第二章「急接近!!」
9.美穂の悩み、拓也の悩み。
「あ、木下君。おっは!」
「木下君、じゃあまたね!」
「木下君っ!!」
拓也は翌日から始まった『木下君攻撃』にさらされていた。
以前より増して美穂は拓也を見ると必ず声を掛けて来る。もはや誰がいようがお構いなしに遠くからでも呼ばれる。
「ねえ、木下君!!」
(ぎょっ!?)
拓也は廊下にいた生徒達からの視線を浴び、顔を青くしてそそくさと教室へと逃げる。それを見た美穂がすぐに追いかけるように教室へと入る。
「ふう」
美穂は拓也の隣の自分の席に座ると、息を大きく吐いて腕を真上に上げ体を伸ばした。そして机の上に肘をついて手に顔を乗せ、横から隣に座る拓也を覗き込むように見る。そして拓也に言う。
「ねえ、何で逃げるのよぉ」
拓也は前を向いたまま小声で返す。
「みんな見てるだろ。注目されたくない」
「みんな見てる? 誰も見てないよぉ~」
その言葉を聞いた拓也が美穂の方を振り向いて見つめる。とても冗談を言っているような顔じゃない。
(こ、これが陽キャの感性。あの程度じゃ注目にも値しないと言うのか!? 陰キャからしてみればここ数日の声掛けで、一生分の注目を浴びたような気がするんだが……)
拓也はやはり自分とは全く違う生き物だと改めて目の前の人物を見て思った。
「では授業はこれで終わり」
教師が午前の授業の終わりを告げる。あいさつの後、皆が一斉に昼食の準備へと取り掛かる。拓也は購買部にパンを買いに教室を出たのだが、そのすぐ後に美穂が笑顔でついて来た。
「木下君っ!」
「な、なんだよっ!!」
美穂は可愛らしい弁当の袋を持ってニコニコしている。
「お昼買いに行くの?」
「そうだけど」
「一緒に食べようよ!」
「はあっ!?」
突然の美穂の誘い。拓也はどう答えていいのか分からず言葉が出ない。そんな拓也に気付かない美穂が言う。
「もうすぐ『ギルド大戦争』の予選が始まるでしょ? ちょっとは対策を練った方がいいかなって」
間もなく始まる『ギルド大戦争』の予選。
本選に行く8つのギルドを決める大切な戦いが間もなく開始される。確かに団長である拓也は今回の戦いをどう進めるべきかひとり考えていたところだった。
「パン買いに行くんでしょ? 買ってからさあ、屋上とか行かない?」
「屋上……?」
陰キャの拓也には、パンを買うことと屋上に行くことが頭の中で繋がらない。言われている意味が分からずぼうっとしていると美穂は拓也の顔に近付き改めて言う。
「さ、行こうよ。早く!」
「あ、ああ……」
拓也は近付いた美穂に緊張するとともに、周りからの突き刺さるような視線に耐え切れずに急ぎ美穂の後をついて歩く。美少女が地味男に一方的に話し掛けているのだから注目を浴びるのも仕方がない。
拓也は購買部で適当にパンを買うと美穂に続いて屋上へと向かった。
(あれは美穂と、木下?)
美穂の親友でもある足立龍二は、学校の奥へと消えて行くふたりを見かけ顔をしかめながら見つめた。
「ああ、いい気持ち!!」
屋上は一応立ち入り禁止になっているが鍵が掛けられている訳でもなく、少し錆び付いたドアを力を込めて開ければ誰でも自由に入ることができる。
美穂は屋上のフェンスに近付き真下に見える運動場や景色を見て背伸びをする。
「さ、食べよっか。団長っ!!」
「やはりそう来たか……」
美穂は笑顔で椅子にちょうどいいコンクリートの上に座ると拓也を呼んだ。
「さ、早く座って!」
呼ばれた拓也が恐る恐る少し距離を空けて座る。美穂は可愛い布の袋に入った弁当を膝の上で開けると、笑顔で拓也に言った。
「これ私が作ったの。めっちゃ美味しそうでしょ?」
美穂の弁当は厚焼き玉子やミートボール、野菜などが入れられた王道の弁当である。
「って言うか、どうしてそんなに離れてるのよ? ここに座ってよ!」
距離を置いて座った拓也に美穂が言う。
「ああ……」
恐る恐る美穂の隣に座る拓也。美穂側の体半分が陽キャオーラによって浄化されそうになる。
「ほら、美味しそうでしょ?」
拓也は改めて美穂の弁当を見る。
確かに美味しそうな弁当。拓也は美穂の意外な一面に驚く。そして「うん」と頷き買って来たパンを齧りながら思う。
(ど、どうしてこうなった? 陽キャ、学年一の美少女とふたりっきりで屋上で昼食とは……、一体何を話したら、緊張で何を食べているのか味も感じない……)
拓也は緊張で少し震える手に力を入れて黙ってパンを食べる。美穂はそんな拓也を無視するようにひとり話す。
「でね、でね、それでね……」
拓也には美穂の言葉が左の耳から入り、意味をなさぬまま右の耳から抜けて行った。なぜ彼女と一緒に食べるのか、それよりもふたりだけで。未だ彼女と一緒に居る状況への理解に脳が追い付いていない。拓也は大きく息を吐いてから美穂に言った。
「どうして、俺なんかと、お昼を……?」
その言葉を聞いてきょとんとした美穂が苦笑して言う。
「どうしてって、呼んだのはさっき言ったでしょ? 『ギルド大戦争』の作戦を考えようって。あ、ごめんね団長。私、さっきから関係ないことばかり話しちゃって」
それは分かっていた。
それでも自分と美穂が一緒にいると言う現実の状況に結びつかない。陰キャには陰キャの感性があるのだ。拓也が思い切って尋ねる。
「気持ち、悪くないのか……?」
「気持ち悪い?」
美穂には拓也の言葉の意味が全く理解できなかった。拓也が言う。
「俺みたいなゲームにのめり込んでしまっている奴。キャラだって暗いし……」
「え? え、え、うふふふふっ、あははははっ!!!」
最初驚いた顔をした美穂。その後大声で笑い始める。呆気にとられる拓也に美穂が言う。
「そんな訳ないじゃん! 好きなことを一生懸命やって、どうして気持ち悪いの? 暗いとか言っているけど、団の中で団長、皆をしっかりまとめているし、ピンチの時には颯爽と助けてくれるし、私、どんな人かちょっと興味あったんだよ」
(うそ、うそだろ……)
拓也はこれほどまで自分を肯定された記憶はなかった。
ゲームやアニメをやっている男は気持ち悪い、それはもしかして自分自身が思い込んでいた勝手な思い込みだったのかもしれない。美穂が言う。
「それに私だってゲーム大好きだし。アニメもすっごく観てるよ!」
「本当、なの……?」
頭では分かっていたこと。でもそれが現実の美少女と結びつかない拓也が美穂に言う。
「本当だよっ!! だからもっとゲームのこと話そっ!! もっともっと話がしたいんだよ」
「俺でいいのか……?」
美穂は笑って言う。
「団長と話がしたいの! だって私が一生懸命話し掛けているのに、あんまり興味なさそうだし、時々無視とかされて、本当はちょっと傷ついていたんだぞ」
(えっ!?)
拓也は強い衝撃を心に受けた。
――美穂が傷ついていた!?
誰にでもいつでも話し掛ける陽キャ。
そんなのは当たり前だと思っていたし、そこに何のためらいも、思い込みであったが感情なんてものもないと思っていた。
(そんな訳ないよな。彼女だってひとりの人間。ひとりの女の子。声を掛けたのに無反応だったら何とも思わない訳がない……)
拓也はこれまでの自分の態度を少しだけ反省した。そして美穂に言った。
「じゃあ、副団長。相談させてもらっていいかな? 『ギルド大戦争』の作戦を」
美穂は何度も頷きながら言った。
「うん、いっぱい話しよ!!」
拓也はこの時のにっこり笑う美穂の笑顔を、ずっと忘れることができなかった。
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