。
外はまだ冬の名残が残る冷たい風が吹く。並んで歩くふたりはさながら初々しいカップルのようであった。歩きながら玲子が言う。
「ありがとう。なんか、嬉しかった」
「え?」
彼女に恥をかかせたと思い込んでいた拓也は思わぬ言葉に驚いた。玲子が続ける。
「大きな声はびっくりしたけど、なんか聞いててね、本当の彼氏みたいだったよ」
「玲子……」
歩いているからだろうか、それとも冷たい風だからだろうか、玲子のポニーテールが左右にゆっくりと揺れる。拓也が言う。
「あいつ、怒らせちゃったよな」
「そうだね。でも拓也が言わなくても、私が同じこと言ってたわ。だからいいの」
「そうか……」
拓也は歩きながら頷いて答える。玲子が言う。
「ねえ、拓也」
「ん、なんだ?」
玲子は少し前を向きながら小さな声で言った。
「ほんとに付き合っちゃおうか、私達」
「え?」
拓也の足が止まる。
そして前を歩く玲子の揺れるポニーテールをじっと見つめた。
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