12.美少女が部屋にやって来た!?

「本当に来るのか……?」


 マンションに入る前、拓也は自分の部屋に来ると言う美穂に改めて尋ねた。


「本当にって、ここまで来て何言ってるの? ……っていうか、なんかラブホに入る前の会話みたいじゃん!!」


「ラ、ブホ……」


 全く想像もしていなかった言葉に拓也の顔は固まり汗が流れ始める。美穂が笑って言う。



「うふふっ、冗談よ! 何そんなに固くなってるの? 作戦練るんでしょ?」


「あ、ああ、そうだ。分かった……」


 拓也はこの陽キャにはどう足掻いても勝てないと心底認めた。

 オートロックを開けてマンションの入り口に入る。立派なエントランス。入った瞬間、外の冷たい風が止み暖かさを感じる。拓也はエレベーターのボタンを押し美穂とふたりで乗り込んだ。



(いい匂い……)


 美穂と触れるぐらい近くに立つ拓也。彼女が動く度に甘い香りが拓也を包む。美穂が尋ねる。



「そう言えば、家族の人はいるの?」


「母親はいない。父は海外出張でずっと不在だよ。帰って来るのも年に数日程度」


「へえ、そうだんだ。お兄さんは一緒なの?」


 拓也はその質問にさらりと答える。



「兄? 兄はいないよ。俺、ひとりっ子だから」


「え?」



「ん?」


 美穂が拓也を見て首を傾げる。



「お兄さん、この間車でったって、言ってたでしょ?」



(あ! ああああっ!!!)


 拓也は少し前に美穂と『事故った!?』と同時に口にした際に、咄嗟にいないはずの兄を出して誤魔化したことを思い出す。狭いエレベーターの中、美穂は下から見上げるように拓也を見て言う。



「あ~、そうなんだ。あれって、嘘だったんだ。そうなんだ、そうなんだ」


「ううっ……」


 美穂の言葉に何も言い返せなくなる拓也。嘘をついたのは悪いとは思うが、あの時あの場所ではそうするしかなかった。ただそんな拓也の理屈がこの陽キャに通じるとは、目の前の彼女を見てとても思えなかった。



「まあ、いいわ。ひとつ、ね」


 拓也は黙って下を向いてうな垂れた。






「どうぞ……」


 拓也は緊張しながら自宅マンションのドアを開ける。このドアを開けるのにこんなに緊張したのは初めてだろう。


「おっ邪魔しま~す!!」


 美穂は遠慮なしに大きな声を上げて中へ入る。



「うわ~、素敵じゃん!!」


 それなりに高給取りの父。住んでいるマンションもセンスが良いモダンなタイプ。台所と自室以外にはあまり行かない拓也なので、幸いどこもそれ程汚れても散らかってもいない。



「いい所に住んでんじゃん。お父さん、お金持ちっ?」


「いや、そんなことはないけど……」


 実際他の友達の家へなど遊びに行ったことのない拓也。そう言われてもピンとこない。



「で、木下君の部屋はどこなの?」


「ああ、こっちだよ……」


 拓也はそう言って案内しつつも、自分の家に女の子、しかも学年一の美少女が居ることに恐怖に似たような違和感を覚える。拓也が静かに自室のドアを開ける。



(うわ、しまった。窓閉めっぱなしだった!)


 朝、窓を開けずに学校へ行ってしまった拓也。扉を開けるとむわっと何やら独特のにおいがする。美穂がすぐに反応する。



「うん、意外ときれいに片付いているけど、男臭いねえ。きゃはっ!」


 美穂は鼻をつまむような仕草をしながらずかずかと部屋に入って行く。物が少なく、それほど散らかってはいないが、初めて女の子を部屋に入れた拓也は心臓が飛び出すのではないかと言うほど緊張していた。



「ねえ、どっかにえっちな本とかないの?」


「は、はあ!?」


 美穂はそう言って遠慮なしにベッドの布団をめくる。慌てて拓也が言う。



「ない、ない!! そこにはっ!!!」


「そこに?」


 拓也の背中に汗が流れる。



「いいから座って!!」


「は~い」


 美穂と居ると必ず主導権は彼女に持って行かれる。これが陽キャ。人を容赦なしに巻き込む陽パワーなのだ。大人しく座った美穂はきょろきょろと周りを見渡す。



「もっとなんか色んなポスターとか張ってあると思った」


「ポスター? アニメとかの?」


「うん、それもそうだし、女の裸とか」


「な、ないわ、そんなのっ!!」



「え~、興味の?」


「い、いや、それはそんなことは……」


「ふふふっ、あるんだ。えっち!」


「も、もういいって!!」


 拓也は顔を赤くして下を向いて言う。




 トゥルルル……


 そこへ美穂のスマホからメロディが流れて来た。スマホを取り出して拓也を見て言う。



「ちょっとごめんね」


 そう言うと美穂はスマホで話始める。



「……ええ、はい。はい、分かりました。日曜の13時ですね、はい」


 美穂は真面目な顔をして誰かと話をする。拓也はその間に見られちゃまずい物がないか部屋を見回す。アニメのフィギュアなどは数体あるがとりあえず大丈夫そうだ。電話を切り終えた美穂が言う。



「ごめんね。バイトの連絡が入っちゃった」


「バイト?」


 拓也は美穂がバイトの範囲で課金をしていると言う話を思い出した。美穂が言う。



「うん、読モだから、急に仕事が入ることがあって」


「読モ、って、読者モデル……?」


「そうだよ、言ってなかったっけ」


「聞いていないし、まあ、そもそもそんな会話したことは無いし」


 学年一の美少女で陽キャ、しかも読者モデルとは一体どれだけ美少女道を極めているのだろうか、拓也は改めて美穂との人としてのステイタスの違いを見せつけられた感じがした。




「さあ、じゃあ早速作戦を練ろうよ!!」


 美穂はそう言って拓也に座るよう促す。


「そうだな」


 拓也も美穂がここに来た目的を思い出し、座り込んで『ワンセカ』の話を始めた。




「で、新しい陣形は実はこういう利点があって……、新キャラには実は昔のこのキャラとの相性が良くって……」


「さすが団長っ!!」


 緊張していた拓也もゲームの話になると人が変わったように饒舌になり、目の前にいる美少女もひとりの副団長として会話することができる。

 拓也から次々と出る『ギルド大戦争』攻略法。陣形やキャラの相性、装備品やアイテムの利用法などそこまで深く考えたことがなかった美穂は、とにかく拓也の考察の深さに驚いた。




「これなら本当に行けそうな感じがしてきた! 凄いよ、団長っ!!」


 一通り拓也の戦略を聞き終えた美穂が少し興奮した口調で言う。拓也もかなり深い話をしたつもりだったが、その話に遅れることなくついて来た美穂を改めて我が団の副団長だと認めた。



「まずは予選に向けて頑張ろうね!!」


「あ、ああ……」


 ひとり気合を入れる美穂に少しだけ戸惑う拓也。一気に話し終えて我に返ったのだが、やはり自分の部屋に女の子がいるという現実が未だ理解できない。



「ちょっと借りるね~」


(えっ!?)


 美穂はそう言うと拓也のを持って、自分のスマホの画面に押し付けた。



「うわっ!!! また出たっ!!! 団長、本当に凄いよおおおお!!!」


 見ると美穂のスマホに『激レアSSR!!』と表示されている。また拓也の指を使ってガチャを引いたようだ。驚きと緊張で顔を赤くした拓也に美穂が言う。



「本当に凄い指っ!! 切り取ってカバンの中に入れておきたいぐらいだよ!!」


「おいおい……」


 美少女のカバンとは言えそれは勘弁願いたい。しかしその冗談が拓也の緊張を程よくほぐしてくれた。



 ぐううう~


「あっ……」


 安心した拓也のお腹が鳴る。スマホを見ていた美穂がその音に気付いて顔を上げる。そして言った。



「団長、お腹空いたの?」


「あ、うん、まあ……」


 拓也も育ち盛りの高校生。学校から帰るとお腹が空く。何か適当に冷蔵庫を見てこようと思った拓也が立ち上がろうとすると、それより先に美穂がすっと立って言った。



「私、何か作るね」


「え?」


 驚く拓也。しかしそれ以上に立ち上がった美穂の制服のスカートから出た真っ白な太腿が目の前に現れ、目が釘付けになって体が固まる。美穂が言う。



「大丈夫。これでも料理得意なんだから。台所、借りるよ」


「あ、おい……」


 美穂はそう言うとすっとひとり台所に行く。そして冷蔵庫や適当な食材を見つけて何やら作り始める。

 リズムよく刻まれる包丁、フライパンから聞こえる油の音。後ろから見ていた拓也はその手際の良さに感動すら覚えてしまった。




「はい、どうぞ。余っていたご飯と卵があったんで」


 そう言って机の上に出されたのはケチャップの赤と卵の黄色が美しいオムライス。余り物で作ったにしては見事すぎる出来栄え。拓也が驚いて言う。



「お店みたい……」


「そんなことないよ~、こんなの誰だって作れるしー。でも嬉しいかな」


 拓也の言葉に素直に喜ぶ美穂。



「いいの、食べちゃって?」


 拓也が恐る恐る聞く。美穂が笑って答える。



「当然じゃん。って言うか、食べてくれなきゃ悲しいよ」


「そ、そうだよな」


 拓也がスプーンでオムライスをすくい口に入れる。



美味うまい……)


 見た目がこれほど美味しそうなのに不味いはずがない。美穂は何も言わずに拓也の顔だけで料理の出来栄えを感じ取った。



「ガチャのお礼よ。団長っ」


 美穂はがつがつと美味しそうに食べる拓也を見て嬉しそうにそう言った。

 拓也は生まれて初めての特別な時間を過ごした。

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