第三章「君と一緒なら」

17.ミホンと一緒に!!

「お邪魔~!!」


 美穂は慣れた感じで拓也のマンションにやって来た。ダンスの練習に、『ギルド大戦争』の打ち合わせ。ここ最近よく拓也の部屋にやって来る美穂は、まるで「通い妻」のようであった。



「あー、のど乾いた」


 そう言って勝手に冷蔵庫を開け、自分で勝っておいた紙パックの紅茶をグラスに入れ飲み始める。随分慣れてきたとはいえ、改めて美少女が自分の家の冷蔵庫を使っている光景に拓也は戸惑う。



「やっぱり減っちゃったね」


「うん……」


 美穂はキッチンの椅子に座るとスマホを取り出し、『ワンダフルな世界で君と(通称ワンセカ)』を立ち上げて言った。


「仕方ないよ。リアルを束縛されるのを嫌がる人は多いからね」



 中級ギルド『ピカピカ団』は先日、正式に軍師制を採用し、外部連絡ツール『デスコ』を導入した。

 基本、ギルド大戦争の指揮は団長のタクが行い、その指示をデスコを使って行う。多くの団員がその意味を理解し納得してくれたが、やはりリアルを優先したいとの理由でそれなりの数の団員が退団した。



「でも、新しく来てくれたメンバーもなかなかだよ」


 美穂のリア友であるとどろき良明よしあきこと傭兵のヨッシー。また彼が声を掛けて誘ってくれた傭兵仲間が数名。

 副団長ミホンは独自にSNSで団員を募集。すぐに『ランカーのタクが動いた』との情報が広がり、決して少なくない猛者達がタクの元へと集まって来た。



「凄いメンバーだよね……」


 拓也も新生『ピカピカ団』の団員一覧を眺める。

 これまで上位で対戦したことのあるプレイヤーはもちろん、個人成績で拓也を上回る猛者まで来てくれている。拓也はそんなメンバーを見てぶるっと体が震えた。



「うん、頼もしい人達が来てくれたね。これなら上目指せるよ!!」


「あ、ああ……」


 拓也はそう思いつつも、これだけの個性ある面々を指揮しなきゃいけないと言う重圧感に既に押し潰されそうになっていた。

『ギルド大戦争』はワンセカでも最も重要なイベント。その大切なイベントを自分のせいで失敗させたくない。拓也の肩に重圧がのし掛かる。



「大丈夫だよっ!! そんな顔しなくてもっ!!」


 そんな拓也の気持ちを知ってか美穂が拓也の背中をバンバン叩く。陽キャ特有のスキンシップだが、なぜか拓也はこれまでほど嫌な感じはしない。



(俺の中で、彼女の存在がどんどん大きくなっている……)


 拓也は今はっきりと口には出せないその気持ちを感じていた。




「ん、あれって木下君の体操服?」


 美穂は部屋の隅に置かれた拓也の体操服を指差して言った。長ズボンの膝の部分が少し破れている。新しいのを買うかこのまま使うか、少し悩んでいたところだった。



「破れてるじゃん、ちょっと見せて」


「え、あっ、おい……」


 美穂はそう言うと拓也のズボンを手に取り、破れた箇所を裏返したりして見つめる。



「裁縫道具ってある? 直してあげる」


「ええっ? い、いいよ……」


 拓也はなぜか恥ずかしくなってそれを断る。美穂はズボンを見つめたまま言う。



「早く持ってきて」


「は、はい……」


 拓也は急いで中学の頃に使っていた裁縫道具を押入れから引っ張り出して美穂に渡す。



「ちょっと待ってね」


 そう言うと美穂は料理同様、手慣れた手つきで縫い始める。そのさまになる姿を見て拓也が思う。


(本当に何でもできるんだ。凄い……)


 そしてあっという間に直し終えた美穂がズボンを拓也に渡す。きれいに縫われており見た目では分からない。



「ありがとう。でもどうして……?」


 裁縫道具を片付けながら美穂が不思議そうな顔で答える。


「どうしてって、部屋にゴミが落ちていたら拾って捨てるでしょ? それと同じだよ」


「ゴミ……?」


 拓也は美穂の言っている意味が良く分からなかったが、裁縫はゴミを拾うよりもずっと難しいことだけは理解できた。




「あれ、また入団申請来てる」


 改めて『ギルド大戦争』の作戦を練っていた拓也と美穂。スマホを見た拓也が言った。美穂のSNSでの宣伝効果、そして良明ことヨッシーが色々な人に声を掛けてくれた成果が数となって表れる。



「うわあ、本当だ。もうすぐ満員御礼だね!!」


 間もなく団員が上限へ達しようとしていた。今は間違いなく『ピカピカ団』史上最強のメンバー。拓也は何度も見たことがあるプレイヤー名が団員一覧にあることに今更ながら緊張する。美穂が言う。



「団長ももうちょっと団員に声かけた方がいいんじゃない? 来週から予選が始まるし、新しく来た人を含めて今後どういったやり方で進めるのかとかちゃんと説明もした方がいいと思うし」


「う、うん……」


 それは理解していた。

 団員すべての戦力を把握し、対処できるパテを想定し作成、団員の役割を決めながら敵に当たる。それを皆に説明し協力をして貰わなければならないのだが、まるで手を付けられない夏休みの宿題のように気持ちに踏ん切りがつかなかった。



(怖い。みんながどんな反応をするのか。好意的に受け入れてくれるのか、そうじゃなければ……)




「団長、大丈夫だよ。副団長わたしと一緒に考えよ」



(えっ?)


 美穂はそんな拓也を見通したかのようにテーブルの椅子に座ってこちらを見つめながら言った。



(まるで心を読まれているようだ……、いや、これか彼女の持つ陽キャパワーなのか……)


 高レベルの陽キャは、周りへの配慮も凄い。人の気持ちを察する力と言うか、人をというか。拓也は確実にその崩れそうな心を美穂にしっかりと支えられているような気がした。



「作戦を話すね。意見があったら教えて欲しい」


 拓也は静かに『ギルド大戦争』の戦略を話し始めた。美穂は終始真面目にそれを聞き、団長タクと共に方針を練った。

 そしてふたりはしっかりと話し合った後、拓也タクが『デスコ』の団員達に向けて書き込みをした。



『来週から始まるギルド大戦争の予選に向けて作戦を練りたいと思います。まずは団の戦力を把握したいので、可能な方はパテと持ちキャラを張り付けてくれませんか。よろしくお願いします!』



『ピカピカ団』の団長として拓也タクが初めて皆の前に立った瞬間であった。

 そしてここから副団長ミホンと一緒に頂点に立つまでの、大変でも最高の思い出となる戦いの幕開けとなった。

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