16.一緒に子育て!?

 数日前。


「もしもし? 拓也だけど……」


 拓也は少し離れた場所に住む年上の従姉いとこに電話を掛けた。



「あら、拓ちゃん。どうしたの?」


 従姉は少し離れた場所に住む年上の女性。数年前に結婚し、昨年子供が生まれたばかりであった。拓也が言う。



「いや、もうすぐ誕生日でしょ。何か欲しい物はないかなって」


 この従姉の女性に拓也は子供の頃からとても可愛がられており、家も近いこともあってよく遊んで貰っていた。高校生になった今でも連絡を取っている。

 拓也の父親も自分が不在の際に何かあれば従姉に頼るよう拓也に伝えてあった。従姉が答える。



「何言ってるの。高校生の子供に貰いたいものなんてないわ」


 従姉は笑いながら話す。後ろでは赤ちゃんの泣く声が響く。続けて言う。


「でも気持ちは嬉しいわ。もし何か欲しいものがあったら連絡するよ。じゃあね」


「ああ、高校生のだから、高いものは買えないぞ」


「うふふっ」


 そう笑って従姉は電話を切った。






(ん? メールが来てる?)


 ダンスの練習を終え美穂を駅に送った後、スマホに届いていたメールを見て拓也は驚いた。従姉から届いていたメールを再度読み返す。



『欲しいものあったよ~。、旦那とふたりだけの時間が欲しい!! と言う訳で、今度の日曜日、赤ちゃん預けるんで一日面倒よろしくね!!』


 メールを読んだ拓也はしばらく動けなくなった。そしてしばらく考え悩んだ後、拓也は美穂にメッセージを打った。



『ごめん、助けて。SOS……』



 自宅に帰ってメッセージを見た美穂がすぐに返事を打つ。


『なになに? どうしたの?』


 拓也が返事を返す。



『一緒に、赤ちゃんの面倒を見て欲しい……』


 しばらく間を置いて美穂の返信が届く。



『え、赤ちゃん? 私、まだ妊娠してないよ!』


 返って来た返事を読み、拓也が固まる。そして直ぐに美穂に電話を掛けた。



「もしもし、木下だけど。あの、そういう意味じゃなくて……」


「そういう意味じゃない? ……まあ私が行っても全く手を出そうとしないもんね」



「ん? なんか言った?」


「ううん。何でもないよ。で、どういうことなのかな、ちゃんと説明して」


「ああ、実は……」


 拓也は従姉から一日限定で赤ちゃんを預かることを美穂に告げた。料理が得意な美穂。情けないとは思いながらも頼らざるを得なかった。話を聞いた美穂が言う。



「なーるほどね。そう言う訳か。木下君の子供かと思ってちょっと焦ったよ」


 そんな訳ないだろ、と思いつつも黙って美穂の話を聞く。



「で、それは『団長命令』なのかな?」


「うっ、それは……」


 団長命令な訳がない。

『ワンセカ』とは関係のない、完全な個人的依頼。黙って返事を待つ美穂。拓也が小さな声で言う。



「団長命令、じゃないと無理かな?」


「え~、どうしよう」


 声色から完全に楽しんでいるのが分かる。しかし拓也にそんな美穂を攻略することはできなかった。



「木下拓也としてお願いする! 頼む、力を貸してっ!!」


 拓也なりに覚悟を決めた言葉であった。

 木下拓也個人としてお願いする。団長命令と言えば恐らく手伝ってくれるだろうと思うけど、何故かそれをしたいとは思えなかった。



「いいよ」


「え?」


 意外にもあっさりとした答えが返って来た。


「いいよ、貸し、ね!」


「あ、ああ、ありがとう……」


 拓也はほんの少しだけ自分が認められた感じがして嬉しくなった。






「うっひゃあ~、可愛いーーーーっ!!!」


 日曜日、約束通り部屋にやって来た美穂は、拓也のマンションで眠る赤ちゃんを見て大きな声を上げた。

 ベージュのダウンコートにマフラー、そして冬だと言うのにデニムの短めのショートパンツからは白い生足がよく映える。制服とはまた違った美穂に少し緊張しつつ、拓也が申し訳なさそうに言う。



「涼風さん、本当にありがとう。助かるよ……」


 拓也は正直どう扱っていいのか分からないこの小さな生物を前に、助けに来てくれた美穂に深々と頭を下げた。美穂が言う。



「いいって。私、赤ちゃん大好きだしっ!!」


 そう言ってベビーベッドですやすやと眠る赤ん坊の顔をまじまじと見つめる。



「うわー、ほんと、つんつんだねえ。マジ、赤ちゃん肌!!」


 美穂は眠る赤ん坊のはち切れんばかりのほっぺを指でつついて言う。それから手で赤ん坊の肌を触る。



「きめ細かっ!! 負けたわ、こりゃ」


 拓也には一体何の勝負をしているのかよく理解できなかったが、美穂が子供好きなのを感じとりあえず安心した。



「じゃあ、準備するね」


「え?」


 そう言うと美穂は家から持ってきたかばんの中から何やら食材を取り出して台所に向かう。



「な、何をするの?」


 驚く拓也が尋ねる。美穂は髪を後ろで結びながら拓也に笑って答える。


「何って、離乳食よ。電話で言ってたでしょ?」


「ああ……」


 拓也は美穂に聞かれてちょうど離乳食の時期だと伝えたことを思い出す。美穂はダウンコートとマフラーを脱ぎ、すぐに準備に取り掛かる。



「凄い……、涼風さんって、何でもできるんだ……」


 手際よく離乳食を作る美穂を見て拓也が感嘆の声を上げる。米と野菜をどろどろにすり潰したものにしょう油や塩で少しだけ味を付けて行く。

 従姉は拓也の為にインスタントのレンジで温めるだけの離乳食を置いて行ったが、そんなものまったく必要なさそうである。



「何でもできないよ。これでもちゃんと勉強してきたんだから」


「そうなんだ、ありがとう……」


 台所の椅子に座り美穂が作る姿を眺める拓也。

 なんだかとても贅沢な時間を過ごしているような気持になった。




「ううううっ、うぎゃああぁ」


 そんな時間に終わりを告げるように赤ちゃんが泣き始めた。



「あああ、よしよし……」


 慌てて赤ちゃんを抱き上げる拓也。必死にあやすがそれでも泣き止まない。



「おむつ、大丈夫?」


 離乳食を作りながら美穂が拓也に言う。


「あ、ああ。ちょっと湿っぽい……」


「すぐに換えてあげて!」


「あ、はい!」


 拓也は美穂に言われるままにおむつの交換をする。従姉に教えては貰ったが、初めての経験に四苦八苦しながらようやく交換し終える。



「うぎゃああ、うぐっ、うぐっ……」


 それでも泣き止まない赤ちゃん。

 拓也が悪戦苦闘していると、離乳食を作り終えた美穂がやって来て赤ちゃんを抱いた。



「うそ……」


 美穂に抱かれた途端、静かになる赤ちゃん。まるで魔法に掛けられたかのように笑みを浮かべる。



(綺麗……)


 赤ちゃんを抱いた彼女がとても美しく目を奪われる。美穂だって初めてのはずなのに、この自分との差は何だろうかと拓也は思う。



「可愛いね」


「う、うん……」


 拓也は素直に言った。

 それは美穂に抱かれた赤ちゃんであり、そしてそれを抱く美穂に対してもだった。




「ねえ、明日、また来ていい?」


「えっ、あ、うん……」


 美穂は赤ちゃんを抱きながら笑って言った。



「どうしてって、顔してる」


 間違いなくそうであった拓也は黙って美穂を見つめる。


「来週から『ギルド大戦争』の予選でしょ? 作戦練るんでしょ、団長」


「あっ……」


 拓也は美穂に見惚れてすっかり間もなく始まる大事なギルドイベントを忘れてしまっていた。

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