24.これも団長命令!

 拓也の幼なじみの風間玲子は、再び現れた新田嵐を見てため息をついた。


「ねえ、一体何の用なの? いい加減にしてくれる?」


 玲子の目は明らかに嵐を嫌っている。それに気付かない嵐が言う。



「何の用って、一緒に帰りたいんだろ? 僕と。いいんだよ、遠慮しなくて」


 玲子はこの男の一体どこからこのような自信が湧き出して来るのかと呆れてしまう。学校帰りの夕方。まだ少し夕日が残る校庭を歩く学生たち。玲子が立ち止まって言う。



「ひとりで帰るから。あなたとは帰らない。さようなら」


「無理するなよ。顔に書いてあるぜ、一緒に帰りたいって」


 玲子の顔に怒りが走る。



「ふざけないでよ!! どうして私があなたと!?」


 周りにいた学生たちが玲子と嵐を見つめる。恋人同士のケンカだと思われたくない玲子が、くるりと嵐に背を向けてひとり歩き出す。それを見た嵐が言う。



「僕と一緒にいたいんだろ? 本当は寂しいんだろ? だから無理するなって」


 それを聞いた玲子が立ち止まる。

 そして顔を真っ赤にして振り返ると大きな声で言った。



「ふざけないで!! 寂しい? 私にだって彼氏ぐらいちゃんといるんだから!!!」


 周りの学生たちが驚いてふたりを見る。

 思わぬ言葉に驚いた嵐が玲子に言う。



「ふん、嘘だ。そんなの嘘だろ?」


 完全に見下した目をした嵐に玲子がカッとなって言う。


「本当よ!! 今度会わせてあげる!! だから私には近付かないで!!」


「なっ……」


 嵐の顔も真剣になる。



「分かった。じゃあぜひ会わせて貰おう。楽しみにしてる、じゃあ」


 引きつった顔をして笑う嵐が玲子にそう言い、そして去って行く。嵐が消え去った後に玲子が真っ青な顔をして思う。



(どうしよう!! 思わずあんなこと言っちゃって……、本当は彼氏なんていないし、どうしよう、どうしよう……、し、仕方ないか、あいつに……)


 玲子は体中に汗をかきながら幼馴染みの顔を思い浮かべた。






「一緒に洗いますね」


 オフ会も一段落し皆が片づけを始める中、洗い物をしていた美穂の隣に同じ女性団員のマキマキが立って言った。

 モデルもやっていて背も高い美穂。マキマキは一般的な女子高生で、ふたりが一緒に立つ後姿はまるで姉妹のように見える。美穂が言う。



「ありがとね、マキマキさん」


 そう言いつつも美穂は女の直感として感じていた、何かあると……


「いえいえ、ちょっとミホンさんとお話がしてくて……」


「話?」


 マキマキはグラスを洗いながら言う。



「ミホンさんって、読モやってるmihoさんですよね?」


「え?」


 美穂の手が止まる。『miho』とは確かにモデルをやっている時に使っている名前である。


(そうだよな、女子高生なら知ってても当然か……)


「そうだよ、良く分かったね」


 美穂が諦めたかの様な顔で答える。女子高生なら女性誌のひとつやふたつを読んでいても不思議ではない。そして同時に内心ではのことで済んで良かったとも思った。



「うん、mihoさんって言ったら有名だし」


「そんなことないよ。でもみんなには内緒にしてね」


「いいわよ、だけど……」


 美穂は洗い物をしながら横目でマキマキを見る。



「だけど、あの……、ミホンさんは団長とリアルのお知り合いなんですか?」



(……やっぱりね)


 美穂は自分が感じた女の直感が間違いでなかったと思った。



「どうして?」


 美穂の言葉にマキマキがグラスを拭きながら答える。


「だって雰囲気というか、呼吸が合っているというか、とても初めて会ったとは思えないんで……」


「そう……」


 美穂は自分と拓也がそんな風に見えているのだと知って不思議な感覚がした。美穂が言う。



「今日はプライベートの質問は禁止ね。だからノーコメントで」


 洗い物をする美穂がそう答えると、マキマキが笑って言った。



「そうでしたね。じゃあ、私も遠慮なく……、団長、彼女とかいないなら狙っちゃおうかな」


「えっ?」


 美穂の手が止まる。マキマキが続ける。


「だって団長ってちゃんと整えれば顔も悪くないし、背も高いし、奥手なんだけど自信を持った時の人を惹きつける力は凄いし。それにちゃんと相手を見ていて配慮もできるし、団長だけど偉そうにしないしね」


(よく、見てるわ。この子……)


 美穂は再び洗い物をしつつ動揺が分からないように心を落ち着かせる。美穂が尋ねる。



「マキマキさんは彼氏はいないの?」


 マキマキが笑って言う。


「あれ? プライベートの質問は禁止じゃなかったんですか?」


(うっ)


 美穂がしまったと言う顔をする。マキマキが言う。



「いいですよ、答えます。今はいません。何人か付き合ったけど、みんな普通すぎて。私、少し変わった人がこのみみたいで……」


 無言の美穂。マキマキが言う。


「ミホンさん」


「はい?」


 美穂がマキマキの顔を見る。マキマキが言う。



「ゲーム中は協力しますけど、それ以外は……」


 美穂の手が止まる。マキマキが言う。



「それ以外はライバルですよ!」


 美穂は笑顔で答えた。


「ええ、上等よ。何の戦いか知らないけど、受けて立つわ」


 ふたりの女子高生は仲良く洗い物をしながら、別の戦いの宣戦布告をした。





「ごちそうさまでした!」

「おやすみなさい!」


『ピカピカ団』の初めてのオフ会は、無事皆との親睦を深めて終わることができた。次々と拓也のマンションから帰って行く団員達。良明も靴を履くと拓也に言った。



「団長、お疲れさま。この辺でお暇するね」


「ああ、気を付けて」


 拓也が軽く手を上げる。そしてその横で美穂も同じように良明に手を上げる。良明が言う。


「あれ? 美穂は帰らないの?」


「う、うん。まだちょっと片付けが……」


 少し下を向いて言う美穂に良明が言う。



「朝帰りはダメだぞ。じゃあな!」


 そう言って笑いながら帰って行った。



 ――朝帰り……


 ふたりの頭にその言葉がぐるぐると回る。拓也が言う。



「か、片付けって、まだ何かあったっけ?」


 美穂は声を掛けられて少し驚いた表情をしてから言った。



「あ、いや、そうじゃなくて、その……、ダンス。ダンスの練習をしたいと思って」


 皆と楽しく騒いだ後なのか、何か興奮していたのか、理由は分からないが美穂の頬が赤くなっていることに拓也は気付いた。


「分かった。じゃあ練習しようか」


「うん」


 拓也は美穂を居間へと誘う。



「じゃあ、始めるね」


 拓也はそう言うとスマホに入れてあったダンスの曲を流す。美穂が拓也の前に立つ。そしてお互いの手を握る。



(柔らかい、そしていい香りだ……)


 拓也は悪いと思いながらもこうして立つとどうしても美穂の女性としての部分を強く感じてしまう。



「木下君、ちゃんと踊って」


 ステップを踏む美穂に遅れを取る拓也。謝りながら必死に美穂に合わせる。



(俺は、俺は……)


「ふう、お疲れ……」


 ダンスを踊り終えた美穂が拓也の手を離し休憩しようとする。その時、不意に美穂の足がもつれ後ろに倒れかかる。



「きゃっ!!」


 拓也は倒れそうな美穂を無意識に引き寄せ、抱きしめた。



「木下、君……?」


 抱きしめられながら美穂が小さな声で名前を言う。半分頭が真っ白になりながらも拓也が言う。



「ごめん……」


 消え入りそうな声で言う拓也に美穂が尋ねる。



「これも団長命令、なのかな?」


 こんな時でも陽キャとはブレないのだと拓也は思った。そして答える。



「半分、そう。半分……」


 中途半端な答えをする拓也に抱きしめられながら美穂が尋ねる。


「じゃあ、残りの半分ってなに?」


 拓也は美穂の顔を見て言う。



「秘密、秘密、詮索禁止!! これも団長命令っ!!」


「なーに、それ? ふふっ」


 ふたりはお互いの顔を見つめ合いながら笑った。





(ミホンさん、出てこないわね……)


 拓也のマンションの外、暗い路地から明りの点いた部屋を見つめるマキマキ。分かってはいたが、団長の部屋からミホンが出てこないことにつまらなそうな顔をして言う。


「今日はいいわ。だけど……」


 マキマキは団長の部屋をじっと見つめた後、ひとり暗闇へ姿を消した。

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