34.ずっと待っています。

「ねえ、何してんの? 誰か待ってるとか? 良かったら俺らと一緒に遊ばない?」


 学校の帰り、駅構内でひとりぼうっと座っていた美穂に同年代の男数名が声を掛ける。着崩した制服、明るく染めた髪。美穂はちらっとその男達を見るだけで返事をしない。男が言う。



「ねえ、誰か待ってるの? ずっと座ってるでしょ? 来ないよ、もう。それより俺達とさあ行こうよ」


 男達はへらへらと笑って美穂に言う。



(待ってる、か……)


 美穂は男達から自分の足に視線を移しながら思う。



(そうだね、私、待ってるだった。待たなくちゃいけないけど、できることもあるよね!)


 美穂は立ち上がって男達に言う。



「ありがと、じゃあね」


 驚いた男が言う。



「お、おい。どこいくんだよ!」


 美穂は立ち止まりちょっとだけ振り返って言った。



「待ちに行くんだよ。ここじゃないとこで」


 男達は意味も分からず去っていく美穂の背中を見つめた。






「木下君っ!」


 美穂は学校の廊下で会った拓也に笑顔で言った。



「涼風さん……」


 拓也は突然後ろから声を掛けられ驚き固まる。周りは美少女の美穂が陰キャに話し掛ける光景に好奇の目を向ける。驚いたまま動かない拓也に美穂が言う。



「ねえ、まだ戻って来ないの?」


 美穂は後ろに手を組み頭を傾けながら言う。拓也は美穂を見ながら思う。



(やっぱりゲームの話か……、俺には……)


 そう思いながらも拓也は自分自身が情けなくなってくる。


 本当に俺はつまらないことを考えている。

 どうしてこんなにマイナス思考なんだ。

 やはり俺は真正の陰キャだ。



「ごめん……」


 拓也は小さく頭を下げて美穂の前から立ち去ろうとする。そんな拓也に美穂が言った。



「私、待ってるからね」


 立ち去る拓也の背中に美穂の言葉が鋭く突き刺さった。




「美穂」


 ひとりになった美穂の前に、その陽キャは明るい笑顔をして現れた。



「龍二……」


 美穂はその男の名前を口にする。龍二が言う。



「なあ、俺と……」


 美穂の頭に拓也にした嫌がらせの光景が再び浮かぶ。美穂はちらりと龍二を見ると無言でその場を去った。



(くそっ、なんで上手くいかねえんだよっ!!)


 龍二は廊下の壁を殴りながら思った。

 拓也に嫌がらせをしているところを見られて以来、美穂は全く口も聞いてくれない。

 大金を掛けた『ワンセカ』でも、掲示板での悪態が広まり『竜神団』も解散。龍二自身まだゲームは続けているが、プレイヤー名を変更せざるを得なかった。


「くそっ、くそ……」


 龍二はひとり、下を向いてうずくまった。






(いい天気だ。桜も綺麗だし……)


 拓也は学校帰りの公園に咲く桜を見て思った。

 日陰のベンチを見つけて『ワンセカ』の代わりに入れた新しいスマホゲームを立ち上げる。大して興味はなかったのだが、その新しいゲームのガチャでも次々とレアキャラを引いて行く。



「ふうっ」


 拓也はすぐに飽きてスマホを閉じる。


(ゲームをやらない俺って何にもできないのかな……)


 拓也は虚しくなってきてすぐに自宅マンションへと帰った。


 誰もいない静かで暗い部屋。

 無機質に電気の光が付く。

 拓也は冷蔵庫を開けたが調味料しか入っていなかったのですぐに扉を閉じた。




「アニメでも観るか……」


 拓也はひとり自室に入ってテレビをつける。

 お気に入りのアニメを観始めるのだが、なぜか頭に入ってこない。



「ラノベは……、無理だよな」


 棚にあるやはりお気に入りのラノベを手にしたが、集中できないことなど最初から分かっていた。

 拓也はスマホを取り出しずっと見ていなかった『デスコ』の掲示板を覗く。




「涼風さん……」


 そこには『団長代理』と名乗り、ひとり奮闘する美穂の姿があった。



団長タクが帰ってくるまで私頑張るから!!』


 といった書き込みに団員からもたくさんの応援の言葉が寄せられている。



「ほとんど人、減ってないじゃん……」


『ギルド大戦争』で優勝し、最強のギルドとなった『ピカピカ団』。しかしそれは盛者必衰。人員流出などによりいつか必ず衰える。しかし副団長ミホンの頑張りのためか、優勝メンバーからほとんど人は変わっていなかった。



(だけど……、これは酷い……)


 拓也は『ピカピカ団』の勝敗を見る。

 現在同じようなギルド戦が行われていたが連敗中、しかも中級ギルド相手に大苦戦している。美穂は指揮をしていない。いや、正確には「しない」と宣言している。


 拓也は自問自答する。



『ワンセカ』がしたいのか。

 ゲームがしたいのか。

 美穂と話がしたいのか。


 ――美穂が好きなのか



 答えは全てイエス。

 拓也は『デスコ』の画面をじっと見つめた。




 一方の美穂。スマホを持ち目を赤くしてじっと画面を見つめている。


(ごめんね、みんな。私が頼りないばかりに……)


 少し前に『ギルド大戦争』で優勝し、事実上の頂点に立った『ピカピカ団』。しかし団員もそれほど抜けていないのに現状中級ギルド相手に大苦戦を強いられている。

 次々と敗北する団員。ちょっと前まであれほど賑やかだった『デスコ』も今は嘘のように静かになっている。



(団長が、彼がいないだけでこんなんになるんだ……)


 美穂が様々な思い、気持ち、感情に包まれる。

 頭の整理もつかないまま『デスコ』の掲示板をただただ見つめる。



(こんなんじゃダメだね……)


 美穂は大きく深呼吸をすると、もうこれ以上難しいことは考えずに今の気持ちを素直に話そうと思った。


 副団長ミホン拓也タクに向かってメッセージを書き込む。




『団長、聞いて欲しい』


 突然の呼びかけ。驚きと共に緊張に包まれる拓也。



『私ね、気付かなかった。全然気付こうとしなかった。でもこの数日で分かったんだ』


 ミホンの書き込みを黙って見る団員達。『デスコ』のタクの名前は未だオフライン。これを拓也が見てるかどうかも分からない。それでもミホンは続けて書き込む。



『団長、私にはあなたが必要。だからもう一度一緒に大好きなゲームをしたい。一緒にしたいよ。私はあなたを、ずっと待っています』


 拓也の心は決まった。

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