13.美少女とダンスだと!?

 外部連絡ツール『デスコ』のとある傭兵掲示板にひとつの書き込みがされた。


『竜神団の団長ジリュウです。次のギルド大戦争に向けて精鋭のみを集めて新ギルドを結成しました。まだ人手が少し足りません。これから声を掛けさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願いします!!』


『ワンセカ』の世界でもランカーと呼ばれる最強のプレイヤー達。その一角を担うジリュウの新ギルド結成に掲示板が揺れた。






「だから知らないって言ってるだろ!!!」


「嘘つかないで!! もういい加減にしてっ!!!」


 美穂は自宅で弟の為に料理を作りながら家中に響く両親の喧嘩の声に耳を塞いだ。台所の椅子に座る幼い弟も眉間に皺を寄せて暗い顔をしている。美穂は手際よくオムライスを作ると弟の前に置いた。



「さあ、食べて」


 学校や外では明るい美穂も、どうしてもこの場所では顔が曇る。陽キャのパワーをもってしてもこの状況だけは変えることはできなかった。


「いただきます……」


 厳しくしつけられた弟が小さな手を合わせてから食べ始める。

 しかしそこに笑顔はない。父親が怒鳴り、母親が涙交じりの声を上げる。こんな状況で笑って食事できる子供などいるはずがない。

 黙って食べる弟。美穂は我慢していたが弟を見ると目頭が熱くなる。



(木下君みたいに、嬉しそうに食べられるようになって欲しい……)


 美穂は不憫な弟を見ながら拓也の家で作ったオムライスを思い出した。






「えー、それでは年度祭ねんどさいのメインイベントの『ダンス大会』に向けた人選を行いたいと思います」


 拓也のクラスではHRの時間に年度祭の打ち合わせが行われていた。

 年度祭とは陽華高校独自のイベントで、学年末テストの後に行われる卒業、進級前に行われる祭りを指す。中でも各クラスから男女ペアで選出されるダンス大会は一番の盛り上がりを見せるメインイベントだ。


 一通り祭りの担当が決まった後で、クラス委員がダンス大会の人選に向けて皆に言う。



「人選は推薦の後、多数決で決めたいと思います。では推薦、あ、立候補でもいいですよ。やりたい人はいますか?」


 クラス委員の声にすぐ数名が反応する。



「女子は涼風さんがいいと思います!!」

「あ、それ賛成っ!!」


 すぐにクラスの間から上がる美穂推薦の声。拓也の隣に座った美穂が小声で言う。



「うそ、まじ……?」


 拓也は陽キャでも戸惑うことがあるんだなと不思議な気持ちになっていた。

 圧倒的な賛成の声を聞いてクラス委員が皆に言う。



「じゃあ、女子は涼風さんで決定します」


 クラスから上がる歓声と拍手。学年一の美少女なのでダンス大会でも絶対に他のクラスに引けを取らない。そして直ぐに美穂の相手役になる男子の選出に話題が移った。



「俺、やります!!」


 すぐにひとりの男の手が上がった。

 美穂の友達で陽キャ高身長のイケメン足立龍二である。クラスは一瞬静かになるが、その静寂はまるでふたりを認めているような雰囲気となる。しかしそれを破ってひとりの男の手が上がった。



「僕も立候補します!!」


 手を上げたのは龍二と並ぶクラスのイケメン男子。陽キャではないが、物静かなタイプのイケメンで、一部女子からの熱い支持を受けている。クラス委員が皆に尋ねる。



「他に立候補者はいないですか?」


 拓也はその声を聞き、全く自分とは関係のない話とは言え意味も分からず罪悪感を感じ始める。下を向く拓也。美穂はつまらなそうに髪をいじる。


「では、男子は投票にします」


 クラス委員はそう言うと皆に小さな紙を配り始める。男子の代表を選びその名前を記入する為だ。拓也は渡された小さな紙を見てようやく自分とは関係のない話だと安心することができた。



「えー、では投票の結果ですが……」


 クラス委員は黒板に書かれたふたりの男子の名前に票数を書き始める。



「うそお、マジで!!」

「うわ〜」


 それを見たクラスから驚きの声が上がる。


「同数、でしたね……」


 両者とも全く同じ数となっていた。これだけ数がいるクラス。数枚の白票を除き、それ以外が綺麗に半分に分かれたのだ。

 それと同時に書かれた『木下拓也』の名前。投票に無いはずなのに誰かが一票入れたようだ。あえて誰も触れないその件に拓也ひとりが脂汗を流した。


(な、なんで俺の名前が……!?)



「俺が出ます!! 先に手を上げたんだし」


 拓也が焦って黒板を見つめていると、龍二が立ち上がって皆に向かって大きな声で言った。対する相手のイケメンも立ってそれに答える。


「先とか後とか関係ない。もっときちんとした方法で選出されるべきだ!」


 全く引く気がない両者。ふたりは立ったまま自分の素晴らしさや相手の上げ足を取るような発言をし始める。



「ちょ、ちょっとふたりとも落ち着いて……」


 クラス委員が声を掛けるがふたりとも頭に血が上って聞く耳持たない。クラス中がふたりのバトルに熱くなる中、そのが机を叩いて立ち上がった。



 バン!!


「ケンカしないで!!」


 それは女子代表で選ばれた美穂であった。

 美穂は少し怒ったような顔で皆に言った。



「くだらないことでケンカしないでよっ!! そんなに揉めるなら私が自分で相手を選ぶわ!!」


「え、ちょっと、涼風さん……」


 戸惑うクラス委員。それを無視して美穂が言う。



「私、木下君と踊る。票入ってたし。でなきゃ辞退する!!」


 美穂は腰に両手を当てて皆に大声で言う。

 とりあえずは自分とは関係のない話でクラスが盛り上がっていたため全く聞いていなかった拓也。突然出た自分の名前に一瞬驚く。そして少し間を置いてその意味を理解し、棍棒で頭を殴られたような衝撃を受けた。



(え、えええええええっ!!?? な、何を言って、ええ、そ、そんなこと……)


「ちょ、ちょっと何言ってんだよ……」


 拓也はようやく状況を理解し、隣で立つ美穂に小さな声で言った。



「何って、最善の解決策」


「いやいや、意味分からないんだけど……」


 騒めくクラスの中、黙って見ていた担任が初めて声を上げた。



「いいんじゃないか、涼風と木下で。お前ら、喧嘩して決められないんじゃ、涼風の意見に従うしかないだろう?」


 それを聞き真っ青になる拓也。



(いやいやいや、なんで全く踊りたくない人が選出されるわけ? 踊りたい奴が踊ればいいじゃん。なんで、俺が……)


 陰キャにとってそれは死刑判決を宣告されたも同然の言葉。

 しかし担任の声でクラスの大半がそれに従う雰囲気となっている。イケメンふたりもの美穂に拒否された挙句、担任の拓也を肯定する言葉を聞いて戦意喪失。うつむきながら大人しく椅子に座り込んだ。



「じゃあ、ダンス大会の代表は涼風さんと木下君で決まりです!!」


 クラスからはパラパラと拍手が起きる。美少女陽キャの美穂は順当としても、全く目立たない地味な拓也が選ばれたことに微妙な反応が起きる。

 対照的に美穂は笑顔でそれに応え、隣に座った拓也に獲物を狩るような目つきで言った。



「良かったね、木下君っ。が入れた票が通ったよ。これから毎日一緒に練習だね!!」


「あ、が、が……」


 拓也は開いたままの口で声にならない声を上げた。

 そして自分の頭では理解できない状況に、まるで感覚を無くした白昼夢を見ているような気持ちになった。

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