32.最終決戦!!

(またあの『ピカピカ団』とか言うふざけた名前のとこか……)


 決勝の相手である『ピカピカ団』の名前を見た竜神団の団長の龍二ジリュウが内心毒づく。そしてその団長と副団長の名前を見て更に不機嫌となる。



(団長がタクで、副団長がミホンだと? まるで拓也と美穂じゃないか!!)


 龍二は同じ教室でいつも美穂の隣に座りへらへらしている拓也の顔を思い出し、一段と機嫌が悪くなった。そしてその怒りの矛は美穂へも向かう。



(あんなレベルの低い男と一緒に居て、美穂もその程度の女ってことか。くそっ!!)


 龍二は対戦相手の『ピカピカ団』を見ていて徹底的に叩きのめしてやろうと思った。すぐに軍師であるアッシにメッセージを送る。



『今日は最終日、また指揮宜しく。昨日は少し迷走した感もあったけど、ここまで来たら優勝目指したい。頑張ろう!』


 龍二は可能な限り自分を抑えてメッセージを送ったつもりであったが、受け取った新田アッシはそうは思わなかった。



(何だこの上から目線は! 自分では何もできないくせに。この大会終わったら絶対こんなとこ抜けてやる!)


 怒りを感じる嵐ではあったが、次に来たメッセージには思わず頷いた。



『相手の名前『ピカピカ団』とかふざけているし、特に団長のって名前、ちょっと個人的に気に入らないんで全力で潰しに行きたい!』


 嵐は風間玲子に『彼氏』だと言って紹介され、ファミレスで大きな声で罵られた『タクヤ』という男を思い出す。



(そうだ、そうだ!! 僕もこのタクって名前には怒りしか感じない!!)


『同感です!! 僕も偶然この名前には嫌な思いでしかないので、団長に賛同します!! 全力で潰しましょう!!!』


『気が合うね、アッシさん』


『軍師ですから』


 意外なところで初めて団長と軍師の心が繋がった。






【まもなく……駅に電車が到着します。揺れにお気をつけ……】


 美穂は電車のドアにもたれ掛かって流れゆく外の景色を見つめた。

 日曜の朝。車内にはまばらの乗客しかいない。今日は『ギルド大戦争』の最終日。美穂は再びとして団長タクヤのマンションへ向かっていた。

 美穂は手にした袋に入った食材を見つめる。お肉にネギ、豆腐など今日は鍋を作って一緒に食べるつもりだ。


(私、なんか通い妻みたい……、きゃは!)


 美穂は自分でそう想像し、自分で頬を赤らめる。

 弟のことは心配だが家に居る母親に任せてある。ご飯は作って置いたので大丈夫だろう、美穂は車掌のアナウンスを聞いて駅に降りた。





「強いなあ、マジで……」


 拓也は朝起きて美穂のメッセージを確認した後、改めて今日の決勝の相手である『竜神団』の様子を見る。

 前回予選で戦った際よりも更にレベルアップしている。さらにSNS上で『神軍師』と呼ばれているアッシの名前も見える。采配では負けるつもりは微塵もないが、やはりこれまで全勝してきた相手は強敵に間違いない。



「おっはー、団長っ!」


 拓也は再び訪れた美穂を迎える。

 昨日のマキマキを意識してか、今日は彼女よりもさらに短いショートパンツを履いている。そして手にした袋からはたくさんの食材が見える。それに気付いた拓也が言う。



「涼風さん、それって……」


 美穂が食材の袋を持ち上げて言う。


「今日のご飯、鍋だよ。『腹が減っては戦はできぬ』って言うでしょ?」


「うん、ありがとう。いつも」


 拓也は以前『食費を払うよ』と言って美穂に断られてたことを思い出し、素直に感謝の言葉を述べた。美穂は片手で靴を脱ぎながらマンションに上がり、拓也の部屋に入ってからスマホを取り出す。そして立ち上げた『ワンセカ』を見つめて言った。



「最後の相手、『竜神団』だね。前回負けた相手……」


 美穂の真剣な顔。拓也はその意味をしっかりと理解していた。



「今日は負けない。絶対に勝つよ」


「うん」


 美穂は顔を上げると笑顔で頷いた。





(さて、陣形は……、やはりこれで行こう)


 美穂は拓也が選ぶ今日の陣形を見て驚いた顔をする。



「【鉄壁の陣】……?」


 美穂の言葉に拓也が答える。


「うん、これで行く。パテは……」



 そう言って拓也はPCの画面に映し出された団員達のパテをひとつずつ決めて行く。美穂は何度も見ているその光景を今日もじっと見つめる。そして拓也は敵の情報を確認した後、団員全員に指示を出し終えた。



「お疲れ。お腹減ったでしょ? 何か作るね」


「う、うん。ありがと」


 美穂はスマホを片付けると鼻歌を歌いながら台所へ向かった。拓也はその後ろ姿を見ながら思う。



(本当にゲームが好きなんだな。こんな陰キャの俺のところに遊びに来てくれるなんて……)


 拓也はひとり苦笑いをする。




 ――でも、ゲームが終わったら……



 拓也は首を少しだけ振ると決勝の戦いに集中した。






『アッシさん、どう? 勝てそう?』


 竜神団の龍二ジリュウが軍師のアッシにデスコで尋ねる。アッシが答える。


『【鉄壁の陣】を敷いて来たので、【連撃の陣】で対抗します。地力では勝るので正攻法で行けば勝てるかと』


 決勝開始早々、すぐに攻撃を仕掛ける竜神団。その様子を見ながらふたりの幹部が会話する。



『そうだよね。俺もちょうど全く同じこと思っていたんだ。この後も指揮を頼む!』


『了解』



 アッシはそう返事しながらも、調子のいい団長に苛立ちを感じていた。個々の力、団の総合力、陣の相性、どれをとっても負ける要素がない。


(ただ……)


 アッシは敵大将で最前列にいる憎きという名前のプレイヤーに、不本意ながら言葉に言い表せぬ不安を感じていた。




「鍋、美味しいね。ありがとう」


 拓也は美穂が作ってくれた鍋を食べながら感謝の言葉を述べた。ひとりで過ごすことが多くなってからほとんど鍋など食べた記憶などない。誰かと食べる食事がこんなにも美味しいのだと拓也は改めて思った。

 美穂も美味しそうに鍋を食べる拓也を嬉しく思いながらも、『ワンセカ』の画面を見て拓也に尋ねる。



「ね、ねえ、団長。これ、大丈夫なの?」


 美穂は一方的に攻撃を受ける自団を見て言った。『デスコ』の掲示板でも不利な状況に陥っている味方に同様の書き込みが増えてきている。拓也が美穂に答える。


「うん、陣の相性が悪いので最初攻撃を受けるのは仕方ないな」


「うちに相当の防御力がないと防ぎきれないでしょ?」


 心配そうな顔をする美穂に拓也が言う。



「その通り。じゃあそろそろいいかな」


「そろそろ?」


 拓也はそう言うと自分のパテに、敵大将であるジリュウへの一騎打ちを命じた。



「うそぉ? もう?」


「もう、だよ」


【鉄壁の陣】から単騎飛び出したタクが、前線で陣取る敵大将ジリュウに勝負をかける。




(そうか、これか。不安に思っていたのは……)


 それを見ていたアッシが内心思う。龍二ジリュウが『デスコ』に書き込む。


『相手大将、一騎打ちしかけて来た! 陣の恩恵なしにどうやって勝つつもりなのか!? やっぱりあのタクって奴バカなのか? 返り討ちにしてやる!!!』


 超攻撃型のタクのパテには【鉄壁の陣】の守りの恩恵が少ない。一方【連撃の陣】のジリュウにはバランスよく恩恵が受けられる。




「木下君っ! 大丈夫なの!?」


 一騎打ちを行う拓也に美穂が不安そうに尋ねる。拓也が答える。



「うん、大丈夫。は負けない!」


「木下君……」


 美穂はどんな時でも自信をもって答える拓也に少しどきっとした。




『団長、必ず防衛お願いします!!』


 アッシが素早く書き込む。

 拓也タク龍二ジリュウの一騎打ちが始まる。メッセージを書き込んだアッシがその戦況を祈るように見つめる。



(そう、ここが破られたら……)


 そう思いながらアッシの顔は青くなっていた。しかしスマホの画面を眺める龍二ジリュウの顔はもっと青かった。



(うそ、強い……、なんだなんだこの強さは!? 俺の最強のパテがこうも簡単に溶けて行くなんて……)


 最初の龍二ジリュウの攻撃を辛うじて耐えた拓也。その後は反撃に転じ、一方的に高速で攻撃を繰り出す。龍二ジリュウはタクと言うプレイヤーの前にほぼ何もできずに敗れ去る自分のパテを見つめた。




「よし、勝った! これで……」


 拓也は相手の大将を討ち取ったことで戦いの形勢逆転を確信した。大将がいないとなくなる大将補正、それ以上に精神的ダメージも大きかった。




『すまない、アッシさん。負けた』


 アッシは心のどこかで予想していたこの事態に冷静に対処する。


『大丈夫。まだ地力はこちらが上。焦らずゆっくり戦いましょう』


 しかし戦局は徐々に『ピカピカ団』の方へと傾いて行く。変わる戦局。動揺を隠せない軍師。その象徴的だったのは、団員の数名が軍師が指示を出す前に勝手にタクへの攻撃をし始めたことだった。



『ちょっと、敵大将に行ってみます!!』

『タクさん、討ち取ってきます!」


 もはや動揺した龍二ジリュウアッシにその波を止める力はなかった。

 トッププレイヤーのタク。彼とこの大舞台で戦ってみたい気持ちと、そしてタクを倒せば一気に形勢逆転できると言う魅力に駆られた団員が次々とタクに挑む。




「木下君、大丈夫!?」


 戦いを挑まれる拓也を見て心配する美穂。拓也が冷静に答える。


「大丈夫。数名来て蹴散らせば止まるはず」


 拓也の言葉通りに竜神団の強者数名が拓也に挑み、そして敗れ去るともう誰もタクに勝負を挑まなくなった。誰もが「タクには勝てない」と無言ながらに理解した瞬間であった。

 そして『ピカピカ団』が優勢のまま時間が過ぎ、最後のひとりの攻撃が終わったところで決着はついた。




「勝ったーーーーーっ!!! 優勝だよ、木下君っ!!!!」


 美穂は思わず座っている拓也に抱き着いて喜びを表した。


「わっ、す、涼風さん!?」


 驚く拓也。美穂は拓也を抱きしめたまま小さな声で言う。



「良かった……、本当に勝てて良かった……」


 前回予選で敗退した相手。リベンジ、そして念願の優勝を勝ち取り感極まる美穂。拓也も美穂に抱き着かれ、そして優勝を成し遂げ心は満たされつつあった。


 そして同時に思った。




 ――あ、終わったんだ……



 拓也の心に何か大きな穴がぽっかり空いたような感覚が込み上げた。

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