21.そう彼女が教えてくれた

 ――学校はつまらない



 拓也は朝登校して来て、自分のげた箱にごみが入れられていることに気付いた。


(またか……)


 拓也は無言でそれを取り出し近くのごみ箱へと捨てる。小学校、中学校でいじめられた経験のある拓也は再び起こっている嫌がらせに心がドンと重くなる。




 バン!!


「痛っ!」


 体育の授業中、バスケをやっていた拓也に不意に強いボールがぶつけられた。ボールを投げた本人、足立龍二が少し離れた場所から大きな声で言う。



「悪い悪い、木下!! わざとじゃないんだ、わざとじゃなっ!!」


 龍二の明るい笑い声に、皆が笑う。



 ――学校はつまらない


 拓也はボールをぶつけられて痛む腕を、ひとり黙って手で押さえた。



 最近、拓也の机や身の回りにごみなどが置かれることが何度かあった。まだ酷くはないが確実に悪意を持った「嫌がらせ」である。


(高校にもなって……)


 拓也はそのボールをぶつけて来たコート内の陽キャを見て思った。





 翌朝、所用で朝早く登校して来た美穂は、隣の拓也の机を見て声を上げた。


「何これ……?」


 机やイスにごみが置かれている。



(どういうこと? 誰がやったの……?)


 美穂はひとり拓也の机に置かれたごみを片付け、布巾ふきんできれいに拭く。



「おはよ、美穂!」

「あ、おはよっ!」


 しばらくして登校して来た友達に返事をする美穂。そして教室に入って来た拓也の顔を見て元気に声を掛ける。



「おっは、木下君っ!!」


「ああ、おはよう……」


 気のせいか少し元気のない拓也。

 スマホゲーム『ワンダフルな世界で君と(通称ワンセカ)』のメインイベント『ギルド大戦争』本選まで2週間ちょっと。美穂はひとり下を向いて座る拓也を見て心配になった。




 数日過ぎた放課後、遅くまで学校に残っていた美穂は音を立てずに教室へと向かった。

 廊下の窓から差し込む夕日。少しずつ暗くなる校舎。美穂は少し開いたすりガラスの窓からそっと自分の教室を覗く。


(えっ、あれは!?)


 教室にひとりいた足立龍二は、手にした袋からゴミを取り出し笑みを浮かべながら拓也の机に置いていた。



(さあ、これでどうだ!! ふふふっ、ああ、清々しい……)


 龍二はゴミで埋まっていく拓也の机を見て恍惚の表情を浮かべる。




「龍二っ!! 何やってんの!!!」


 足立龍二は突然背後から響いた大きな声に体をビクンと震わせた。


「美穂……!?」


 絶対に誰も来ないはずの夕暮れの教室に、最も来て欲しくない人物の姿を見て龍二が震える。美穂が言う。



「それはどういう事なの? ちゃんとした理由がないなら、怒るわよっ!!!」


 既に怒りのオーラを出している美穂の声が静かな教室に響く。龍二は机の上のゴミを袋に戻しながら小さく答える。



「違うんだ、美穂。最近……、そう、最近木下の周りにゴミが多いだろ? だから俺が片付けて……」


「どうしてそんなこと知ってるの?」


 ベテラン刑事でなくとも分かる龍二の顔に現れた『嘘』と言う表情を見て、美穂が冷静に言った。



「木下君が、あなたに何をしたって言うの?」


 続けて発せられる美穂の強めの言葉に龍二の心臓が激しく鼓動する。

 そして脳裏に浮かぶ美穂と拓也が仲良くする姿。少し前まではずっと一緒にいて自分のどんなことでも肯定してくれた美穂。その美穂が今、自分に怒りの顔を向けている。



(美穂は、美穂は俺の様なイケメンで完璧な男がお似合いなんだ。それがなんであんな陰キャと仲良く……、もしかして、騙されてる? そうだ、美穂は何か騙されているに違いない!! 席が隣になったから何か吹き込まれたんだ。そうだ、そうに違いない。美穂は、美穂は今だって俺のことが……)



「美穂、お前はあいつに騙されているんだ」


「はあ?」


 思わぬ言葉に美穂の顔が歪む。



「あいつの隣になって何か吹き込まれたんだろ? ありもしない噓やデマを。騙されてるんだよ。美穂は俺のような男が似合うんだ。美穂だって俺のことが……」



「バッカじゃないの」


「は?」


 美穂は呆れた顔をして言った。



「龍二、あなたはいい人だったわ。だからこれまで友達として一緒に居たし、楽しくさせて貰ったわ。でもね」


 美穂は黙って聞く龍二のを見て言う。



「それが今あなたがやっていることの理由にはならないわ。それに、そんな訳分からないされていたなんて驚きだわ。はっきり言うね、バッカじゃないの!!」


「み、美穂……?」


 龍二は全く予想していなかった美穂の怒声に体が動かなくなり黙り込む。美穂が続ける。



「ほんと見損なったわ。最低よ、あなた」


 龍二は持っていた小さな袋を強く握りしめて言う。



「違うんだ、違うんだよ。くそっ!! そ、そのうち分かるはずだ!!」


 龍二はそう言うと走って教室を出て行った。



(本当に最低。どうしてこんなことするのよ……)


 美穂はゴミが置かれた拓也の机を見て心から悲しくなった。





 ――学校はつまらない


 拓也は朝、自分の机を見て何も異常がないことに安心した。



「おっは、木下君っ!!」


「お、おはよう。涼風さん……」


 いつも通り笑顔の美穂が拓也に挨拶をする。美穂が拓也の顔を覗き込むようにして言う。



「ねえ、木下君?」


「……はい?」


「美味しいスイーツのお店があるんだけど、一緒に行ってくれない?」


「は?」


 驚く拓也に美穂が言う。



の相談したいし」


 あれ、とはもちろん『ワンセカ』のことである。拓也が答える。


「うん、分かった……」


 少し顔を赤らめながら拓也が下を向いて小さく答える。



 ――学校はつまらない、でも……


 拓也は隣で笑顔の美穂を見て思う。



 ――楽しいことだってある


 そう彼女が教えてくれた。

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