10.炸裂!!神引き拓也

「あはははっ、そうなんだ!」


 拓也と美穂は屋上でふたり、スマホゲーム『ワンダフルな世界で君と(通称ワンセカ)』について色々と話し合った。ゲームを始めたきっかけ、団長になったいきさつ、最近のキャラについて等々。

 拓也は周りの目がないせいか、少しだけ陽キャで学年一の美少女との距離を短く感じた。美穂が拓也に尋ねる。



「ねえ、団長。聞きたかったんだけどさあ……」


 初めて美穂の声のトーンが下がる。そんなことに気付かない拓也が言う。


「何を?」


 美穂が言う。



「団長っていつも最新のSSRキャラ揃えてるじゃん。一体、どれぐらい課金しているのかなと思って……」


 美穂は前を向きながら横目で少し拓也を見て言った。誰だって課金額はあまり話したくないし、知られたくないのが心情。しかし美穂は拓也の意外な言葉を聞いて驚いた。



「無課金だよ。課金はしたことはない」


「え? うそっ!?」


 美穂は拓也を見つめて心底驚いて言った。

 拓也ほど最新SSRキャラを揃えているプレイヤーで無課金と言うのはあり得ない。無課金ならば強烈な引きを持っているのだろうか、驚く美穂に拓也が言う。



「実はガチャの引きだけは良くて。無課金だけど、回せば大体欲しいキャラが出て来るんだ」


「マジで……?」


 これにはさすがの美穂も驚いた。

 美穂自身も陽キャのせいかどうか知らないがそれなりに引きはよく、課金もアルバイトの中で出せるぎりぎりの範囲で楽しんでいた。

 拓也はスマホを取り出すと『ワンセカ』を立ち上げて美穂に見せながら言った。


「見てて」


 そしてガチャを回す。

 特別なアイテムなど使っていない。イベントも何もない通常のガチャ。しかし拓也がボタンを押し、画面に表示された『超激レアSSR!!』と言う文字を見て美穂は目を点にした。



「うそ、凄い……」


 拓也がもう一度回すと再びSSRが出る。その頃には弁当の箸を持った美穂の手は完全に止まり口を開けて拓也を見つめていた。そして言う。



「凄いよ、凄い、凄いっ!!! 何これ!? 団長っ、凄いよーーーーっ!!!」


 美穂は目を輝かせて体全体で驚きを表す。拓也にとってみれば慣れたことでそれ程驚くことはないのだが、改めてこうして驚いて言われるとやはりこの引きは凄い事なんだと思えた。美穂が興奮気味に言う。



「そんな引きあるんだ!! 神だよ、神っ!!! 団長、ガチャの神だよ!!!」


「そんなことないよ。取柄はこれだけだし」


 美穂は自分のスマホを取り出し『ワンセカ』を立ち上げると拓也に渡した。



「ねえ、団長!! 私のガチャも回してよ!! ね、お願いっ!!」


 そう言って両手を合わせて拓也にお願いをする。拓也は戸惑いながらも渡されたスマホのガチャのボタンを押す。そして表示された画面を見て美穂が狂喜乱舞した。



『超激レアSSR!!!』



「う、うそおおおおおおお!!!! 出た、出たよおおおおお!!!!!」


 美穂は食べていた弁当箱を置くと飛び跳ねる様にして喜びを表現した。陽キャの美穂らしく、踊るようにくるくると回りながら喜んでいる。拓也はそれを見て思った。



(喜んでくれた。良かった。嬉しい……)


 初めて自分の行ったことでこんなにも人を喜ばせた気がする。興奮気味の美穂が再びやって来て拓也に言う。



「団長っ!! もう一回、お願い!!」


 そう言ってガチャのボタンを見せる美穂。拓也が押すと次も特別演出がされた。



『激レアSR!!』


 SSRではなかったが、サポート役で重宝する使い勝手の良いSR。美穂は持っていなかったキャラらしくこれでも大喜び。拓也の近くへやって来て、を握り締めて言った。



「ありがとっ、団長っ!!! これだけで十分。育てるの大変だし。ああ、凄いよ、本当に凄いよ、うちの団長。最高だよっ!!!」


 拓也は握られた柔らかい美穂の手を感じ、すべての思考回路が停止した。


 女の子の手。

 柔らかい肌。

 鼻孔をくすぐる甘い香り。


 全てが拓也にとっては初めてのことであった。



「……でね、団長。ん? 団長、聞いてる?」


 頭が真っ白になった拓也は美穂に呼ばれ我に返る。美穂が言う。



「次からは団長に引いて貰うね、ガチャ」


「え、あ、ああ……」


 拓也はいつの間にか美穂との間でそんな約束ができていることに驚いた。一方で、美穂とふたりで約束を持てたことに少しだけ嬉しさも感じた。

 ガチャの話が終わった後、話題は『ギルド大戦争』へと変わる。拓也が言う。




「いずれは『ピカピカ団』で優勝を狙いたい」


「うん、前にチャットで言ってたね」


「無謀に思う?」


「全然。目標があるのはいいことだよ!」


「うん」


 美穂は拓也の言葉を全面肯定した。美穂とて『ワンセカ』で上に登りたい気持ちはある。ただ中級ギルドの『ピカピカ団』では克服しなければならない点が幾つもあった。拓也が言う。




「ギルド戦で上に行くにはやっぱりが必要になると思う。そうなると今の自由な雰囲気を壊すことになるけど、どう思う?」


 美穂は真剣な顔をして答える。



「そうだね、優勝を目指すならやっぱ指揮は必要かな。でもそれを嫌がる団員も少なからずいると思うよ。でもそれは団長の気持ちひとつ」


「手伝って、くれる?」


 美穂は笑いながら拓也の背中をバンバン叩きながら言う。



「当たり前でしょ? 副団長が相談を受けて、どうして断れる? 一緒に目指そうよ!!」


「ありがと……」


 拓也は涙が出るほど嬉しかった。

 陰キャで何の取柄もない自分をこんなにも助けてくれる美穂。美少女とか陽キャとかそんなことは関係ない。ひとりの人間としてその言葉が嬉しかった。



「指揮は俺が執るよ」


「大丈夫なの?」


「うん、多分」



『ギルド大戦争』はギルド同士の戦略が重要なイベント。陣形やキャラの相性など様々な要素が絡み合って勝負が決まる。

 拓也は時間があれば戦術の勉強を行い、そしてSNS、外部ツール『デスコ』などで他のプレイヤーの書き込みを見ながら頭の中で何度もシミュレートをしてきた。

 指揮こそまだ執ったことはないが何故か妙な自信を持っていた。美穂が言う。



ピカピカ団うちも『デスコ』入れようか」


「『デスコ』か……」


 スマホでゲームを進め同時に団員に指揮を出すには、ゲーム内チャットとは別の外部の連絡手段が必要になる。有名どころは『デスコ』。ゲーマーの多くが導入している。

 拓也ももちろん使っていたが、その目的は情報収集。いざ自分の団員との連絡に使うとなると、コミュニケーションを取らねばならず拓也にとっては中々大きな壁でもあった。



「私は入れてるけど、本格導入するなら団員みんなにはちゃんと説明して、できるだけ残って貰うようにお願いしよ」


「うん……」


 あまりはっきりしない返事をする拓也に美穂はその手を再び握りしめて言った。




「私も協力するから、ね! 頑張ろっ!!」


「う、うん」


 拓也は再び握られた柔らかな美穂の手に、それを否定することなどとてもできなかった。



 しかし拓也はまだ理解していなかった。

『デスコ』を導入するという事が、美穂と拓也の間に【直接会話】以外の新たなやり取りをする手段が加わると言うことを。

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