15.ふたりだけの秘密訓練。
幼馴染みの玲子に連れられて来たファミレス。
そこでテーブルの上に置いた拓也のスマホに
『ミホン:やっほー、団長! 今どこ? 何してるの?』
玲子とは付き合ってもいないし隠す必要もない。しかし咄嗟にスマホを隠した拓也を見て玲子が言った。
「ミホンって誰? 話してくれるまで帰さないから」
拓也はどうしてスマホを隠したのか自分自身理解できなかった。
そして美穂からのメッセージ。ただの友達にしては仲が良すぎる。美穂からすれば皆に対して同じように振舞うのだが、今の拓也にそんなことを考えている余裕はなかった。
「いや、友達。ただの友達だよ……」
自信の無さがその小さな声に現れている。玲子がテーブルに肘をついて言う。
「へえ、ただの友達に、そんな呼び方するんだ」
(うっ……)
言われてみれば『ミホン』なんて名前をただの友達にするはずがない。ましてやSNSの登録まで。しかもその相手は自分のことを『団長』と呼んでいる。これを他人が見て、ただの友達と言われて納得する方がおかしい。
拓也と玲子の間の緊張した空気を感じたのか、通り過ぎるファミレスの店員がちらりとふたりを見ながら横を過ぎて行く。
「実は……」
冷静になれば恋人でもない玲子に、美穂のことを話す必要はない。
しかし女性との付き合い方、話の仕方すら経験の薄い拓也には、目の前の美少女に問い詰められれば一方的に白旗を上げるしかなかった。
「そう……、部屋に上がったんだ……」
玲子はそう小さく言うとその話はもうやめて、その後はひたすら子供の頃の話を一方的に続けた。
「おつ~、木下君っ! ねえ、昨日はどうしたのかな?」
翌朝、登校してきた美穂は隣に座る拓也を見て元気に声を掛けた。その後でメッセージに返信しなかった拓也を、少しだけ真面目な顔をして見る。
(返信、できなかった……)
拓也は玲子と別れてから部屋に戻っても美穂のメッセージをただ見つめるだけで返答ができなかった。何故か悲しそうな表情をする玲子の顔を思い出し、関係ないとは思いつつもそのままにしてしまっていた。
「ごめん、返事できなくて。何でもない、気にしないで……」
「いやいや、そんな暗い顔して言われて気にしない方が変でしょ?」
美穂が苦笑して言う。
前を向き、無言で頷くだけの拓也。美穂は拓也の方に体を向けて言う。
「それよりもさあ、ダンスの練習しようよ」
「ダンス? ああ……」
拓也は美穂に言われてクラスのダンス大会代表になっていることを思い出す。
「練習しなきゃ、大恥かいちゃうよ!」
(確かにそうだ……)
ただでさえ目立ちたくないのに、学年一の美少女を連れて無様な姿を晒したらそれこそ大恥である。拓也が尋ねる。
「練習は必要だな。で、場所はどこで?」
その言葉に美穂がにっこりと笑って拓也を指差す。
「は?」
美穂は笑顔のまま。
(お、俺の家ってこと……!?)
美穂はあえて拓也の家に行くことを口にはしなかった。美穂なりの気遣いであるが拓也は気付かない。
「い、いや、ちょっとそれは……」
「じゃあ、どこでする? 体育館?」
(うっ……)
人の多い体育館。放課後はクラブ活動などで人が多くなる。
(放課後の体育館は、確かに避けたい……)
拓也は皆が見つめる中、美穂と全くできないダンスをする自分を想像する。
「分かった……、でもいいの?
「ん? いいのって、何が?」
【俺の家でダンスの練習をすること】、とは周りの耳があるので声に出せない。拓也は直ぐにスマホを取り出し『デスコ』を立ち上げ文字を打ち込む。
『俺の部屋でやるってことだよ!』
同じくスマホを取り出した美穂がそのメッセージを見てクスッと笑って打ち返す。
『木下君の部屋で、何をやるのかな~? なんか、エッチ』
(うっ!! そ、そうなるのか!? た、確かに文字で見るとそう捉えられても……)
「わ、分かった。それでいい。そっちの意味じゃなくて、あっちの意味で」
「木下君」
「な、なんだよ」
美穂は笑いを堪えながら言った。
「何言ってるのか分かんな~い!」
(こ、この女!!)
拓也は笑う美穂を見てもう怒る気や、それ以上何かを言う気はなくなってしまった。
「お邪魔しま~す!」
美穂はもう慣れた感じで拓也のマンションに入る。そして慣れた感じで拓也の部屋に入ると電気をつける。拓也は再び自室にやって来た美少女を見てやはり強い違和感を感じる。
「今日はきれいに片付いてるじゃん」
そう言って美穂は拓也のベッドに座る。
(うっ、な、なんだ、この胸を打つような衝撃は……)
拓也は今朝自分が寝ていたベッドに美少女の美穂が座っていること、そして制服の短いスカートから出る白い生足を見てどうしたらいいのか分からなくなる。美穂が言う。
「さて、練習はこの部屋でいいかな? そう言えばこの床、ドンドンしても大丈夫なの?」
「ドンドン? ああ、床なら大丈夫。防音仕様になってるから」
「へえ~」
美穂はそう言うとベッドから立ち上がり、床の上で数回跳ねてみる。
(うっ!! な、何てまぶしい光景!!)
美穂が跳ねる度にそれに合わせて舞い上がる制服の短いスカート。男である拓也はどうしてもそこに目が行ってしまう。
「さて、じゃあ練習しようか」
その視線に気づいているのかいないのか。
美穂はすました顔でタブレットの練習用の動画を再生するとダンスの練習を始めた。
(ち、ち、近いっ!!!!)
拓也は美穂の真正面に立ち、そっとその細い肩に手をかける。
初めて触れる美穂の肩。その細くて少し力を入れれば壊れそうな小さな肩に拓也は驚いた。
(いい香りだ……)
タブレットの動画にあわせてテンポよく動く美穂。その度に拓也を美穂の香りが包み込む。
「木下君っ!! もっと足、足動かして!!」
「はいっ!!」
美穂の大きな声で我に返る拓也。興味がないだけで拓也自身それほど運動神経は悪くない。それでも拓也は軽やかに舞う美穂のダンスに四苦八苦しながら合わせた。
「お疲れ。思っていたよりずっと上手だったよ!」
一通り練習した後、美穂は拓也に渡されたスポーツドリンクを飲みながら言った。部屋は寒かったが、一緒に踊ったお陰で体はポカポカと温かい。拓也は素直に美穂に礼を言った。
「ありがとう、涼風さん。ちょっとはやれる気がして来た」
「うんうん、いいよ。楽しみだね」
美穂はスポーツドリンクを飲みながら少し暑くなった髪をかき上げる。
「さあ、そろそろ帰るね」
「ああ、送るよ」
美穂は拓也を少し見つめてから言った。
「うん、じゃあ駅までお願いしようかな」
拓也は大きく頷いて応えた。
「じゃあね~、また練習しようね!!」
拓也は笑顔で手を振る美穂に、同じ様にして手を振って応えた。
周りは仕事帰りのサラリーマンや、部活で遅くなった学生達が通り過ぎる。皆、ひと際目立つ美少女の美穂をちらりと見て過ぎて行く。
拓也はひとり帰って行く美穂の背を見て少しだけ寂しい感覚に襲われた。
(そんなことはない。変な勘違いは、やめるんだ……)
陰キャの俺に春など来ない。有り得ない、あってはいけない。
拓也はいつしかそんなふうに思い込むようになっていた。
(さて、帰ろっか)
拓也は自宅マンションに向けて歩き出す。
そして何気にジャケットに入れたスマホを取り出し眺める。そこに一通のメールが届いていることに気付いた。
そしてそのメールを読んだ拓也はしばらくそこから動けなくなってしまった。
ティロリ~ン
家に帰宅した美穂は、スマホに届いていた拓也からのメッセージに気付き読み始める。
『ごめん、助けて。SOS……』
美穂はしばらくそのメッセージを見つめてから、急ぎ返事を打ち返した。
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