8.団長、バレるっ!!!
『私、副団長ミホンはワンセカを引退します』
チャットルームに書き込まれた衝撃的な言葉に拓也の目が点になる。
『ミホンさん、どうしたんですか???』
『引退ですか!! 残念です……』
『ミホンさん、寂しいですよ~』
その後には団員達のミホンの引退を驚き、悲しむ書き込みが続く。拓也はその後の書き込みをずっとスクロールさせて見つめる。
(ミホンの書き込みはないな……)
引退宣言をしてから当のミホンは沈黙を続けている。
拓也は昨晩レイドボスを助けて貰ってからすぐにスマホを置いていたのでこの発言は気付かなかった。遅くなったが
『ミホンさん、引退するのですか?』
沈黙を続けていたと思っていた団長の書き込みに、早朝なのに団員が反応する。
『お、団長出てきた!』
『団長、ミホンさんの説得お願いします!!』
そして団長と同じく沈黙を続けていたミホンの書き込みが表示された。
『はい、引退を考えています』
いつもと違って真面目な雰囲気の書き込み。団員がミホンに対して書き込む。
『何とか撤回できないのかな……』
『やっぱモチベ低下が原因ですか?』
『副団長ー、寂しいよお!!』
拓也は黙って皆の書き込みを見ながら考える。
(『ギルド大戦争』で優勝したい。その為には皆を上手くまとめる副団長のミホンは絶対に不可欠。涼風美穂、一体どういうつもりなんだ?)
拓也はそう思いながら素直にその言葉を打ち込んだ。
『自分の目標はギルド大戦争での優勝。今ミホンさんが抜けたら大変厳しくなると思う。可能ならば考え直して欲しいです』
団長の真面目な書き込みに団員がすぐに反応する。
『ギルド大戦争、優勝!? それは初耳!!』
『団長ひとりなら十分あり得るね』
『ミホンさーん、どうします!?』
しばらくしてミホンの書き込みが表示される。
『いいですよ。ただし条件が』
そこでいったん止まる書き込み。ざわつく団員。ミホンが書き込む。
『今日、私の目の前で同じ言葉を言ってください。そうしたら引退撤回するよ!』
止まる書き込み。
そして団員達から驚きの声が上がる。
『え? それってミホンさんとリアルで誰か知り合いがいるってこと?』
『マジで!? リア友いるんだ。ここに』
『うそ、だれだれ?』
拓也は黙って書き込みを見ながら思う。
(そう来たか。是が非でも俺が団長だってことを認めさせるつもりか……)
拓也が書き込む。
『分かりました。ミホンさんの知り合いの人がいれば、是非引き留めをお願いします!』
拓也は自分じゃないことをアピールしてスマホを置いた。
「おはよ、美穂」
クラスメートの声に気付き、拓也は登校して来た美穂をちらりと見た。いつも通りの明るい笑顔。挨拶する皆に軽く手を振って応える。
美穂は真っすぐ自分の席にやって来てふうと息を吐いてから拓也の方を見て言った。
「おっは、木下君」
「あ、おはよ……」
(いつもと全く変わらない……、さすが陽キャだ……)
拓也はそう思いながらもひとりどうするのか考える。
『ギルド大戦争』での優勝を目指すならば副団長のミホンの存在は重要だ。戦力的にも頼りになるし、ムードメーカーで皆からも慕われている。今後、団長として副団長に相談するべきことも多いだろう。
(なら決まりだ。腹をくくるしかない)
そう思って拓也が美穂を見つめる。
朝から美穂に集まる龍二や凛花たち陽キャ。既に陰キャが口を挟む雰囲気ではない。
「おーい、席につけ」
そうこうしているうちに担任がやって来て授業が始まる。拓也は安心したような情けないような気持ちになる自分が少し嫌になった。
昼休み。
結局拓也は美穂に何も言えずにここまで来てしまった。スマホを取り出し『ワンセカ』を立ち上げる。チャットルームにはいつもと違いたくさんの書き込みがされていた。
『え、結局誰かミホンさんに引き留めできたの?』
『多分、まだのようです』
『と言うか、本当にリア友なんているのかな、ここに?』
『誰でもいいんで、引き留めて!!』
ミホンの書き込みはない。拓也はそっとスマホを閉じる。
(ちゃんと言わなきゃ。俺がちゃんと言わないといけない……)
それは分かっている。頭では分かっている。
しかし陰キャの拓也にとって学年で一番の美少女で陽キャの美穂に、自分から声を掛けると言うことのハードルの高さを今更ながら感じていた。
(万が一、万が一、美穂がミホンじゃなかったら……)
そんな状況を想像するだけで平穏な学校生活に終止符が打たれる。
いや、自分が美穂の団長だと認めた時点である意味崩壊するのかもしれない。しかし、ワンセカ優勝は、自分がこのゲームを始めてからずっと掲げていた大きな目標。それにはミホンは不可欠。
(だから俺が自分で言わなきゃ……)
「はい、じゃあこれで今日は終わり」
そんなふうに悩んでいる内に、あっと言う間に一日の授業が終わりを告げた。教師の終わりの言葉に皆が席を立ち帰りの支度を始める。拓也は座ったまま机を見つめ動けなくなる。
「じゃあね、美穂」
「うん、また明日!!」
クラスの皆が次々と教室を出る。
バン!!
拓也は机を両手で叩くと勢い良く立ち上がった。
目の前が真っ白になる。
自分の体が自分でないような感覚。
――もういい。どうにでもなれ!!
拓也は少し先に出た美穂の後を追いかけ、廊下を歩く彼女に後ろから声を掛けた。
「涼風さんっ!!」
「ん?」
突然名前を呼ばれた美穂が振り向く。一緒に居た女子も驚いて振り向き拓也を見つめる。
「え? どうしたの、木下君?」
美穂の友達が声を掛ける。しかし余裕のない拓也にはその声が何らかの意味を持つ音に聞こえない。
(さあ、言うんだ!! 砕けてもいい、言えっ!!!)
「俺と一緒に優勝、目指して欲しい。一緒に、頼む……」
最後はかすれたような小声になってしまった。だが拓也にとっては力いっぱい、勇気を振り絞った結果だ。
震える体。流れる汗。学年一の美少女に声を掛けた陰キャの構図に、周りの視線が集まる。
美穂は振り返って拓也の前に行き、そして言った。
「それは団長命令、なのかな?」
一瞬間を置いて拓也が答える。
「……ああ、そうだ」
美穂はにっこりと微笑む。
「うん、いいよ。了解!! 引退撤回するね、団長っ!!」
「あ……」
下を向いていた拓也はその言葉を聞き顔を上げ美穂を見つめる。そしてその笑顔を見て初めて思った。
――美穂が、ミホンと繋がった。
初めて目の前の人物が副団長ミホンだと思えた。
間違いない。これまで何度も『ワンセカ』で自分達を助けてくれた副団長ミホン。拓也はちょっとだけ嬉しくなった。
「ねー、美穂、何それ? なんかの遊び?」
一緒に居た女子が美穂に尋ねる。
「そうだねー、楽しい遊び、かな?」
そう言って拓也に小さく手を振って歩き出す。
去り行く美穂の背中を見つめながら拓也の中で何かが変わった気がした。
『引退宣言、撤回しまーす!!』
帰宅した拓也のスマホにはそんなミホンからの書き込みがあった。それを見て喜ぶ団員達。すぐにリア友探しが始まったが、誰もが知らないと書き込みそれ以上話題になることはなかった。
「木下君、おっは!」
「ねえ、木下君」
「木下君、木下君っ!!」
翌日からも美穂は隣に座る拓也にいつも通りに話し掛ける。
拓也はそれを戸惑いながら静かに受け止める。しかし以前とはその距離が確実に縮まっていること、そしてそれを少し楽しみながら聞いている自分に気付き始めていた。
ただこの時から拓也の学校生活が、美穂によって拓也には想像もできない方へしかと向けられたことなどこの時は知る由もなかった。
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